チャプター18:本心を隠さずに④
この場に居る5人で、怪人を捕まえる。
良い悪いはどうあれ、エレナ以外の4人は誰もが驚きの感情が含まれた反応をしていた。そしてその発言に一番に声を上げたのは無論、ジャックであった。
「何を馬鹿なことを言っとるんだ、君は!」
発言の張本人であるエレナに向かって、ジャックは怒鳴りつけた。それだけ今言ったことは、看過できるものではなかったからだ。
「至って真剣よ。私は馬鹿なことを言ったつもりはないわよ?」
そんなジャックの心境を知ってか知らずか、対照的にエレナは落ち着いていた。
「いーい? 怪人に支配されつつある街の状況は最悪で、異例中の異例よ。警察はこんなのすぐに対応できるわけないし、遅れるのは必然。時間を掛けるほど怪人は手駒を増やして、どんどん有利になってこっちは不利になる一方だわ。
警察を信用していないわけじゃない。でもこんなこと初めての筈よ。守るべき街の市民が操られて、敵になるなんて」
「だから我々だけで立ち向かうと? それは無謀が過ぎると言うんだ。物見遊山の野次馬どころか、マフィアの本拠地を探検しようと言い出す子供みたいな考えだ。浅はかと言ってもいい」
「任せっきりじゃ駄目って言っているの。確かに争いごとや戦いに関しては私達は素人だけど、今起こっている洗脳ゾンビパニックな状況に対しては警察や軍も私達と同じよ。それにね……」
そこまで言って、エレナは少しの間ジェシカの方に視線を向けた。急にこちらを見てきたジェシカはどうしたんだろうと疑問に思っていると、すぐに会話をしていたジャックの方へと視線を戻した。
話を溜めるような雰囲気にジャックは何事かと感じていると、エレナは話の続きを口にした。
「ジェシカが勝手に出て行っちゃうわよ」
「へ?」
声を上げたのは、ジェシカであった。
一度こちらを見たと思えばまさかそこで急に自分の名が出てくるとは思わず、つい間抜けな声を出してしまった。
「き、急になんだ、ジェシカがなんだと言うんだ?」
ジャックもまた唐突であったため、少しだけ驚いたように言い返した。
「だから、ピンクシールよ。もし貴方の言う通りに警察に保護してもらったとしても、きっと彼女は勝手に出て行って、怪人を捕まえに行く。貴方もわかっていると思うけど、ジェシカを止められるものなんてないわ」
苦笑交じりのエレナに、ジャックはそんなまさかと呟いていた。さらにエレナは続ける。
「その時は誰にもジェシカを止められない。一人でも探し出して捕まえようとするもの。それなら彼女をサポートしてあげて、もっと良いやり方を教えてあげた方が良いって、私は考えているの」
「それは……いや、待つんだ。なんだか良いように話を進めているが、ジェシカを説得材料にしていないか?」
ちらりとジェシカの方を見て見れば、ぷくーっと頬を膨らませてわかりやすく怒ったようにしているのが見られる。しかしエレナはどこ吹く風。
「でも一番ありえる、でしょ?」とエレナは答える。思わずジャックはため息を吐くと、それからエレナの言い分と自分の中で浮かんだ考えに頭を悩ませようとして、少し考えてみる。
エレナの言うことはありえない、とは思わない。力があるとはいえ子供に戦いを進めるなどとても褒められたことではなく糾弾されるべきことだが、それらを踏まえたとしたら次はジェシカの性格上の問題が出てくるだろう。
おそらく。きっと。いやほぼ間違いなく出ていくだろうというのが、ジャックは容易に想像できてしまっていた。10年以上の付き合いで彼女の正直さと、父親への憧れの正義感があることを知っているからだ。
それが今回のピンクシールでもある。若さゆえの暴走か、あんなド派手な色のコスチュームでヒーロー活動をしているのも、そういった気持ちと本物の力があってこそ行動に移せたのだろう。
本来なら何がなんでも鬼の如く怒り言い聞かせるべきなのだが……悔しいがエレナの言う通り、言葉で押さえられるかわからないのが今のジャックの本心であった。
それならばと、ジャックは思う。乗ってやろうと。
せめてエレナとは違う、戦わせないための安全な手段に導くために。
……バードに殺されるな、とジャックは考えたあとに思った。
「まあ、君の言いたいことはわかった。百歩譲ってだが。……とにかく、ジェシカの状態の確認と君がどう計画をしているのかを聞いてからだな」
エレナとジェシカを見て調子が狂う感覚がする。頭を抱えながらも、先ほどとは違ってジャックは肯定的な言葉を発すると、エレナは少し驚いたようにしていた。
「……意外ね。もう少し説得に時間が掛かると思っていたんだけど?」
「まだ賛同をするつもりはない。しかし今回は異常事態だ。君の意見も馬鹿にできないのもたしかだろう。だから私が協力するのは、一つ条件を付けさせるためだ」
「条件?」とエレナは反射的に聞くと、ジャックはすぐに答えた。
「条件とは、怪人と戦おうとしないことだ。あくまで怪人の居場所を突き止めて、それを警察に伝えて任せること。これが駄目なら私は協力もしないし、すぐにでもバード警部に連絡する。どうだ?」
〇◎
結局一言も発言しなかったな、とフェイクは思った。
現在休憩スペースにいるのは、フェイクとジェシカの二人だけだ。ジェシカの状態を軽く診て、とりあえずは問題がないと確認してから他の大人達は別の部屋で作戦会議をしているところだ。
子供組である自分達は話が終わるまでの待機となっていた。主に話をややこしくしないようにジェシカを参加させないため、とのことで。
「なんだか私、腫れ物みたいな扱いになってる……!」
「まあ……ジェシカは狙われているんだし、皆心配しているんだ。しょうがないさ」
ぷんぷんと言った様子で先ほどから怒っているジェシカを、フェイクが宥めている。
しかし先ほどの会話だけを聞けばジェシカは純粋ゆえに猪突猛進な性格をイメージさせたが、今はこうして大人しくしている。やはり大人組もとい、ジャックが協力的な姿勢を取っているのが効いているからだろうか。
少しの間宥めていると、ふとジェシカがじっとフェイクの顔を見つめた。
時間にして一秒にも満たないが、真剣な眼差しだ。フェイクが何だろうと思うよりも先に、ぱっと笑顔に変わったジェシカが話題を振ってきた。
「ねえフェイク。エレナさん達の会議が終わるまで暇だから、それまでお話しましょ? 今なら私にいろんなこと聞きたい放題だよ!」
どーんと胸を張り手を自分の腰に当てながら、ジェシカはどや顔でそんなことを言ってきた。突然な気もして少し違和感を覚えたが、そんなに大事ではないと思いどうしたとは聞かなかった。
手持無沙汰なのもたしかなので、ジェシカの提案も悪くないと思い「そうだな。それじゃあ……」と肯定し、何を質問しようか考える。
力の秘密は先ほど知れた。ヒーローになった理由も、断片的ではあるがこれもさっきの会話である程度察することができるため、もっと詳しく知りたくもあるが後の質問にすればいいだろう。
だから、まず聞きたいことは……。
「なんでピンクで、悪党にシールなんて貼るんだ?」
「あーそれはね」とジェシカは苦笑いしてから、色の方の質問から答えた。
「まず私のスーツの色なんだけど……あまりこれと言った意味とかはないかなぁ」
少し考える素振りをしながらも、あまり興味無さげに答えるジェシカ。それを聞いたフェイクは、意味が無いという答えに少なからず驚いた。
「……意外だな。なんていうか、何かしら特別な意味があると思ってた。単純に好きな色なのか?」
「好きな色ではなあるんだけど、選んだ理由は別かな? フェイクはコミックとか読む? ヒーローものの」
問われて、フェイクはザックからいくつか借りて読んでいたことを思い出す。ザックのほとんどは可愛い女の子のイラストのコミックが多めだったが、少しだけコミックヒーローのものがあったのを覚えている。
「コミックは友達から借りて読むくらいだが、ちょっとだけ読んだことがあるな」
「そっか。私も友達から借りてるから、一緒だね」とジェシカは笑う。
「私もそんな程度だから詳しくなくていいんだけど、ピンクを選んだ理由はそこにあるの」
勿体ぶるように言うジェシカに、フェイクは何だろうと考察しかけたが、考えるよりも聞きたかったのでフェイクはジェシカに何なのかを聞いた。
「それはね、実はピンクのヒーローって少ないの!」
「……はい?」
可笑しいように言うジェシカに、フェイクは間の抜けた声を出してしまう。しかし先にも言ったようにそこまで意味は無いというジェシカの言葉を思い出して、フェイクは会話の続きをする。
「それじゃあピンクがメインカラーのヒーローがいないから、ピンクを選んだってことか? ……それだけ?」
「うん、本当にそれだけ。決していないってことはないんだけど少ないし、マイナーなやつばかりなんだよね。だから選んだの。ちょっと前に流行った、逆張りってやつ!」
「なんだそれ。……まさか本当に特に意味がないなんてな」
色の理由がわかって、フェイクは少しだけ可笑しくて笑う。ジェシカもフェイクを見て心なしか安心したように、吊られて笑った。
「それじゃあ、シールは? これも特に意味はないのか?」
続けて今度はシールの質問をすると、「それはね」とジェシカは笑うのをやめて静かな雰囲気を出して話し出す。
「シールはね、意味があるかな」
一言。ジェシカは言う。
フェイクはその言葉に真面目というか、真剣なものを感じて笑うのをやめる。
「昔の話になるんだけどね、私がまだ6歳ぐらいかな。入院していた頃に知り合った、初めてできた友達がいるんだ」
それからぽつぽつと、ジェシカは語りだした。
ジェシカの手術の目途が立つ丁度1年前の、当時6歳の頃。その子と出会ったのは、食事やテレビが見れる休憩スペース。そこでジェシカが購買で買ったレモネードを飲んでいた時だ。
たまたま同じタイミングで、その子も飲み物を飲んでいた。飲んでいたのはレモネードではなく、クランベリージュースであったが。
最初は何も話さずにお互い遠目で見ているだけであったが、何度かタイミングが合う度に話すようになり、友達の関係になるまでには時間は掛からなかった。
その時二人の中で流行っていたのが、シール集めであった。
購買で月替わりで販売されるもので、ジェシカは同じシリーズものを集めて、もう一人は全く違うバラバラなものを買っては集め、お互いに見せ合いっこしていた。
二人でよくやっていたのは、シールの交換と押し付け合いであった。
前者はそのままだが、後者にはルールがあった。それはその日悪い子だったら、いらないシールを顔に貼り付けるといったものだ。
悪い子とはいうが病院食で好き嫌いをしていないとか、病院で騒がす静かにするとか、その程度のものだ。大抵は食事の好き嫌いで悪い子が決まる。
ジェシカはアスパラが苦手で、その子はトマトが苦手。だからそれらのメニューが出てきたら大体顔にシールを張り付けられていたとか。
「その子との付き合いは、半年くらいかな。私の手術の日が決まるくらいに、すぐに退院したの」
昔を懐かしみながら、ジェシカは思い出を語った。彼女を尊重して、フェイクは静かに聞いていた。
「本当に突然退院しちゃったから、連絡先とかも聞けずにお別れになっちゃったんだ」
そう話すジェシカは、寂しいように見られた。フェイクは間を置いてから、口を開いた。
「……悪党にシールを貼り付けるのは、悪い子だから?」
その問いに、ううんとジェシカは否定する。
「この遊びにはもう一つルール……というか、意味があってね。シールを貼られたら、良い子になれますようにっておまじないにしていたの」
幼い頃に意味を与え作ったおまじない遊び。ヒーロー活動でそのような行為をしたのも、更生をしてほしいというお願いの意味を込めていると、ジェシカは最後にそう言った。
「なんていうか……ジェシカにとっては、大事な意味があったんだな」
すべてを聞いて、フェイクは納得できた満足感があった。そしてそれとなく自分に話して大丈夫なのか? と問うと、ジェシカはそれは大丈夫と答えてくれた。
「10年以上前の話だからね。気にしなくて大丈夫だよ!」
元気よく言うジェシカに、フェイクは改めて答えてくれたことに感謝の言葉を贈った。
それからも質問は続いた。
ジェシカがヒーローになった理由や、父親であるバード警部の話。仕事の話を聞いて憧れて将来警察になりたいと話せば、もっと安全な仕事にしなさいと断られて、それでも正義的なことがしたくてヒーローになったと、ジェシカは話してくれた。
フェイクからジェシカに質問するという流れのまま、会話は続いた。やはりジェシカから聞きたいことが多いこともあって、ほとんどフェイクが質問する形となっていた。
ジェシカはそれを苦とせずに笑顔で受け答えをしてくれていた。
ただジェシカも何もフェイクに聞きたいことがないというわけではなかった。フェイクが最初にこれまであったことを話してくれた時、一つだけあった。気になったことが。
お互いにまだ完璧ではなく少しづつだが、そこそこ打ち解けてきたと思う。それにこれには自分にも聞く権利はあると思うのと、今でなければ聞くタイミングがないと思っていた。だから聞くなら、今しかないと感じた。
「今度は私から聞いても良い?」
ジェシカがキリの良いところで止めて聞いた。
フェイクは構わないと応じたのを確認して、ジェシカは気になっていたことを口にした。
「フェイクは私と同じ力が欲しかったんだよね? ピンクシールと同じような活動をしたいって。
フェイクはどうしてヒーロー活動をしたかったの? ヒーローになって、本当は何がしたかったの?」
それはなんてことない、当たり障りのない質問の筈だった。
問うたジェシカも本当にただ気になったというだけで、特に深い意味も何かしらの意図があるわけでもない。問われたフェイクも、困惑してるだけ。
しかしこの瞬間、間違いなく運命は動き出した。
遠くなんてない。もっと近い3人の未来が。静かに、誰も知りようがないほどに微かな変動を起こして。
今はまだわからぬ運命は、着実に。数奇となってその時は訪れるだろう。
遠くない。近い未来で。
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