チャプター17:本心を隠さずに③
ジャック・マーカス。
新薬PS-1の生みの親であり、自身が立ち上げた製薬会社の社長を務め、プロジェクトの主任をも担っている医学研究者だ。
そしてジェシカにPS-1を薦め、現在も彼女の状態を定期検診している主治医でもある。
そんな彼の右手とも言える副主任であるミリア・フィッシャーは、現在目の前に座っているフェイク少年の母親でもあった。
彼がこの研究所に現れたのは、学生時代からの交友があったエレナからの連絡が発端である。
連絡があったのは、怪人が起こしたDBCの事件から翌日のこと。医者としてジェシカの状態を診てもらいたいと連絡が来た。
タイミングがタイミングであったため、ジャックは詳しい話は後にしてエレナの研究所へと向かうことを承諾。その時に自分も共に行くと、ミリアが話しかけてきたのだ。
件のDBC事件があって、会社にいたミリアは動けずにいた。
息子に何度も連絡を入れても応答はなく、フェイクの日頃の行いもあって何かあったのではないかと心配で落ち着かない様子であった。
だからミリアが一緒に行くと言ってきたのは、仕事か何かで忙しくして気を紛らわせたかったのだ。それを悟ったジャックは少し悩んでから、ミリアの提案を承諾した。
PS-1のこととジェシカのプライバシーもあって研究所では基本ジャックのみの交流であったが、いつかは他の研究員にも話すべきことだ。それにミリアの心情を考えてそれがきっと一番良いと思ったからだ。
そうしてミリアを連れて研究所へと到着したのだが……。
「フェイク! あなた怪我とかしてないわよね!? なんで電話に出ないの!」
ミリアがフェイクを見て一瞬ほど動きが止まって、すぐさま詰め寄って怒りながら心配をした。フェイクは「怪我はないよ、大丈夫」と返事をしたが、まさか母親とここで再会するとは思ってもみなかったため、動揺していた。
「えっと、母さん……ごめん。携帯全然見てなかった」
「ちゃんと見なさい、ほんとに心配したのよ? ……でも、本当に無事でよかった」
そう言って、ミリアはぎゅっとフェイクを抱きしめた。フェイクは他の人がいる場でいつものハグをしてきたため少し恥ずかしかったが、これだけ心配をしてくれている母親の気持ちを無下にはできなかった。
少ししてからミリアはハグをやめて、フェイクを見据えた。
「フェイク、どうしてここに居るの? 何があったのか教えてちょうだい」
それからジャックとミリアの二人の来訪者を迎えて、椅子を二つほど用意して同じ休憩スペースでエレナ達の情報を共有していた。
ピンクシールの正体は、ジェシカ・ジェンキンス。PS-1の長期服用により得た怪力でヒーロー活動を行っていた。
その活動を密かに応援していたのが、エレナ・ウォーカーだ。彼女はジェシカの身体能力のテストなどを担当をさせていた。医学と工学とで違う道を歩んだが、ジャックとエレナは高校時代からの付き合いだ。ジャックの紹介で、ジェシカと関係を持つようになった。
そして、フェイク・フィッシャー。ピンクシールを窮地から救った少年。怪人の次に話題になっている存在、ブラックボーイの正体だ。
DBCにいた経緯も、なぜ怪人に狙われたのかも。あそこで何があったのかもすべて話してくれた。
何度目かわからない自己紹介をして、ようやく情報がまとまり全員の関係がわかった。
「驚いたな……まさか、そんなことがあったとは」
話を聞き終えたジャックが、開口一番に呟いた。無論隣にいるミリアも驚いており、「なんてこと」と呟いてもう一度フェイクの方を見た。
フェイクはさっきよりも顔を青くして視線を下に俯いていた。それをフォローするように、慌ててジェシカが声を発する。
「待って、フェイクのお母さん。私は彼に助けてもらいました。だから、フェイクをあんまり怒らないであげて欲しいんです」
「えっと……ジェシカちゃん? こうしてちゃんと話すのは初めてね」
「たまにジャック先生の所で見たことあるぐらいだったから、言われてみればそうですね! あっ、私のことはジェシカで良いですよ?」
「そう? なら、ジェシカ。たしかに驚いてはいるけど、そこまで怒ってはいないわ。それらの話は全部終わってからじっくりするつもり。それよりも、貴方の方が……」
「そうだ。事態は君の方が深刻だぞ、ジェシカ」
話の途中で、ジャックが割って入ってきた。それにジェシカが今度はフェイクと同じように青い顔になっていった。
「君がピンクシールだなんて、私は今初めて知ったぞ。なんでこんなことを? 家族はこのことを知っているのか?」
畳みかけるように問うてくるジャックに、ジェシカは「あの、それは」としどろもどろになっていた。それに助け船を出したのがエレナだ。
「ジャック、気持ちはわかるけど落ち着いて。そんなに質問されたら、ジェシカも混乱しちゃうわよ?」
シュンとした様子となり、フェイクと同じ状態になってしまっているジェシカの並んでいる二人の姿を横目で見ながら、少し吹き出しそうになったのをなんとか堪えてエレナは言った。
そう言われてジャックは「うぅむ」と少し熱くなりかけたのを自覚して、一息つくためにテーブルの上に差し出されているコーヒーに手を伸ばし、一口飲んで気持ちを落ち着かせた。
それでもしかしといった様子で、ジャックは話の続きをした。
「たしかに少し落ち着くべきだが……それでもだ。あまりにも聞くべきことが多すぎる。たとえばエレナ、君だってそうだ。君はジェシカがピンクシールだということは知っていたな? なぜ私に連絡の一つも……いや、そもそも彼女を止めなかった?」
訝しむような視線でジャックは問うと、エレナは涼しい顔でなんてことないように答えた。
「ええ、知っていたわ。と言ってもジェシカがヒーローになったのが最近のことで、そのちょっとあとくらいにジェシカがピンクシールだってのがわかったんだけどね」
「そこらへんの詳細は省くわね?」とエレナは一言付け加えてから、話を続けた。
「もちろん最初に正体がわかった時には、私も止めたわ。危険だし、貴方のお父さんとジャックにめっぽう怒られるわよってね。それでも彼女はヒーローになった。言葉で止められなかったら、力づくで止めるなんてのも無理に決まっているもの。
だから貴方からジェシカの身体テストの頼み事をされた時に言われたことを思い出したの。ジェシカの味方になってくれ。力になってやってくれって。だから私はピンクシールの正体の、ジェシカのサポートをすることに決めたのよ?」
胸を張って断言するようにエレナは言うと、それを聞いたジェシカが青い顔から回復して「エレナさん……!」と感激していた。しかし、対照的にジャックは冷静であった。
「……それならなおさら、なぜ私にそのことを連絡しなかったのだ?」
「それはねえ……普通に伝えるの忘れてましたー!」
あははー! とエレナは笑い飛ばした。ジャックは彼女の性格をわかっていたのもあり、予想通りの答えが返ってきて深い溜息をついた。
「笑い事じゃない! 連絡が来た時は何かあったのかと心配したが、まさかそれ以上だとは思わなかった。バードにはこのことを話しているのか? ……話してないんだな?」
エレナとジェシカ両方を見てジャックが聞くと、二人は困ったように目を逸らしたのを見て聞くまでもなく答えがわかった。
だがバードという名前を聞いて別の反応をしたのは、フェイクとミリアの二人であった。フェイクは先の自己紹介でジェンキンスという苗字を聞いてまさかとは思ってはいたが、バードという名を聞いてその予想は確信となった。
「バードって……もしかして、バード警部のこと? ジェシカは彼の娘なの?」
ミリアもフェイクと同様に確信を得てジェシカに、というよりも三人に向かって聞いていた。それに答えたのはジャックだ。
「ああ、そうだ。ジェシカの父親はウェアム警察で警部をやっている、バード・ジェンキンスだ。なんだ、君も知り合いだったのか?」
バード・ジェンキンス警部。ウェアム警察の顔役と言ってもいいほどの功労者で、この街で起きた様々な事件を解決してきた実力のある人物である。
そして何よりもフェイクは、ちょっと前までやっていた動画活動では本当によくお世話に……とても厄介になっていた。
ミリアの反応からしてジャックはただ知っているだけではない感じがしてそう聞くと、ミリアは「ええ、そうよ」と肯定した。
「私と、特にフェイクがよくお世話になったのよ。でもまさかジェシカの父親が警部さんだなんて」
世間は狭いわね、とミリアは最後に付け加えた。ジェシカは偶然とはいえ身近な繋がりがあったのに少なからず驚きがあったのか、興味深そうにフィッシャー親子を眺めていた。
「そうだったのか……意外だが、世間話よりも先にこちらの話を優先させてもらうぞ」とジャックはそこまでにして、先の話を続けた。
「ジェシカ。君の体調を診たら、バードにこのことを連絡する。すぐにでも警察に保護してもらうべきだ」
単刀直入に、ジャックはこの後の行動をジェシカに伝えた。ジェシカはそれはと言わんばかりに異議を唱えた。
「待って、待ってください。心配をかけたのは謝ります。お父さんに全部話すのも、構いません。ですがそれはこの事件が解決するまで待っていただけませんか?
怪人の狙いは私です。ピンクシールが姿を現さない限り、怪人もきっと現れることはないと思うんです。そうしたらずっと街はガスに支配されたまま。だから私が街に出て、怪人を捕まえなきゃこの事態は終わらない。
だから、それまでで良いんです。全て終わったら、私から全部お父さんにお話しますから」
「そういうことじゃないんだ、ジェシカ。力が本物だろうと、ヒーローだろうと関係ない。君はまだ子供なんだ。対して相手は洗脳ガスで街を混乱に陥れている凶悪犯で、強大な輩だ。とても我々の手に負える存在じゃない。
子供をそんな危険な奴と戦わせるのを許す大人が居るか? 少なくとも私は許すはずがない。わかってくれ、ジェシカ」
優しく諭すように、しかし有無を言わさぬ口調でジャックは説得した。
彼の言っていることは、何もかも正しい。きっと本心で、自分を一番に思ってのことなのだとわかる。
むしろ勝手を言っているのはこちらの方だ。だからジェシカはすぐには反論をすることができなかった。しかしそれでも食い下がることができず、我がままだろうともう一度ジャックを説得しようとしたところで、
「やめといた方が良いんじゃないかなぁ?」
唐突に、エレナが発言した。
口論になりかけていたジャックとジェシカも、話の行方を見守っていたフェイクとミリアの二人もその発言をしたエレナに視線を向けていた。
「……エレナ。それはどういう意味だ?」
ジャックが少しだけ嫌そうな顔をして聞いた。それなりにエレナという人物を知っているから、これから彼女が言うことに何か嫌な予感がしたからだ。
「ジェシカのお父さんに……というか今警察にピンクシールのことを話すのは、得策じゃないって思っているのよ」
全員の視線を集めたエレナが、確かめるように自分の中の考察を口に出し始めた。
「フェイクの話から怪人は洗脳した人と話すことができて、情報を引き出すことができる。たとえ警察でもバード警部ほどの信用における人物でも、無闇に情報を共有するのは危険よ。どこでその情報が怪人の耳に届くかわかったものじゃないからね」
だから、とエレナは続ける。
「さっきやめておいた方がいいって言ったのは、そういうこと。ジェシカとPS-1の話は、今ここにいる五人に留めておくべきよ。怪人に嗅ぎ付けられたら、本当に終わりだからね」
「うぅむ……なるほど。君の意見はわかった。言っていることは、あながち間違いではないな。ならば警察や軍が解決してくれるまで、ここで籠城するということか? 私としては、できれば今すぐにでも警察に頼りたいところだが」
エレナの考えにジャックは理解を得られたが、言わないことが最善だと思うには少し弱かった。警察に真実を伝えることで、何か解決への進展の助けになる可能性だってあるのだから。
それも踏まえていたのか、エレナはにこりと笑った。
「何言っているの。籠城なんてするわけないじゃない」
あっけからんとジャックの言葉を否定するエレナ。否定されたジャックは「ん?」と思わず疑問に思ってしまう。それと同時に、先ほどの嫌な予感が強くなっていた。
そんなジャックを待つことなく、エレナは次の答えを言った。
「逆よ、逆。守って逃げたりばっかりじゃ駄目。それじゃいつまでも怪人の思う壺なんだから、こっちから攻めなきゃ。
今ここにいる私達5人で、怪人を捕まえるのよ」
「……は?」
自信満々で言うエレナの言葉に、言うまでもなくその場に居た全員が驚いた。
フェイクとミリアは驚きと困惑といった様子でエレナを見て、ジェシカは驚きながらも目を輝かせ笑顔になっている。そしてジャックは言葉を理解できず一瞬呆気に取られて間抜けな声を出してしまう。
一つだけわかったのは……嫌な予感が当たってしまったことだと、ジャックは心の中で嘆いていた。
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