チャプター16:本心を隠さずに②

 すべてを話した。あの日ピンクシールに出会い、その超人的な力を求めて、友達のザックを付き合わせて追っていたこと。

 そしてどこからともなく現れた怪人にDBCへと招かれ、ザックを人質に取られてしまったことを。その会話内容もすべて、二人に話した。


 途中で質問などはなく、話が終わるまで二人とも真剣な顔で話を聞いていた。


「俺の都合でザックを巻き込んで、危ない目にあわせている。だから……俺は君に、お礼を言われるようなやつじゃないんだ」


 最後にフェイクはそう言った。


 話し終えると少しの緊張と不安が胸の中をざわめいた。フェイクは落ち着かせるためにジュースのストローに口をつけて、一口飲む。溶けた氷の水がオレンジの酸味を薄め、甘さだけが喉を通る。それから一息ついた。


 話を聞いていた二人は、両者共違う反応を示していた。


 エレナは口元に手を当てて何かを考えており、ジェシカは難しい顔をしていた。それは何か言いたげで、言葉が見つからない様子。フェイクに対して嫌悪感などの反応ではなく、困惑しているように見られた。


「そんなこと、ないよ」


 それでも先に口を開いたのは、ジェシカだった。


「たしかに君のその……ストーカー行為は、あまり褒められたものじゃないけど。でも私が君に助けられたことは変わらないよ?」


「ていうか、そもそもピンクシール自体がストーキングされてもしょうがない話題の存在だからね?」


「そ、それを言われたら何も言い返せないけど! 茶化さないでよー!」


 今度はジェシカがプリプリと怒り、エレナがケラケラと笑いながら流していた。それからまたフェイクを見て、話を続けた。


「えっと、だからね。私が言いたいのは、私は気にしていないってこと。だからフェイクもそんなに気にしないで?」


「……でもザックを、友達を巻き込んだやつだぞ?」


「それはそれ、これはこれ! 誰でもあんなの防ぎようがないんだから」


 恐る恐る言うフェイクに、ジェシカがそう言い切った。それにエレナが便乗するように話を切り出した。


「そうよー。問題はこれからどうするかよ」


 言いながら、エレナはテレビへと視線を向けた。テレビにはニュースが流れていて、『POLICE』と書かれた透明な盾を持った警察の部隊がバリケードを築いて、覆面集団の進行を押さえている姿が映っていた。


「怪人スターマーク。イカれたやばい奴だとは思ってたけど、話を聞くにとんでもないサイコパスのようね。今じゃ街は、奴に侵略を受けている。まだこっちの方には覆面達は現れていないけど……時間の問題ね」


 下手くそなゾンビ映画みたい。テロップに流れている主犯の名を読みながら、エレナは真顔で最後にそう付け加えた。


 たった一日で、もうここまで大事になっていた。フェイクはテレビに映っている街の惨状を睨みつけるように見た。隣のジェシカも同じように真剣な眼差しで見ていた。


「それでこれからどうするかだけど……正直、どうしらいいかわからないのよねえ」


 ん-っと背伸びをしながら、エレナは間の抜けた声で言った。それにジェシカが異議を申し立てるように、提案をする。


「エレナさんのドローンを使ってほし怪人を探して、私が捕まえに行くでいいんじゃないかな?」


「怪人探しはそれでいいけど、問題はそこじゃないの。問題はあなたよ、ジェシカ」エレナは悩むように言った。


「怪人の真意はどうあれ狙いは間違いなくあなたで、それに一度捕まりかけた。正直あなたを戦わせるのは気乗りしない。怪人は私達が想像している以上の、最悪の相手と言っていいわ。次にあなたが捕まったら、本当に終わりよ」


「でも……私が一番被害を増やさずに、怪人を捕まえられる。次は油断しない。今度は絶対に、私も捕まらないようにする」


 窘めるように言うエレナに、ジェシカは引き下がるつもりはない意志を伝える。やはりといった様子で、エレナは困ったようにしていた。


 そのやり取りを見ていたフェイクは、一つの確信を得ていた。


「ピンクシールの……ジェシカの力は、一体何なんだ? どうしてあんな力が使えるんだ?」


 フェイクは二人に問いかける。力を狙っているからではない。それは暗に他人が手に入れられるものなのか? という意味も含ませた問いであるからだ。


 今はただ真実を知りたかった。


「……そうよね。ここまで関わって来たのなら、君も知る必要がある。私達が何者で、どういう関係なのかも含めてね。ただ少しプライベートな話になるの。そんなこと言ってる場合じゃ無いから、私は話すべきだと思うけど……本人の口から話をした方が良いかもね。どうかしら?」


 その意思を読み取ったエレナはフェイクに言いながら、最後にジェシカの方を向く。ジェシカは「私は大丈夫だよ」と答えた。


「フェイクはもう無関係じゃない。教えるよ、私の秘密。でもちょっと長い話になるから……まずは、私の身の上話から聞いてもらうことになるかな?」


 それからジェシカは、思い出すように話し始めた。


「私ね。生まれた時から、心臓病を患っていたの」


          〇◎


 ジェシカという少女が超人的な力を手に入れるきっかけを話すのなら、この世に生を受けた20年前まで時を遡ることになる。


 生まれたばかりのジェシカは生後二か月に唇が紫色に変色するチアノーゼ発作の症状が見られ、その後の検査でファロー四徴症という心臓病を患っていることが発覚した。


 四徴症とはその名の通り心室中隔欠損、肺動脈狭窄、右室肥大、大動脈騎乗の4つの特徴があり、低酸素状態で疲れやすくなり成長不良や血栓症などの症状が現れるといったものだ。


 治療法はすぐに心臓手術を行うか、手術を行えるようになるまでの期間を薬物治療などの手段が上げられる。ジェシカの症状は強く高度な低酸素状態であったため、薬物治療では間に合わず、すぐにでも手術をする必要があった。


 しかしまだ0歳の彼女には、手術を行えるほどの体力はなかった。何か手段はないかと躍起になるジェシカの両親と主治医だったが、解決策はすぐには見つからず次第に絶望の風船が膨らみ続けていた。


 そんな時、ジャック・マーカスと名乗るとある製薬会社の若手研究員がジェシカの噂を聞いて、自社製の医薬品新薬を試薬してみないかという話を持ってきた。


 プロジェクト・PS-1。強心剤の分類で、これならばジェシカの状態を安定させ、手術が可能となる年齢になるまで命をつなぐことができると、ジャックは熱弁した。


 だがまだろくに治験されていない代物で、効果の確証もないのに自分の娘を臨床試験の対象にするのは、些か常識的ではない。


 両親は返事を渋ったが、ジャックの真剣な説得と娘の状態が後押しをし、新薬の投与を許諾することとなった。


 投与から数時間後に効果が現れ、容態は安定していった。それから主治医は新薬の関係上でジャックが担当することになり、3週間に一回の投与で経過観察をするようになった。そして7歳になって万全の状態の時にようやく手術を行うことができた。


 手術は成功し、ジェシカは7年の歳月を掛けて四徴症を完治するに至った。それから1年が経って、ジェシカに異常が起こった。それは当時の彼女の年齢では……いや、常人が発揮するには到底ありえないほどの、まさに超人のような力を発揮できるようになっていた。


 きっかけは様々で、些細なことだった。それは重い荷物を持って運んだり、体育の授業などの運動で如実に現れた。二人で運ぶような物をジェシカは片手で軽く持ち運ぶことができて、体育では他の誰よりも動けて、高い成績を残せるほどの運動神経を発揮することができた。


 ずっと病院生活を余儀なくされていたジェシカにとって、このような身体能力はありえないものだ。自分の力を確かめるために目立たぬように少しづつだか、ジェシカは色々な方法を試した。


 乗用車1台を軽々と持ち上げられる怪力と、特急の列車の速度と並走を可能とするほどのスピード。常人の倍の俊敏性はもちろんのこと、10階建てくらいのビルなら難なく跳び上がれるほどの跳躍をジェシカは難なく実践することができた。


 ジェシカはそれらができる喜びよりも、異常な力に自分の身体はどうなっているのか心配になり、両親に説明をして自分を病院で診てもらうように説得した。

 父親は当時ジェシカの主治医であり新薬の強心剤を薦めたジャックへと連絡を取り、彼の元へ赴き検査することとなった。


 そして検査の結果、ジェシカが怪力を引き出せる原因は新薬のPS-1にあるのではないのかという推測された。


 そも強心剤とは心臓のポンプ機能を高め、充分な血液量を送り出せるようにして衰弱を防ぐものだ。しかしジェシカに使われたPS-1は、一般的に使われている強心剤よりも強力なものであった。健康体の一般男性と比べて血流が早く、新陳代謝も常人の数倍に上げる効果があった。


 なによりも7年間定期的に投与されたことでジェシカの身体はPS-1に完全に適合し、その結果が今の超人的な力を出せるようになったのだという結論に至ったのだ。


「その時のお父さん、私のこと凄い心配してた。薬の副作用なんじゃないかって」


 その時の状況を思い返して、ジェシカはぽつりと呟いた。


 身体に害はないのか。このままで大丈夫なのか。治す方法はないのかと、ジェシカの父親はジャックに問い詰めた。だが検査の表面的な内容では特に何かしらの異常は確認されず、健康そのものである。


 むしろこれは正常だ。薬の投与していた期間が我々の予想を大きく超えて効果を現してしまったに過ぎず、これは病気ではない。治すというのは語弊であった。


 そう説明し、推測を加味した上で主治医はただちに影響はないはずだという診断を下した。だがこのような薬の作用は初めてのことなので、また定期検診する必要があると告げる。


 父親はそれで納得できなかったが、ジェシカ自身は害が無いのならということで満足していた。不安はやはり少しだけあるが、主治医の提案には概ね納得していたのだ。


 本人が納得しているというならばと父親もとりあえずの様子見で、無料の定期検診と経過観察で責任はすべて主治医が受け持つという形で話は決まった。


 今も主治医の元へは通っていると、ジェシカは最後にそう言った。


          〇◎


「ピンクシールの力の秘密は、そういう訳なの」


 長い語りを終えて、今度はジェシカが一息つくようにジュースを一口飲んだ。


 PS-1。それがジェシカが超人的な力を発揮することを可能にし、ヒーローとして活躍できるピンクシールの力の正体。そして……。


「ジャック……マーカス……」


 フェイクは、話に出ていたジェシカの主治医の名を呟いていた。


 その名を知っている。彼が有名人だからとか、聞き覚えや心当たりがあるどころではない。フェイクの母親であるミリアの上司だとすぐにわかった。


 たしか新薬のプロジェクトが忙しいという話を、先日していたことをフェイクは思い出していた。


(まさか……母さんも関わっているのか……?)


「フェイク……大丈夫? 顔色悪いよ?」


 思考の中にいるフェイクの様子を見かねて、ジェシカが声を掛ける。


 きっと様々な質問をしてくると思っていた彼女は、驚きと困惑が混じったような彼の表情を見てどうしたのかと気になっていた。


 いや、大丈夫だ。フェイクがそう返事をしようとしたところで、唐突に来訪のチャイムが鳴った。


「どうやら到着したみたいね。ちょっと待ってて」とエレナは立ち上がり、玄関の方へと向かった。


 誰が来たんだろう? フェイクはジェシカにそう聞こうとして見ると、ジェシカを見てみれば何かまずそうな顔をしていた。


「うう……とうとう来ちゃったんだ……」


「……誰が来るんだ? さっきもそうだが、そんなにまずい相手なのか?」


「そういうわけじゃないんだけど」とジェシカと話していると、やがてエレナが一人の男を連れてきた。


 40代前半ほどの、壮年の男性といった印象のある風貌の男だ。グレースーツの服装で、右手に黒いビジネスバッグを手にしていた。


「君は……」


 現れた男はジェシカを見つけ話しかけようとして、彼女の隣にいるフェイクに目が止まった。まるで見覚えがあって、思い出しているような反応をしていた。


 初対面の筈だとフェイクは思ったが、フェイクももまた男の顔をどこかで見たことあるような既視感を覚えた。


「ごめんなさい、遅くなって」


 それを思い出すよりも先に、女性の声が聞こえた。どうやらもう一人いたらしく、遅れて姿を現した。


 フェイクよりも少し黒が混じった茶色の髪をした、セミロングの女性。遠くから見たら睨まれているように見えなくもない鋭い目つきが特徴的で、最初の男とは違って黒いスーツの服装をしていた。


 どくん、と心臓が鳴る。


 フェイクは現れた女性を驚きのあまり凝視する。その女性を、フェイクは知っている。知らない筈が無かった。


 女性もまたフェイクの存在に気付いて、同様に凝視していた。ここに居る筈のない者が居ることが、信じられないと言った様子で。


 そんなお互いの状態で一瞬の間を置いて、二人はほぼ同時に声を出した。


「母さん……?」


「フェイク……どうして、貴方がここに……?」


 フェイクの母親――――ミリア・フィッシャーが、茫然とした様子でそこにいたのだった。

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