チャプター15:本心を隠さずに①

『――――昨日さくじつテレビ局のDBC本社が謎の覆面達に占拠され、社長のジェイコブ・グリーン氏が覆面達の統率者と思われる男に殺害されました』


『統率者と思われる青い星とスーツの男は催眠ガスを使い、友人と称して他者を洗脳することができます。秘書の女性を洗脳して殺人を行わせた一部始終がDBCのチャンネルで放送され、事件が発覚。SNSでは犯人を怪人と呼ぶ書き込みが多数見受けられました』


『犯人は放送と人質を利用してウェアムシティのヒーロー、ピンクシールを要求。ほどなくしてピンクシールはスタジオに現れ、覆面達との戦闘になりました。……しかし結果は、怪人が勝利するものとなりました』


『ピンクシールのピンチを救ったのは、黒いガスマスクをつけた男性と思われる謎の人物でした。怪人を押さえこみ、ヒーローを守ったのです』


『しかし、怪人を押さえ続けることは叶わず……逃亡を許してしまいました』


『暴動が起こっています。昨日のDBC事件から今現在に至るまで、ウェアムシティでは恐ろしい勢いで覆面達が増え続け、人々を襲っています』


『警察は街を封鎖し、海軍へと応援を要請すると共に避難勧告を発令。今画面に表示されている市や区ごとに指定された避難所への移動をお願いします。繰り返します、画面にある指定の避難所です。もし移動が困難ならば外出の自粛をするようにしてください』


『怪人の行方は現在警察が捜索中です。もし怪しい人物を見かけたら、話しかけずにすぐに警察に連絡してください。身の安全を優先してください』


『――――繰り返します――――避難所へ――――怪人の行方は――――』


          〇◎


 声と音が聞こえる。


 無意識に聞き流しながら、ゆっくり瞼を開くと共に意識が目覚めていく。


 うっすらとした視界からまず最初に見たのは、声と音の正体。テレビのニュースだ。


 フェイクはぼんやりとテレビを眺めながら、のそのそと起き上がる。そうすると自分に三枚ほどの薄い毛布が掛けられており、柔らかい壁があると思ったそれが背もたれだと気づいて、そこで自分がソファで寝ていたことがわかった。


 自分とテレビの間には自分の膝より少し高いほどの四角いソファテーブルがあり、その左右には一人用のソファがある。辺りを見渡してみる。体育館ほどの広さだろうか。部屋はとても広くて、様々な機材や機器といったものが見受けられた。


 どういった用途で使われるものかは、見ただけでは検討がつかないものばかりだ。ここはまるでどこかの研究所のようで……。


 昨日の記憶が蘇る。DBC、覆面集団、怪人とピンクシールの戦い、そしてヘリコプターでの脱出を手助けしてくれたドローン。


 そうだ。たしか行先は研究所だと言っていた。ここがそうなのだろうか?


「……ええ、今うちの所に……わかった……うん、そのくらいね」


 部屋を観察していると、背後から声が聞こえた。振り返ると白衣を女性が携帯を耳に当て誰かと連絡を取っている姿と、目の前でその様子を見ている少女の姿があった。ここから見て少女はどこか暗い表情をしているのが見て取れた。


「……あ。良かった、目が覚めたんだね!」


 長いブロンドの髪に、赤い制服を着た少女だ。フェイクの視線に気付いた少女は、明るい表情になってこちらに小走りで近づいてきた。


「おはよう! エレナさんから話は聞いたよ、君が助けてくれたって。本当に、助かったよ。ありがとうね!」


「あ、ああ……元気そうで良かった」


 目の前まで来て、少女は笑顔で挨拶をし、そのまま紡ぐように感謝の言葉を伝えてきた。フェイクはその勢いに少しだけ圧倒されて、しかし元気な姿を見て安堵の言葉を掛けた。

 それにフェイクはこの少女を知っている。ここ数日からずっと追い求めていたピンクシールの正体。その子が今、すぐ目の前にいる。


 だが不思議と歓喜や感動といった感情は生まれてこなかった。少し前まで追い求めていたはずなのに、安堵以上の想いはない。まだ寝ぼけているせいなのだろうか?


「おーい、大丈夫?」


 返事をしてから喋らなくなったフェイクを見て、少女は思わず心配の声をかける。


「こらこらー。そんなに急に話したら彼、混乱しちゃうでしょー」


 それに気づいてフェイクはすぐに反応しようとしたところで、様子を見かねた白衣の女性が窘めるように少女に言った。連絡を終えた携帯をポケットにしまいながら。


 女性はフチなしの眼鏡を掛けており、髪はバレッタを使ってうなじのあたりで無造作に留めてある。大人びた雰囲気を感じられるが、見た目を一見だけだと少し若く見えてしまうかもしれない。

 白衣を着ている今ならばここの科学者と容易に想像できるが、そうでなければ大学生などに見えなくもない、そんな印象を持つ女性であった。


「私はエレナ・ウォーカー。この研究所でAIの研究をしている主任兼科学者をしているものよ」


 白衣の女性――――エレナは簡単な自己紹介をして、フェイクも釣られるように「フェイク……フェイク・フィッシャーです」と名乗った。


「OK、フェイク君ね。具合はどう? 軽く見た感じ怪我みたいなのはしてなかったけど、どこか痛かったり気分が悪かったりする?」


「どっちも、大丈夫だと思います」


「そう。それなら良かった。お互い山ほど話したいことがあるけど……まず君は、シャワーを浴びてきなさい。目が覚めるし、気分もすっきりするわ」


 そう言われてフェイクは自分の服装を見て、昨日のままなのに気付いた。今でこそ服は乾いているが、気付いてしまうとどことなく気持ちの悪い感覚が芽生えてしまう。


「それでジェシカ。あなたにはお金渡すから、お昼ご飯を買ってきてちょうだい。ここから近くのファーストフードなら、まだ開いていると思うから。それから話をしましょう?」


          〇◎


 フェイクがシャワーを終えて、ジェシカと呼ばれた少女が買い出しから帰ってきてから、先ほどフェイクが寝ていた休憩スペースでテーブルを囲んで座り食事をすることになった。バーガーとオレンジジュースとポテトをテーブルの手元に各々広げている。中身は全員同じものだ。(ジェシカとエレナが一人用ので、フェイクは寝ていた二人用に座っている)


「ねえ、エレナさん。……彼が着ているの、あれしかなかったの?」


 改めて自己紹介から始まろうとする前に、ジェシカがエレナに対して問うていた。


 フェイクが今着ているのは上にライダースジャケットと、下はカーゴパンツといった服装をしている。シャワーを浴びる際に自分の服は洗濯に出すように言われ、代わりを用意してもらったのがこの服だった。


 おかしな服装ではない。ならばジェシカが『あれ』と言った要素はなんなのか? それは色だ。


 上下共に、茶色なのだ。明るく渋い楊梅色やまももいろという茶色の種類で統一されたコーディネートとなっていた。


 一目見て誉め言葉を探すなら、渋い、や中々挑戦的などの感想が出てくるかもしれない。


 貶す言葉を選ぶなら、爺っぽい。古臭い。人によっては格好いいと思い込んで着ているなど。そんな印象を抱かせるかもしれないといったものだ。


「私が男の服持っているわけないんだから、しょうがないでしょー。文句はマイケル君に言ってよね?」


 ジェシカが微妙そうに苦笑をし、エレナは自分のセンスじゃないと、プリプリと怒りながら言った。それもその通りで、話を聞けばこの服はエレナの部下の職員のロッカーから拝借した代物である。無論マイケル職員には連絡を取って、了承済である。


 趣味かセンスの問題かはわからないが、フェイクもまた全身茶色なのはどうかと少し考えた。だが借りている身として文句は言えないので、「着れるなら気にしないですよ」と二人には答えた。


「ほらー。フェイク君も気にしてないってさ。服の話はこの辺にして、そろそろ君達の話をしましょ?」


「うーん……君がそう言うなら、良いのかな……?」


 ジェシカは少し納得していない様子であったが、ジュースをストローで一口飲んでから、「じゃあ私から」と話し始めた。


「私の名前はジェシカ・ジェンキンス。みんなからはジェシィとかジェイジェイって呼ばれたりしているけど、ジェシカって呼んでくれると嬉しいな。ウェールズ女学院っていう所に通っていて、あとはもう知っていると思うけど……私がピンクシールだよ」


 フェイクに向き直りながら、ジェシカは自己紹介と共にピンクシールであることを隠すことなく正体を明かしてくれた。


「やっぱり君が」と改めてフェイクはジェシカをじっと見る。自分とそう年齢は変わらないどこにでもいる女の子に見えて、とてもあのような怪力やスピードを発揮するようには見えないだろう。


 でも、本物だ。フェイクは正体を知っているし、ジェシカも明言してくれたのだから。


「催眠ガスを受けていたけど、大丈夫か? 後遺症とか」


「うん、大丈夫だと思う。昨日そのまま寝て起きたら、調子はいつも通りに戻ってた。操られていないし、すぐ眠くなったりもしないよ」


「とりあえず異常なとこは見受けられなかったけど、ちゃんと専門家に診てもらわないとね。連絡取って、これからこっちに知り合いのお医者さんが来てくれる手筈になったわ。ジェシカ、逃げちゃ駄目よー?」


 エレナは釘を刺すように言い、言われたジェシカは「ううっ」と少し気まずそうな顔をしていた。


「……ジェシカにとって、何かまずいことなんですか?」


 ジェシカの様子を見てフェイクは率直にエレナに聞くと、「ちょっと個人的な問題がねー」とエレナは軽い感じに返事をした。


「それよりも先に、お互いの自己紹介から終わらせちゃいなさい。質問はそれからよ?」


 話が逸れそうになって、続きをするようにエレナは促した。次はフェイクの番だ。


「さっきも名乗ったけど、俺の名前はフェイク・フィッシャー。皆からはフェイクって呼ばれている。俺は……」


 ……自分は何者と説明すれば良いだろうか? そこまで言ってフェイクは考えて、言葉が止まってしまう。


 隠すつもりもないし、全部伝えるべき情報ばかりだ。しかしピンクシールの力の秘密が知りたくて、前からずっと追いかけてきました。なんて、本人が良い気分になるとは到底思えず言いだしづらかった。


 何よりも怪人と目的が一緒なのだ。それがさらに口を開きづらくさせてしまっている。


「えっと……」とフェイクが言い淀んでいると、ジェシカが「ねえ」と声を掛けてきた。


「君の事、フェイクって呼んでいい?」


「ああ、そう呼んでくれて構わない」


「うん、じゃあフェイク。改めて言わせて。ありがとう。私を助けてくれて」


 ジェシカはフェイクの目をしっかりと見て、さっきの元気な勢いではなく、今度は優しいほほえみで感謝の言葉を紡いだ。


「君があの時助けてくれなかったら私、大変なことになっていたと思う。正体もバレて、力の秘密も洗脳で聞き出されちゃってた。催眠ガスを受けて寝ちゃった後は記憶はないんだけど、話は全部聞いたよ。フェイクのおかげで助かったの。だから本当に、ありがとう」


 嘘偽りなどない、純粋でまっ直ぐな言葉。本心からの気持ちだと、すぐにわかるものだった。だからフェイクはジェシカから向けられたほほえみはとても輝いて見えて、それと同時に自身の心の中に潜んでいた罪悪感が湧き出てくるのを感じた。


 だからこそフェイクの背中を押してくれて、覚悟を決めることができた。こちらからすべてを話すべきだと。


「全部、話させてくれ。何があったのか。なんで俺があそこに居たのか。……多分ジェシカはあまり良い気分にならないと思うけど、とりあえず聞いてくれないか?」

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