チャプター12:怪人VSピンクシール
男の話をすべて信じるのならば、ザックが巻き込まれたのも男の言う『運が悪い』ということになる。
だが男の狙いはフェイクだ。自分の立場を理解した今、ザックは他の覆面達とは違う、より危ない位置にいるフェイクの人質となってしまっている。
(俺のせいだ)
その事実を理解できたからこそ、フェイクは自分のせいでザックが巻き込まれてしまったと考えてしまう。
ザックに対する罪悪感が生まれ、すでにある不安や焦燥はザックの身を案ずる形となって強くなっていた。
だが、フェイクは一つだけわからないことがあった。
「なんで洗脳しないんだ?」とフェイクは男に問う。
「話を聞けるなら、さっさと俺を洗脳して聞き出せばいいだろ? わざわざこうして話をする必要は無い筈だ」
「君に興味があるんだ」と男は答える。
「君はなんでもない普通の少年だ。ヒーローのようなパワーも無ければ、私のようにガスや洗脳といった武器があるわけでもない。だが君はたった数日で、誰よりも先にピンクシールの正体まで嗅ぎつけた。
その才能を洗脳で無駄にするなんて、とんでもない。私は君を買っているんだ」
だから、と男は続けて言葉を紡いだ。
「どうだ、フェイク・フィッシャー。私と手を組まないか?」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
仲間になれ。唐突な勧誘の言葉がフェイクの頭の中で泳ぐように響く。理解という形で受け入れられず、疑問に思うよりも先に「冗談だろ?」と口に出ていた。それに男は反応する。
「君と私の目的は同じだ。ならば私の仲間になって仕事を手伝えば、君の目的も叶えることができる」
「待てよ……どうかしている。会って間もない探偵気取りを捕まえて、犯罪の片棒を担がせるだって? 相手を間違えているぜ、覆面野郎。はいわかりました仲間になります……なんて、なるわけがない」
「君はそう自分を卑下しているが、私はそうは思ってはいないよ。君を買っていると言っただろう? それによく考えることだ。私がザック少年を洗脳し続ける限り、君は私を求め続けることになる。君は親友をどこまで大切に思っている?」
脅しの言葉と共に、男はフェイクの心情に問いかけてきた。くそったれ、とフェイクは吐き捨てる。しかしフェイクは会話をしている中で、とある違和感を感じていた。
この男はなぜ、自分にそこまで固執するのだろうか?
フェイクは男の真意がわからなかった。目的はヒーローの力の筈だ。なのに自分を『勿体ない』などというよくわからない理由で、洗脳せず勧誘なんて回りくどいことをしている。それも人質を使ってまで。
「お前は何を企んでいる?」フェイクは男に問う。
「俺と同じ目的だと言っているが、ピンクシールの力だけじゃないな? 俺を勧誘するのも、他の目的があるからだ。お前の本当の目的はなんだ? ピンクシールの力を手に入れて、何をするつもりなんだ?」
「それは――」
男が答えようとした瞬間だった。
スタジオ内に衝撃が走り、その次にステージの方から音が爆発したように広がった。
「……!」
「……」
耳をつんざくような瓦礫が崩れる音。フェイクと男は反射的にステージの方へと視線を向ける。ステージ上には土煙が舞い、こちらまで広がっている。フェイクは思わず袖口で口を押え、じっと目を凝らして見ると、土煙の中に人影が佇んでいるのがわかった。
「ピンクシール……」
土煙はまだ晴れず、姿は見えない。しかしフェイクは確認せずともその正体がなんなのかわかって、ヒーローの名を口にする。
壁を打ち破ってこの場に現れることができるのは、この街で彼女だけなのだから。
「どうやら、長く話をし過ぎていたようだ」
そう言って、男は立ち上がる。フェイクと同様に、男もピンクシールが来たことを理解していた。
男はステージを向いたまま、フェイクに話しかける。
「フェイク。私は私欲で動いているだけだよ。他の人々の心に訴えたいことがあるんだ。
もう少し話をしたいが、ヒーローが来た。君の相手はできなくなったが、勧誘の答えはまた今度聞きにくるよ」
「……?」
どういう意味だ? 抽象的な男の答えに、フェイクは思わず疑問を浮かべてしまう。
そんなフェイクに構わず男は今この場にいる自分の支配下である友人達に向けて、少しばかり大きな声を張り上げた。
「カメラ担当、しっかりとピンクを追うんだ。それ以外は別の命令だ」
〇◎
怪人の男は高揚していた。
何せこういった
男は今まで喧嘩などの暴力は一度だってしたことがない。ヒーローを呼ぶために人を操り、殺人をさせるなど論外であった。
だが男は今この瞬間が楽しくて、生きがいを確かに感じていた。この気持ちを抑えるなどありえない。
下げていた腕を上げ、土煙が舞うステージの方へと指を差す。そして男は言う。
「行け。ピンクを捕まえろ」
その言葉を受けた覆面達が、一斉に動き出す……前に、強い風が吹いた。
それは男が言い終えると同時だった。視界の悪い覆面から覗く男の目には、見逃すことなくしっかりと捉えていた。
土煙から人影が飛び出てくる。それがピンクシールだとわかった時には、すでに目の前にいた。
「……!?」
反応をするどころか、驚く間もない一瞬の出来事だった。
ピンクシールは左手で男の胸倉を掴むと、そのまま持ち上げて宙に浮かべる。そして空いている右手で握り拳を作り、振り上げる構えを取った。
「今すぐ、洗脳している人達を解放して」
怒気を含んだ声で、ピンクシールは男にそう言った。男は一瞬で今の状況になったのを理解するまで、数秒の時を必要とした。
「……驚いた。壁を破壊するパワーもそうだが、スピードも本物のようだ。ステージから客席まで、ひとっ飛びだ」
少しの間を置いて、男は呟くようにそんな感想を口にする。
男は無意識に両手でピンクシールの腕を掴んでいたが、振り解くことはできない強い力だと感じる。それを確認してから、男は自分が持ち上げられている状況など気にしない様子で、喜びの声でピンクシールに話しかけた。
「初めまして、ピンクシール。そしてよく来てくれた。君の登場を誰もが心待ちしていただろう。会えて嬉しいよ」
左手で彼女の腕を掴んだまま、右手だけ離して広げ、男は歓迎の言葉をピンクシールに送る。そんな男に対してピンクシールはたじろぐことなく言葉を返す。
「もう一度だけ言うよ。洗脳している人達を解放して。私に捕まった時点で、貴方に勝ち目はないわ。これ以上言わせないで」
「せっかく来たんだ。そう急ぐことないだろう? 君が最近注目のヒーローということ以外、私は何も知らないんだ。君を知るためにも私はもっと話をしたいと思っているのだが……残念だ」
有無を言わせない圧力でピンクシールは男に警告をする。だが男はそれにも構わず陽気な風に話し続けたが、途端に落ち着いた口調となる。
諦めたのか? ピンクシールは一瞬そう思ったが、すぐに間違いだとわかる。それは背後から迫る気配が……否、全方向からそれらは迫っていた。
怪人がそれらを友人と呼び洗脳した、赤い星印の覆面をした大勢の人々が。
「命令だ。私を」
捕まえろ。
男が言葉を発すると同時に、ピンクシールは男を掴んだまますぐさま跳躍した。
視界には嫌でも星の顔が入ってくる。
周りは見ず、まっすぐに目指したのは自分が壊して入ってきた壁の穴。ピンクシールは客席からステージの方へと飛んで、穴の方へと走る。しかし男を掴んでいる手が、唐突に少しの重さを感じ始めた。
振り向いてみれば、すでに5人ほどの友人達が男にしがみついていた。それくらいの人数の力なら、ピンクシールはなんてことなく振り切れる。
だがその数は一瞬のもので、すぐさま後続が追いつき数秒も経たないまま男を捕まえている友人達は10人、15人へと数を増やしていく。
「……っ!」
20人を超えたあたりで、軽く掴むだけで十分だった少しの重さは、徐々にピンクシールに掴む力を強めさせる重さへとなっていく。
しかしそれだけで、ピンクシールの力が負けたわけではない。20人、30人が相手でもピンクシールの力は勝っており、彼女の進行は止まらず友人達を引きずる形で外に出る穴を目指していた。
だが、先ほどまでの早さと力で駆け抜けるような勢いではなくなっていた。
それを見て、男は次なる命令を友人達に向けた。
「もう一度だ。ピンクを捕まえろ」
それを聞いて今度こそ、ピンクシールは掴んでいた男の胸倉を離した。
男を捕まえていた友人達はその命令を受けて、一斉に動き出す。
ピンクシールは後方に下がり、ステージ中央へと移動する。そこで止まり、こちらに走り迫る集団の動きを見た。
人の波が襲い掛かってくる。一人、二人と数人を躱していく。五人目に来た友人の腕を掴み、身体を回転させて遠心力で次に来る友人達の方へと投げつける。それを受けた友人達が受け止め切れず、そのまま転倒する。
友人達の動きには規則性は無く、ただまっすぐこちらに掴みかかってくるだけの単調なものだった。しかしやはり数が多すぎる。ステージ上を舞うように友人達を躱していたピンクシールであったが、このままでは埒が明かない。
動きを止めることなく友人達を躱しながらも、ピンクシールは男の方を見た。男はまだステージから降りておらず、おそらく巻き込まれないようにするためか、客席側の端の方でこちらを見ている姿が確認できた。
それを見てピンクシールは余裕ができる一瞬を見計らって、またしても跳躍した。今度は観覧席の奥の方に。
友人達は観覧席に逃げたピンクシールを追う。到着したピンクシールは、友人達を見下ろしながらタイミングを待った。
狙うは怪人の男。
間違いなく友人達の中にピンクシールのスピードに勝る存在はいない。ならばこちらに引き付けてからまた飛んで、今度こそ怪人の男を捕まえる。
友人達が観覧席へと入ってくる。見渡すそれらはまさに人海と呼ぶにふさわしい、圧倒的な光景だった。
その光景に気圧されることなく、ピンクシールは怪人に狙いを定め、飛ぶ時を待つ。
そして先頭の友人達があと数段で届くという距離で、ピンクシールは飛んだ。
大勢の友人達を飛び越えて、スタジオ上空を飛んでいく。友人達はピンクシールに手を伸ばすが、届くことはない。
下降が始まり、男の元へと降りたとうとしている。しかしそこで、ピンクシールは左側に自分へと向かってくる物体の気配を感じた。
ピンクシールは反射的に左を向く。自分に向かってくる物体の正体は野球ボールほどの大きさをした、赤い星印が刻まれた白い球体だった。それが丁度ピンクシールの顔面に直撃するような射線上で飛んできていた。
本来なら避けることはたやすい。しかし今は空中にいるため、避けることはできない。
ならば受け止めるしかないとピンクシールは左手を使い、その球体を掴んだ。掴んだ瞬間、その球体は破裂した。
「……!?」
破裂した球体から大量の青白い気体が溢れ出し、ピンクシールを包み込んだ。
甘い匂いがする。視界を奪い、それが催眠ガスだとわかった時には意識の半分を奪われていた。
空中で催眠ガスを浴びせられたピンクシールは、ステージ上の男の足元へと墜落した。
ステージの床に仰向けに倒れこみ、げほっげほっとピンクシールは咳き込んだ。腕と足を動かしすぐさま立ち上がろうとするが、身体に力が入らず四つん這いのままうまく立ち上がらないでいた。
「そのボールは私が作ったものだ」
隣で立っていた男は、ピンクシールが先ほど食らった星印の球体を手にしていた。
「中には私が作った催眠ガスが入っていてね。ほんの少し衝撃を与えると簡単に破裂するようになっているんだ。こんなふうにね」
言いながら男は手にしたボールをそのままピンクシールに投げつけた。ボールはピンクシールの背中に当たり、破裂する。
破裂すると同時に青白い気体がまたしてもピンクシールにまとわりつくように包み込んだ。半分ほどの意識がさらに奪われ、かろうじて残っていた力も失い、その場に完全に倒れ伏した。
強烈な眠気がピンクシールを襲う。今にも瞼を閉じてしまいそうになるほどうつらうつらとした意識の中、それでもピンクシールはまだ落ちていない一握りの意識で身体を動かそうとした。
もう一度腕と足に力を入れて立ち上がろうとするが、身体は鉛のように重く感じ、身体を揺れ動かすだけであった。
「私のガスが効いてよかったと安堵したが、二発も食らってまだ意識を保っているとは……やはり断続的に吸わせ続けなければ、完全なる催眠にはならないようだ……」
ピンクシールの様子を見て、男はそう呟いていた。
だがすぐさま客席にいた友人達はステージに続々と上がっていき、倒れているピンクシールへと群がっていた。ピンクシールが友人達で見えなくなったのを見計らって、男は次の命令を下した。
「命令だ。ピンクシールを私の前へ」
命令を受けた友人達はピンクシールを掴み起き上がらせる。ピンクシールは腕や足、胴体を掴まれる形で男の前へと差し出された。
ピンクシールはぐったりとしたまま、視線だけで男を睨んだ。マスク越しのためその睨みに気づいたかどうかわからないが、男は愉快そうに話しかけた。
「私の言葉の勝利だ、ピンクシール。どうやら君は言葉より早くなく、また言葉に惑わされやすいようだ」
「……さ……め……」
さっきのボールは、いつ命令した?
催眠ガスと洗脳の仕組みを理解したわけではないが、ピンクシールは怪人とその友人達と対峙をしてみて、単純な命令しかできないと思い込んでいた。
しかしあのボールの攻撃を、男は命令していない。
例え命令をできたとしても、投球とはいえ洗脳状態のまま飛んでいる自分自身に当てられるとは考えにくかった。
だから、おそらく洗脳されていない友人が……もう一人、仲間がいる。
今にも眠りに落ちてしまいそうになる意識を保ちながら、ピンクシールはそう男に問おうとしたが、ガスを吸い過ぎたせいかうまく喋ることができない。
「まだ眠ってはいないな? ならば、話をするとしよう。私の目的についての話だ。実のところ、この話を聞かせたくてこのビルを乗っ取って、君を呼んだんだ。そして街の人々も私の計画を知るべきだろう。自分たちがどのような立場にいるのかを」
男はカメラを担当している友人に、近づくように命令する。カメラは近づき、怪人とその目の前で捕まっているピンクシールの両方を映せる場所に着いた。
それを確認してから、男はピンクシールへと語りだした。
「私の目的はね、ピンクシール。君の超人的な力が欲しいんだ。分厚い壁を壊し、数十人を相手しても力負けしないパワーに、高速で動き回れるスピード……どれも素晴らしいものだ。私は君のその力を、どうやって手に入れたかを知りたいんだ。
それで問題だ。君のスーパーパワーの入手方法を知って、私はどうすると思う?」
ピンクシールがまともに話ができる状態ではない。そのことを知っていて、男はわざとらしく聞いてきた。だから男はピンクシールの答えを待たずに、すぐにその答えを言った。
「ピンクシールの力を与えるんだ。私の友人達にね」
男は本当に心の底から楽しそうに、愉しそうな声で言った。
「私に洗脳され支配された友人達は全員、ピンクシールになる。想像してみろ。警察はおろか、国の軍隊でさえ敵わない……最強の軍団が完成するんだ」
「だ……め……!」
駄目だ。そんなことはさせない。
ピンクシールは今なお朦朧とする意識の中で捕まえにかかろうと力を再度入れるが、やはり力は入らず友人達を振り解くことはできない。
「さて、君の力の秘密を探る前に……まずは、君の正体を暴くとしよう。私だけでなく、誰もが知りたがっていることだろうしな」
そう言って、怪人はピンクシールの頭……ヘルメットに手を伸ばした。
万事休す。絶体絶命。
テレビを見ている人々も、意識を保つのに必死なピンクシール本人でさえも頭の中でその言葉が過ぎる。
怪人を止められるものはいない。警察も、そしてピンクヒーローでさえも。誰もがそう思っていた。
怪人もまた、自分を止められるものはいないとこの瞬間まで信じていた。
だからこそ、これから起こる出来事を誰も想定することができなかった。
ひたり。
「……?」
怪人の手がピンクシールのヘルメットに触れたと同時。
怪人はふと、顔の頬に何か当たったような感覚がした。ピンクシールのヘルメットに伸ばしていた手を引っ込めて、自分の頬を触る。しかし覆面の布の感触だけで、そこには何もない。
(待て……感触?)
感触だ。直に肌に触れておらず覆面越しだったとしても、怪人はその感触を知っていた。
「これは……」
怪人がその正体を導きだそうとした、その時だった。
スタジオ内に雨が降った。
「……!?」
雨が降る。
シャワーのように機械的に連続で、スタジオ内に痛いほど叩きつけられる。
それはあまりにも突然の雨。怪人はここに来て初めてピンクシールに接近を許してしまった時以上の、驚愕の感情を露わにした。
(室内だぞ、ここは……!? ……まさか)
「スプリンクラーか……!?」
驚きを隠さず叫び、天井を見上げる。そして怪人は見た。
頭上から自分目掛けて飛び降りてくる存在を。
それは黒いガスマスクをした、少年の姿だった。
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