チャプター11:怪人

「カメラはそのまま固定しておけ。いつヒーローが来てもいいようにな」


 青い男は指示を出す。カメラを操作する覆面は命令されるまま、死体の方へとカメラを向けていた。そして男はフェイクが居る観客席へ振り向く。


 見れば、フェイクは無理矢理座らされる形で覆面達に抑えられている姿が見える。それを確認して、男はフェイクの方へと歩いていく。


 近づいていくと、フェイクはこちらを睨んでいることがわかる。男はポケットから携帯を取り出し、SNSのアプリを開く。

 そのまま男はフェイクの隣に座り、『DBC』という単語で検索をする。すでに一万を超える件数の書き込みを尻目に、とある呼び名が数多く見られた。


怪人ファントム……怪人かいじんと来たか。悪くないが、もう少し欲しいな。フェイク、君はど思う?」


 男は携帯の画面をフェイクに向けて見せる。そこには『イカれた怪人が現れた』『怪人が人を操って、殺人をやらせたぞ』『ピンクシール、怪人をやっつけてくれ』などの書き込みが数多く見られた。


「ザックの携帯だ」


 フェイクは怪人と呼ばれている男に答えず、書き込みよりも携帯そのものを見てそう言った。


「お前が今持っているのは、ザックの携帯だ。ザックをどうした? さっきの殺人ショーでやったみたいに、こいつらみたいにしたのか?」


 冷静で、しかし怒りを押し殺すような声で、フェイクは男に問う。


 男は携帯を懐にしまい、代わりに白い覆面を取り出す。怪人は覆面を両手で広げて赤の星形を覗き込む。


「私の計画を成功させるためには、友人が必要だったんだ。ヒーローに対抗する、戦うための部隊が」


 青い星が、フェイクの方を向く。


「とある住宅地一帯を狙って、私の催眠ガスで友人を作っていった。その一帯が、どうやらザック少年も住んでいる地区だったようだ」


「彼も運が悪い」と男は最後にそう付け足した。他人事のような物言いに、男を睨む目は鋭さを増す。


「ザックは無事なのか?」


「ああ、無事だ。友人私兵に不必要な怪我なんてさせないさ。催眠状態で待機させている。私のガスに後遺症が残るような成分はない。そこは安心するといい」


 特に隠す気もないようで、男はすぐに答えてくれた。フェイクは自分が身動きができない今、できることは限られている。ならばこうして自分に話しかけてくる怪人に、少しでも情報を引き出すべきだと考えた。

 会話を途切れさせるわけにはいかない。フェイクは心の中で自分に言い聞かせる。


「催眠ガス……あれを浴びたら、みんなお前の言いなりになるのか? 催眠状態の人を治す方法は?」


「ガスを浴びて催眠状態にはなるが、そこから洗脳による操作をするにはもう一つ段階が必要だ。治す方法は、そうだな……効力が切れるのを待つか、頭に水でも被せればもしかしたら、目が覚めるんじゃないか?」


 どうせ答えは得られないだろうと思いつつの質問だった。しかし目の前の怪人は、あまりにもあっさりとフェイクに答えていた。質問者であるフェイク自身も、面を食らったような顔をしてしまう。


「……あっさり答えるんだな」


「仕組みが他者に知れるのは避けれるものではない。それが今でも後でも同じことだ。それに仕組みが知られたところで、私の計画を止めることは、誰にもできない」


 その男の言葉には自信が感じられた。それも相当なものだと。


 慢心によるものか、勝算があるからこそなのかわからないが、今はそこに付け入るしかない。


「……計画って、なんだよ。ピンクシールと戦うことじゃないのか?」


 男の発言の中に、計画という言葉があった。フェイクはピンクシールと戦うことが男の目的だと思ったが、言い方からしてもっと先のものがあると感じられたからだ。


「ん? ああ……」と男は呟く。


「計画。そう、計画だ。私にはずっと前から考えていた計画があって、実行しようとずっとその機会を窺っていた」


 それがピンクシールだ。男はそう言った。


 喜びや楽しさといった感情の高まりが、その声音から感じられた。いつしか男は高まりを抑えることなく、語り続ける。


「ヒーローの登場はまさに運命の時だった。いや、もしピンクシールが登場しなかったとしても、また別の時にでも行動を起こしていただろうが……それでも私はこの時を待ちわびて、今日までを生きてきたと言っても過言ではないだろう」


 覆面で男の顔は見えない。しかしその覆面に描かれている星の印が、今は笑っているように見えた。


「今この瞬間が、楽しくて仕方がない! 君もそう思うだろう? フェイク」


「何がだ……全然楽しくねえよ。むしろあんなのを見せられて、最悪だ」


「まあ、君はおそらくそうだろうとは思ったよ」と男は肩で笑う。


 お前がここに連れてきたんだろうが。男の態度にむっとなって、そう文句を言おうとしたところで、フェイクの中で一つの疑問が生まれた。いや、気づいたという方が正しかった。


 どうして、


「どうして自分はここにいる? 人質と一緒じゃないんだ?」


 星の男は、フェイクの心を読むように言った。


 覆面で男の瞳は見えない。しかし星の印はフェイクの目を離さず見ている。微かな反応を逃さないその視線が、フェイクにはとても不気味に感じた。


「違う。君は人質ゲストじゃない。大切なVIPだ。私と同じ目的を持つ者として、ここに招待したんだ」


「何を……言っているんだ、お前は」


 フェイクは一言、振り絞るように声を出した。


「彼を離してやれ」と男はフェイクを取り押さえていた覆面達に命令を出した。覆面達はフェイクを離し、その場から離れていく。だがフェイクは動けずにいた。


 頭の中で情報は整理され、まだ少ないパズルのピースだが、繋がっていく。もしかしたらの答えは、既に導き出されている。だがフェイクはそれが不正解なのを求めた。


「同じなもんか。殺人が必要なお前と、一緒にするな」


 声が震えている気がした。その虚勢を星は笑う。


「同じさ。私と君は、ピンクシールを追う者だ。そして何より、私達はヒーローの超人的な力を欲している」


 あっけからんと、男は今まさにフェイクが聞きたくない答えを言った。


 全身を緊張が迸る。心臓を鷲掴みにされたような感覚。フェイクは懸命に不安を顔に出さないように努めたが、真顔の表情のまま固まってしまう。


 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。騒がしく、落ち着かない気分がとても嫌になった。


「先ほど、ヒーローに対抗するための部隊が必要だと言ったな? あれにはもう一つ狙いがあった。情報収集だ」


 穏やかではないフェイクをよそに、続く男の語りがこの場を支配している。


「私だけが、洗脳した彼らから話を聞くことができる。ピンクシールの正体を知っているか? 聞くのはそれだけだ。なにせ地区一つの数だ。流石に骨が折れたよ。

 けれど、とんでもない収穫があった。それがザック・ロドリゲス少年だった」


 君の親友だ。男はそう言った。


「彼からすべて聞いた。君の話を」


 見つけた宝物を自慢する子供のように見えた。


「君とピンクシールとの出会いを。追っていることを。ピンクシールを追う理由も、目的も知れた。そして何より……」


 やめろ。心の中で言った。声に出して言った。もう今更遅いのに、フェイクは男のその先の言葉を聞きたくなくて、目を逸らしたかった。


 だけど目の前の怪人の言葉は、止まることはなく。


「知っているんだろう? ピンクシールの正体を」


 やめろ。今度は言えなかった。


          〇◎


 怪人と呼ばれる男のショーがあってから、10分が経過していた。DBC本社ビル前は、数台のパトカーと警察特殊部隊の装甲車が到着していた。ビルの上空には、黒と赤が一機ずつ、2機のヘリコプターが飛んでいた。


 すでに野次馬が集まりつつあり、制服警官が近づけさせないように『KEEP OUT』と書かれたテープロープで規制線を作っている。


 装甲車の中では、黒い格好の二人の武装警官が地図を睨んでいた。DBCビルの内部構造だ。


 その空間に、一人の男が入ってきた。


「どういう状況だ?」


 男は40代ほどの中年男性で、濃い顎髭が特徴的だ。ブラウンのコートを羽織り、乗り込んできた男……バード・ジェンキンスは開口一番でそう言った。


「バード! よく来てくれた」武装警官の内の一人がバードに駆け寄り握手で迎える。


「警部をつけてくれ、ライアン部隊長」


「気にするな、警部殿。今、部下達にビルの周りを偵察させている。ヘリコプターだって飛んでいるだぜ?」


 ライアンと呼ばれた武装警官は、言いながら親指で上の方を指す。


「黒いのは君達だとわかったが、赤いのは?」


「ありゃ民間のヘリだな。ロゴがねえが、おそらく他のTV局か新聞会社の輩だろう。空の上なら邪魔にならないと思っているらしい。警告するだけ無駄だ」


 それよりも状況だ。そう言ってライアンは地図に向き直る。


「事件発生から10分が経過。DBCのチャンネルを見れば今もカメラは回ってはいるが、現在の犯人の位置は不明。現場だけ見るなら5階のスタジオ07に潜伏しているとしか予測できない」


「潜入はできそうか?」


「難しいな。偵察に出した部下からの報告だと、正面入り口と非常用出口には覆面達が配置されていることが確認されている」


「配置……いや、これは……」


「気づいたか? あのイカれた覆面野郎、洗脳した市民を出入口封鎖のバリケード代わりにしてやがる」


 クソッタレが。ライアンは口を尖らせて悪態をついた。


「屋上はどうだ?」


「駄目だ。覆面達がわんさか居る。とてもじゃないが着陸できないって、パイロットが嘆いていたよ」


「そうか……覆面達を、動かすことはできるか?」


「部下が接触を試みたが、それも駄目だった。会話ができないのはもちろん、梃子でも動かねえとさ。無反応だったらしいが、何が引き金で動き出すかわからねえから、すぐに退避を命じたよ」


 ライアンが忌々し気に言う。その姿からは焦燥と不安が見え隠れしていることが、バードにはわかった。


「なあ、バード。俺はオカルトなんて信じてねえ。だからあの覆面の洗脳だって、大衆を騙すトリックがあるんじゃないかと思っているんだ。だが目の前の現実を見ているとよ、俺はまだベッドの中で、悪い夢でも見ているんじゃないかって思っちまう」


「落ち着け、我々が焦ったら犯人の思うつぼだ。賢明な君が一番わかっているだろう? まだ方法があるはずだ。例えば、窓からの潜入とか」


「それも考えたよ。もし俺が奴で洗脳ができて、目的のヒーローと戦うだけなら? 入口と同じように、中にも覆面達のバリケードをするだろうさ。邪魔者を立ち入らせないためにな。

 洗脳されている人の数が把握できないし、確認されているだけでもかなりの数が予想できる。奴は意識のある人質を餌にしているが、実際は洗脳されている市民もなんら人質と変わらねえ。

 はっきり言う。状況は最悪だ。犯人だろうと人質だろうと、捜して確保サーチ&リカバリーができねえんだ。敵の親玉を捕らえるための時間が必要なのに、その親玉はヒーローを呼ぶために30分毎に殺人ショーと来た。時間を掛けたくても、圧倒的に足りねえんだよ」


「だがこちらからの連絡に、奴は一切反応がない。入口の洗脳された人達じゃあ犯人にまで届かない。交渉の場まで行けないんだ」


「なら、もう強行突破しかねえ。覆面の市民に攻撃することになるぞ?」


「それは……最後の手段だ。まだ方法が無いと決まったわけじゃない」


「ああ、そうだ。最後の手段だ。だが覚悟はしておけ」


 ライアンは部下達を招集するために無線機に手を掛ける。言葉を発しようとしたタイミングで、『こちらアルファ1、応答せよ』と無線機から声が発せられる。部下からの連絡だ。


「こちら本部。どうした?」


『所属不明のドローンを一機発見。現在上空でビル付近を滞空しています』


「なんだと?」ライアンと近くで聞いていたバードは互いに視線を交わす。そして地図を見る。


「アルファ1、ドローンが飛んでいる高さはわかるか? ビルの何階あたりにいる?」


『おそらく25、30メートル……5階か6階のあたりかと思われます』


「場所は? 今どのあたりに居る?」


『本部の位置から真逆の、12時の方向です』


 現場のスタジオだ。部下からの情報と地図を確認して、二人はそう確信した。


「……無関係なわけねえな。犯人のドローンか? なんのために?」


「わからないが、もし犯人のドローンなら交渉できるかもしれない。なんとかコンタクトできないか?」


「コンタクトつったって、どうやって……」


 やるんだ。そう言い終わる前に、無線機からまた声が発せられる。


『本部! こちらアルファ1!』


「こちら本部、何かあったのか?」


『DBCから向かいのビルの屋上に、何か居ます! あれは……ピンクシール!?

 ピンクシールです! ヒーローが現れました!』

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