チャプター10:ヴィラン・ショー

エスカレーターを上がると、3つほどのエレベーターが見えた。


 案内の受付嬢は真ん中のエレベーターに乗り、フェイクもそれに続いた。……覆面の社員達に囲まれたまま。


 先ほどから冷や汗が止まらなかった。険しい表情のまま、フェイクは案内に黙って従っている。数で囲まれた状況で逃げられないと判断し、下手に抵抗をしない方が良い、という直感があった。

 心の中で冷静になれと念じ、また目先でわかる情報を探しては自分なりの分析をしていた。


 現在エレベーター内は扉付近に案内嬢で、左と右に一人ずつ、後ろに三人の覆面がいて、フェイクは丁度真ん中にいた。


 フェイクは見渡してみる。覆面達は皆こちらを向いているが、フェイクが視線を向けても特に反応がない。左の覆面を覗き込み、顔の前で手を振ってみてもロビーの時と同様反応がなかった。


「あの」とフェイクは唯一、こちらを向いていない受付嬢に声をかける。


「待っている友人って、ザックですよね? それと今日みんな覆面しているけど、何か記念日とか?」


 声を掛けられた受付嬢は、何も答えてはくれなかった。それどころかこちらすら向いてくれず、先ほどのロビーでの反応と同じものになっていた。


 エレベーターが5階に到着し、扉が開くと前の受付嬢が歩き出す。その次にフェイクの左と右の覆面が先に出て、待っている。フェイクは少し待ったが、後ろが動かない。フェイクが出ると、後ろの三人がついてきていた。


 フェイクを囲む覆面の集団が、廊下を進んでいく。たまに他の社員とすれ違う時もあるが、例外なく星形マークの白い覆面をしていた。やはり項垂れた姿勢でだ。


(まさか全員、覆面をしているんじゃないだろうな?)


 不意に受付嬢が、『スタジオ07』とプレートに書かれた扉の前で止まり、こちらに振り向く。


「どうぞ、お入り下さい」


 それだけ言って扉を開け、入るようフェイクを促せた。フェイクは警戒と緊張の高まりを感じながら中に入っていく。


 スタジオの中は、フェイクが思っていたよりも広かった。テニスコートより一回り大きい広さで、奥がステージとなっており、入り口から入ってきた手前が観覧席だとわかった。フェイクはこういったスタジオ現場などの知識はないが、テレビでよく見たことがあるバラエティー番組のスタジオだということが、なんとなくわかった。

 それにさっきのロビーで囲まれた時よりも、人が多い。観覧席には20人ほどまばらに座っている。ステージの方を見れば、カメラやマイクなどの位置を調整しているのか、ゆっくりとした動きであったが、たしかに働いている姿が見えた。

 ただし・・・・・・やはり皆同じ覆面を被っているので、異常さが無くなることはなかったのだが。


 フェイクが観察していると、その横を自分を案内した受付嬢が通り過ぎていく。そしてステージと観覧席の間にいるスーツの、恐らく男性と思わしき人物に話しかけていた。


 一言二言話して、そのスーツの男性がこちらを向き歩いてくる。項垂れた姿勢ではなく、ちゃんと背筋を伸ばしている。よく見ると青いスーツを着こなしており、覆面こそしているがその星形は青いペイントで描かれていることがわかった。

 きびきびとこちらに歩いてくる姿を見て、フェイクはこの男は他の覆面とは違うということを確信した。


「やあ、君がフェイク・フィッシャーだね?」


 澄んだ声をしていた。覆面のせいで顔がわからないのもあって、想像していたよりも若い青年の声だとフェイクは思った。


「・・・・・・そうですけど」


「ザック君から聞いているよ。会えて光栄だ」


 男は右手を差し出し、握手を求めてきた。思っていたよりも友好的な態度で接しられたため、フェイクは少し驚いた。おそらくは人付き合いが得意な性格なのだと窺えるのだが、やはり覆面の存在がすぐには握手に応えることを許さなかった。

 フェイクは差し出された男の手を見た。手袋をしているのがわかった。スーツと合わせたであろう、同じ青色の手袋だ。


 フェイクが観察していると、差し出された手が引っ込まれてしまう。男は「色々と聞きたいことがあるだろう」とその手をひらひらさせながら言う。


「すまないね、これからショーを始めるんだ。適当に空いている席に座って見ているといい。それが終わってから、また話をしよう」


 そう言って男はステージの方へ振り返り、歩いていく。一方的だったため、フェイクは慌てて一つ質問する。


「待ってくれ! ザックはどこにいる? どういう関係なんだ?」


 それに対して男は首だけ半分向けて「この建物にはいるよ」と答え、続けて言った。


「どういう関係と言われると、そうだな……昨日友人になったばかりさ」


          〇◎


 14時のDBCチャンネルは『アルティメットーク』という、有名人の秘密の暴露や仰天エピソードを話すトーク番組が放送されている。軽快な音楽と共に出演者達が入場していき、それを観覧席の視聴者達で拍手で迎え入れるオープニングであったが、軽快な音楽や出演者達の入場もない。画面には無人のスタジオだけが映されていた。


『カメラを私に向けろ。ああそうだ、私を追え』


 その声にカメラが向けられる。青い星形が描かれた白い覆面をした、青いスーツの男だ。男はカメラの目の前まで近づいくる。


『こんにちわ。今の時間はたしか……トーク番組だったかな? 楽しみにしていたところ悪いが、この番組を……いや。DBC本社を乗っ取らせてもらった』


 ステージへと上がる男を、カメラが追う。そして番組の司会進行がいつも居るとされる定位置へと歩いていく。


『だから、これから私のショーを始めようと思う。今見ている君達と、今見ているかはわからないが……今をときめくピンクヒーロー、ピンクシールに捧げるショーだ。ぜひ付き合ってくれ。……ああ、私か? 今の私は、名もないただの悪党さ』


 言い終えると、男はぱんぱんと2回手を叩いてから『ゲストを連れてこい』と叫ぶ。するといつも出演者が入場してくる入り口から、4人が姿を現した。


 4人のうち二人は赤い星形の覆面で、その前に居る二人は覆面をしていない。しかし代わりに二人は目隠しと猿轡をされており、両手は後ろに回され縛られていた。二人とも他の社員同様のスーツを着ており、男と女だということが見てわかる。後ろの覆面が二人を背中を押して青いスーツの男の前まで歩かせていた。


『目隠しと猿轡を取るんだ』男は後ろの覆面に命令し、二人の目隠しと猿轡を取り外した。目と口を開放された男性の方は青いスーツの男を睨みつけ、女性の方は目に涙を浮かべ恐怖していることがわかる。


『ゲストの紹介だ。DBC社長のジェイコブ・グリーンと、その秘書のオリビア・ペレスだ』


『貴様! なんの真似だ! 私の会社に、何をした!?』


 縛られている男の方、ジェイコブが怒号を上げる。それに対し男は涼しい声で答える。


『さっき言った通りだよ、ジェイコブ社長。この会社を乗っ取らせてもらった。運が悪いと…いや、テレビ局としては、特ダネとして幸運と言えるのかな?』


『ふざけたことを抜かすな! 今すぐ社員たちを解放しろ!』


『今日中には解放するつもりだよ。まあ、また利用するかもしれないがね』


 そう言いながら男は、泣いている女性の方……オリビアへと近づく。オリビアは顔を下げ、視線を合わせないようにしていた。

 男は優しく、安心させるように右手でオリビアの頬を撫でる。それに反応するように少しだけ、オリビアは体を震わせながら顔を上げて、青い星形を見上げる。


『ミス・オリビア。顔を上げて、どうか泣かないで。約束しよう、私から君に危害を加えないと。だから』


 オリビアの頭上に、男の左手がある。そこには赤い星形マークの、白い覆面が掲げられていた。


『友人になろう』


 その覆面を、迷うことなくオリビアに被せた。


『ひっ……あ……!』


 オリビアは声にならない悲鳴をあげる筈だった。しかし、覆面を被った時の異変が、それを許さなかった。


 カメラは青いスーツの男を、そしてその目の前にいる覆面を被せられたオリビアを映す。


 オリビアの覆面……主に口の辺りから青白い気体が、目に見えるほど溢れてきていた。ごほごほとオリビアは何度も咳き込んだ。青白い気体はそれでも止まらず、やがてはオリビアの頭を包み込んでしまう。何度も咳き込んでいたオリビアも、反応が無くなり動かなくなっていた。

 ようやく気体は止まり、オリビアの頭を包み込んでいた気体もなくなっていく。そしてそこには項垂れた姿勢の、覆面をしたオリビアの姿があった。


『おめでとう。これで君も晴れて、友人さ』


 パチパチと、男は大袈裟でわざとらしい拍手で祝福をする。その隣で見ていたジェイコブは目を大きく開け、先ほどまで怒号を上げていた口をわなわなと震わせる。


『き、貴様、一体オリビア君に何を……!』


『ショーと言えばゲームだ』


 ジェイコブの言葉を、男は聞こえていないとばかりに話し出す。そしてオリビアの両手を縛るダクトテープを解く。そしてオリビアの後ろに居る覆面に『チョコを渡せ』と言うと、覆面は懐から黒い塊を取り出し、男へと手渡した。

 男は見せつけるように、その黒い塊を右手で掲げる。近くで見ていたジェイコブは、その正体がわかった。


『そ、その銃で何をするつもりだ!』


 ジェイコブは叫んだ。男が手にしているのは、コルトローマンと言われる最大6発装填可能の、回転式拳銃であったからだ。男は拳銃の振出式のチャンバーを振り出し、その中に弾が一つ入っているのを確認してから、『弾は一発だ』とジェイコブに見せる。そしてチャンバーを戻し、そのまま左手でチャンバーを回転させ、3秒ほどで止める。


『ミス・オリビア……いいや、友人。ゲームをしよう』


 男はオリビアの手を取り、拳銃を握らせる。すると後ろにいた二人の覆面が、ジェイコブの両側から拘束し、『うっ』と唸らせた。


『ロシアンルーレットだ。悪党らしいゲームと言えば、これぐらいしか思い浮かばなくてね。相手は……ジェイコブ社長。彼の頭にしよう』


 ジェイコブはぎょっとなり、オリビアは拳銃をジェイコブに向ける。額に触れるか触れないかの、すぐ目の前の距離。男はオリビアの肩に手を乗せ、『合図をしたら、引き金を引くんだ』と命令している。


『ま、待ちたまえ、やめろオリビア君! こんなこと』


『一発目』


 カチリ、と引き金の音が鳴る。『ひっ!』とジェイコブは短い悲鳴を上げる。


『2発目』


『ま、待ってくれ……!』


 カチリ。


 男は何でもないように、淡々と指示を出す。覆面のオリビアは引き金を引く。ジェイコブは額から、大量の汗を滝のように流していた。


『3発目』


 カチリ。


『な、何が目的だ!? 金か!? 金ならあるぞ!』


『4発目』


 カチリ。


 ひああぁ……とジェイコブは悲鳴を上げる。男は4発目も不発なのに対し、おぉ、と感嘆の声を漏らした。


『3、4発目で終わると思っていたが……大した悪運だ。さあ、ゲームもクライマックスだ』


『はっ……はあ……!』


 ジェイコブは肩で息をし、死の恐怖と緊張で過呼吸寸前となっていた。しかし、次で最後だ。普段は祈らない神にジェイコブは祈った。死にたくない、生きたい。その願いが頭の中を埋め尽くしていた。


 そして男の最後の合図がオリビアに言い渡される。


『5発目』


 音が響く。それはジェイコブの一生の中で忘れられないであろう、一瞬の音。カチリ、という不発を引く音だった。


 ジェイコブは全身の身体から力が抜ける感覚がした。口からは、乾いた息が漏れ出ていた。


『すごい、すごいじゃないか! 素晴らしい!』


 そんなジェイコブに、男は先ほどの拍手よりも盛大に手を鳴らし、ジェイコブを褒め称えた。そしてそのままもう一度オリビアの肩に手を乗せ、彼女に命令する。


『6発目』


 銃声が響いた。


          〇◎


 一発目の合図の時点で、フェイクは動いていた。


 ショーを見守っていたフェイクは、拘束されている二人が出てきた現実にすぐに反応できなかった。そしてオリビアという女性が覆面を被せられ、ゲームが始まった時には考えるより先に走り出していた。ジェイコブを救うために。


 しかし、ステージに走るフェイクに反応するように、観客席に項垂れて座っていた覆面達が一斉に動き出し、出入り口付近とステージに近い席にいた覆面達に挟み撃ちになる形で、フェイクを捕まえにかかった。


「離せよ……!」


 フェイクは叫ぶが、覆面は離さない。多勢に無勢で、すぐに捕まってしまった。


「6発目」


 銃声が響いた。捕まりながらフェイクは首だけでもステージの方を向き、そして見る。殺人の瞬間を。凶弾に倒れる、ジェイコブの姿を。


          〇◎


 額に穴が開き、血が溢れ零れる。倒れ伏し血溜まりを作るジェイコブを一瞥してから、青い星形が描かれた白い覆面の男は、カメラに振り向き近づく。


『意識のある人質ゲストは、あと10人ほどいる。30分だ。30分ごとに、今のようなゲームをやらせるぞ。これ以上死人を出したくないのなら』


 カメラを掴み、さらに自分の顔を近づかせた。


『来い、ピンクシール。お前のヴィランはここにいるぞ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る