チャプター13:誕生
あまりにも想定外のことが起こっていた。
スタジオ内の映像は全世界へと送られている。そして先ほどまでピンクシールが怪人に捕まり、正体を暴かれようとしていた。
だがその直前でスタジオ内にスプリンクラーの雨が降り注いだ。
驚いた怪人に上から黒いガスマスクをした少年が飛びかかり、馬乗りの状態で怪人を押さえつけている様子が映し出されていた。
あれは誰だ?
新しいヒーロー? ピンクシールの仲間? それとも今更
様々な反応と憶測がSNSで囁かれ、高速でタイムラインが流れていく。敵か味方かはまだわからない。しかし誰もが新たなる存在に注目していた。
怪人とガスマスク。
人々は怪人による恐怖よりも好奇心が上回る。いつしか彼らの名を求める。怒涛の勢いのまま、知らず知らずのうちに街は受け入れていく。
街が、人々が名を与える。
怪人の名を。
彼の名を。
〇◎
行動を起こしたのは、怪人とピンクシールの戦いが始まった時だった。
『頭に水でも被せればもしかしたら、目が覚めるんじゃないか?』
思い出すのは怪人との会話。その中で元に戻す方法を聞いた時、たしか怪人はそんなことを言っていた。
そこで真っ先に思い浮かんだものがスプリンクラーであった。
怪人の言葉に信憑性はない。洗脳が解けるかはわからない。だがやる価値はある。
天井を見る。ステージを照らす照明があり、格子状の天井であることがわかる。そして目を凝らしてよく見てみれば、丁度ステージ真上にスプリンクラーのヘッド部分があるのを見つけることができた。
ステージ裏に行けば、点検用の梯子がある筈だ。それで天井まで登れれば、格子状になっているのでうんていのように移動してスプリンクラーに近づける。
そこまで算段をして、バックからライターを取り出そうとする。そこで先日に入れたままであったガスマスクが目に留まった。
「……」
こんな玩具でガスを防げるわけないが、口を覆うという意味でも無いよりはマシだと考え、ガスマスクを装着する。ライターをポケットにしまい、スタジオ裏へと移動を開始した。
そして現在――――。
「ぐっ……!」
右腕の前膊で言葉をうまく出せないよう、怪人の首を押し当て押さえつける。
黒いガスマスクをした少年――フェイク・フィッシャーは怪人に馬乗りの状態でそれを行っていた。
怪人は左手で自身の首を押さえつけるフェイクの腕を掴みながら、空いた右手でガスマスクの頬を殴りつける。フェイクはほんの少し怯むが、2発目の攻撃を左手で掴んで防いだ。
怪人の力は思っていたよりも無く、フェイクを押しのけることができない。
それを確認できたフェイクは、視界の悪いガスマスクの中から視線だけを動かしてこちらを撮影しているカメラの方を見る。
「今すぐここに人を集めてくれ!」
カメラに向かって、フェイクは叫んだ。
「怪人を押さえた! 警察でも誰でもいい! 俺一人じゃ駄目だ、助けがいる!」
もがき暴れる怪人を押さえながら、フェイクは何度もそう叫んだ。だがそうしていると、カメラの方向の反対側からこちらに走ってくる人の気配を感じた。
フェイクがそちらに振り向いた瞬間、その走ってきた人物に顔を蹴り飛ばされた。
「がっ……!」
顔面に喰らいフェイクは横に転がる。頭からすっぽり取れそうになるガスマスクを直しながら、頭を上げて自分を蹴った人物を見た。
覆面の男だ。どちらも群青色のウェスタンシャツとジーンズといった服装で、覆面も他の友人達と変わらない赤い星印が描かれたものだ。
しかしその男は他の友人達とはどこか違うものだった。
男はこちらを一瞥してから怪人の元へ行き、手を差し伸べる。そして声を掛けた。
「……おい、大丈夫かよ?」
気だるそうな男の声。フェイクはその声がどこかで聞いたことのある声だと思った。思い出そうとするが、それよりも怪人に声を掛けるという男の行動が注目させた。
こいつは違う。洗脳されていない。自分の意思を持っているのは、火を見るより明らかだ。怪人の支配した友人ではなく……仲間だ。
「ああ……助かったよ。私一人だけなら、終わっていたかもしれない」
フェイクの拘束から解かれた怪人はその手を取って起き上がった。落ち着いた声で怪人は男に礼を言う。男はその言葉に心底どうでもよさそうな様子でいた。
怪人と男。二人を観察していると、そこでフェイクはステージ上の異変に気付いた。
ピンクシールを囲っていた友人達がバタバタと、次々に倒れていた。ピンクシールも人に埋もれるように下敷きとなっていた。
「なんだ……? 一体何が……」
「安心しろ、気絶しているだけさ。正規の手段を踏まずに無理矢理催眠から目覚めさせようとすると、こうなってしまうんだ」
フェイクの疑問に、怪人が答えた。
「それにしても……驚いたよ。行動力がある方だとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。おかげでこのスタジオにいる友人達は全滅だ。君は間違いなく素晴らしい活躍をしたぞ?」
「……っ」
落ち着いた声のまま、しかし面白おかしいといった様子で怪人はフェイクを褒め称えた。だがフェイクはそれどころではない。うまくいっていた奇襲が失敗してしまったため、焦っていた。
少し経てばスプリンクラーは止まる。そうなれば他の部屋から友人を呼び出してまたこの場を支配できる。そうなれば終わりだ。その前になんとしてももう一度怪人を拘束する必要がある。
しかし怪人の隣にいる男がそれを阻止してくるだろう。どう考えても詰みの状況だ。他に何か方法が無いかと、フェイクは思考を巡らせる。
「どうするよ? 他の部屋のやつは使えるだろ?」
まさにフェイクが危惧していたことを、覆面の男は怪人に提案していた。怪人は「そうだな」と呟いてから、
「いや、ここまでにしよう。撤退だ。」と怪人は言った。
その言葉に、フェイクはガスマスクの中で大きく目を見開いた。
驚いているのはフェイクだけではない。隣にいる覆面の男も思わずといった様子で怪人を見ていた。その姿から驚いているように捉えられ、男にとっても想定外のことだと把握できた。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、怪人はカメラに近づいた。
「友人達を無力化させる方法を見せてしまった。念のためここを占拠する前にこの街の消防署を片っ端から無力化しておいたが……」
言いながら操作を始め、カメラを停止させる。
「警察は放水砲を用意する筈だ。時間は有意義となった、これ以上無駄に費やすのは得策じゃない。潮時だ」
理解してくれ。怪人は男に向かって最後にそう言った。男はちっ、と舌打ちをして渋々と納得した。
それから怪人はフェイクの方を見る。視線を向けられたフェイクは立ち上がり、身構える。そんなフェイクを見ながら怪人は上着のブレザーのポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
星だ。覆面に描かれたものと同じ、五芒星を手にしていた。
それは掌ほどの大きさで、透明なプラスティックでできたものだ。中身は透けて見え、何やら機械のようなものが中に埋め込まれているのが確認できる。
さらにその星の5つの突起のうち一つの先端に紐が繋がれており、そこでようやくそれが首飾りだとフェイクはわかった。
「友人達、命令だ」
怪人は手にした星をマイクのように自分の口に近づかせ、声を発した。
「外に出て、星のない奴を攻撃しろ。人々を襲うんだ」
それだけ言って、怪人は星の首飾りをポケットにしまう。
それから怪人は「フェイク」と声をかけた。
「君は私と敵対する答えを選択した。ならばその責務を全うしなければならない。安心しろ、このまますぐに君の親友を殺すことはしない。だが時間を設けようと思う」
「時間……? 何を言って」
「競争だよ」
フェイクの言葉を遮り、怪人は言った。
「私がピンクシールの力に辿り着くのが先か、その前に君達が私を阻止し親友を取り戻すのが先か。どちらが先に目的を達成できるかの競争だ。その行く末で、ザック少年の命運が決まることだろう」
まるでゲームでも楽しんでいるかのような物言いだった。嬉々として提案を語る怪人に、フェイクは怪人の心境を読むことはおろか全く理解できなかった。
「……ふざけるのも大概にしろよ、このサイコ野郎。人の命を何だと思っているんだ? ゲームみたいに弄ぶものじゃないんだぞ……!」
「本気さ。人生を賭けていると言ってもいい」
もはや抑えることなく、フェイクは感情を露わにして激昂した。それを受けてなお怪人は涼しい声で……いや、少し上擦った声で答えた。
「ピンクシールを助け、この宣戦布告を伝えろ。彼女と行動を共にし、私を追うんだ。この因縁を辿った先で、必ず我々は相まみえるだろう。
再会を楽しみにしているぞ、フェイク」
怪人は背を向けて、出口の方へと歩いて行った。仲間の男もまた怪人に続いていく。
フェイクは怪人と仲間がスタジオを出ていくまで、黙ったまま見届けていた。やがてその背中が見えなくなってから、フェイクは覆面達に埋もれているピンクシールの方を見た。
怪人の言う通りになっているような気がして、フェイクは一瞬だけ不快な気持ちになる。しかしピンクシールを助けるのは元々なので、自分の意思をはっきりさせて気持ちを切り替えた。
今自分にできることをするのだ。そう心に決めて、フェイクはピンクシールの元へと向かった。
〇◎
スタジオを出てから、怪人は思い出したように携帯を取り出しSNSのアプリを開く。そして『怪人』というワードで検索をかけた。
「……へえ」
思わず怪人は感嘆の声を漏らす。その検索で数多く目にしたのは今怪人が起こしている騒動についての多種多様な反応で、それらの中で特に目にするのは二つの名前であった。
一つは自分のもので、もう一つは――――。
「ああ、そこの友人。こっちに来てくれ」
一階の出口に向かうため我先にと階段に殺到する友人達の中で、怪人は覆面の警備員を呼び止める。怪人はとても楽しそうな声色で、警備員の友人に命令する。
「服を交換してくれ。私も外に出るとしよう」
〇◎
DBCビル本社前の広場では、暴動が起こっていた。
ビルの入り口から続々と現れ出てくる覆面の友人達は、まず包囲網を敷いている警察部隊に向かって走り、襲い掛かった。
「洗脳されているだけだ、銃は使うな! 応援が来るまで市民を守れ! 覆面共を押さえるんだ!」
怒声が飛ぶ。部隊長のライアンの声だ。部下の武装警官達は襲い掛かってくる友人達を持ち前の格闘術で押さえ込んでいく。しかしやはり数は友人達が圧倒しており、この場にいる警官達ではとても押さえられなかった。
次々と後続が現れ、押さえられなくなった包囲網を突破してまだ逃げていない野次馬の人々へと、あるいは押さえ込んでいる警官に向かっていた。
友人が野次馬の一人を殴る。友人が警官に掴みかかる。友人が生中継をしているカメラマンとリポーターに体当たりをする。友人が覆面をしていない者を襲う。友人が星のない者を攻撃する。友人が、友人が……。
悲鳴が広がっていく。混乱と暴力と恐怖が、この場に満ち溢れていた。
「ライアン! このままじゃ、まずい!」
襲い掛かる友人を格闘術でうまく捌きながら、バードはライアンに向かって言った。
「全く収拾がつかん、被害が広がる一方だ! なにか良い打開策を考えねば……!」
「今は無理だ、バード! 応援を待つしかねえ!」
ライアンとバードが友人の相手をしながらそう話していると、「隊長!」とライアンの部下が近づいてきていた。
「なんだ!」
「あそこです、ビルの入り口に怪人がいます!」
「何ぃ?」ライアンは部下が指を差す入口の方を見る。部下の言う通り、それはいた。
白い覆面に青いペイントで描かれた星の印。青いスーツを着こなしたその姿は、まさしくテレビ放送で殺人ショーを行っていた怪人で間違いなかった。
項垂れた姿勢でゆっくりと歩いている姿を見てライアンは大きく息を吸い、これまでもこれからの人生でも出すことがないほどの大声を張り上げた。
「全員、あの怪人を捕まえろ! あのクソ野郎を取り押さえるんだ!」
その怒声を皮切りに、ライアンと部下達は友人達を躱しながら怪人の方へと向かった。やがて一番最初に到達した警官が怪人にタックルをし、地面に押し倒す。それに続くようにライアンと警官が飛び掛かり、大袈裟に押さえ込んでいった。
だが一人だけ、バードだけはその惨状を冷静に見ていた。一つの疑問が浮かんでいたからだ。
なぜこいつはノコノコと出てきたんだ?
その疑問を抱いているバードの横を、二人の友人が通り過ぎた。
「……?」
バードは反射的に通り過ぎた二人組を見た。一人は群青色のウェスタンシャツとジーンズをしており、もう一人は服装の制服と帽子からこのビルの警備員のものだとわかった。
他の友人と同様に、どちらも覆面には赤い星印が描かれている。
この友人達が人を襲う中、悠々と歩いているこの二人の友人はそれだけでも異常だとわかるのだが……警備員の方は特に異常だった。
踊っている。
その警備員は踊りながら、この混沌とした暴力の嵐の中を進んでいた。
もしかしてこいつは……。
「まさか……貴様……!?」
呼び止めようとした所で、横から複数の友人達がバードに襲う。「ぐがっ」とバードは対応に遅れて顔を殴られてしまう。
「ライアン、違う! そいつは怪人じゃない! 怪人はそこに……!」
バードは必死に叫ぶが、この場に響く悲鳴と怒声に飲まれ消えていく。誰もが誰かの声に聞くだけの余裕はなかった。
悠々と歩く、二人を除いては。
〇◎
怪人は踊る。踊っている。
心を満たす喜びと感謝を体現するように、この修羅場の中を踊りながら進んでいく。
もし他者が踊りと聞いて見たのなら、まったくもって滑稽だと笑うかそれは踊りじゃないと呆れることだろう。実際、隣を歩いている仲間の男は呆れてため息を吐いているのだから。
怪人は踊る。それはただ腕を広げて回っているだけのもの。
通り過ぎる。友人が女性の髪を掴み、地面に叩きつけている。
怪人は踊る。それは地団駄を踏んでいるだけのもの。
通り過ぎる。友人に反撃した男性が、何度も顔の星を殴りつける。
怪人は踊る。下手くそな踊りを。この混乱と暴力で満ちた最悪の場を、祝福の場とした。
街の人々が、彼の名前を口にする。それは恐怖の象徴として、悪魔の名前として。それを怪人は祝福する。自分に名前を与えてくれことを、街が自分を受け入れてくれたことを。
さあ、誕生を祝え。最悪の名を口にしろ。
彼の名は――――怪人スターマーク!
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