チャプター5:ピンクの正体②
ウェアムシティ中央公園は、遊具などはない人工芝生で整備された運動公園となっていて、ジョギングや昼寝などしている住民達の姿がよく見られる場所だ。
その公園の近くの通りに、『Happy Spirals』と描かれた看板の文房具店があった。
フェイクとザックは学校が終わってそのままこの文房具店に真っ直ぐ来たのだが、フェイクはそういえばこの近くの路地で件のピンクシールと出会ったな、とほんの一瞬だけ思い出した。
「ここだ」とザックは地図アプリと見えてきた店を確認し、二人はそのまま店の扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。
中に入ると、店の中は狭いというよりか、こぢんまりとしていた。2DKほどの広さで、部屋の壁際と真ん中に2列ほど商品棚があるような感じだ。入り口から奥のカウンターまで見渡せるような作りになっていた。
フェイクはザックに「手分けしてシールを探すぞ」と耳打ちをし、フェイクは右に、ザックは左に別れるように別れた。
フェイクはじっと観察するように店内と商品棚を確認する。初めてはいる文房具店である。もっともフェイクは文房具に拘りを持つようなタイプなのではなく、買うのが必要な時は大抵コンビニか、こことは違うもっと自分の学校に近い大きめの専門店で買いに行っていた。
しかし、ここの文房具店の物はみな変わったデザインをしているものが多いと思った。犬や猫、ゾウやキリンなどの形をした動物消しゴムや、ねじ巻きのような形をした鉛筆や、ハートや星の形をしたミニノート。フェイクが行っていた専門店の方でも少なからずこういったデザインの物はあったが、この店は特にその手の種類が多かった。
なるほど、この店はこういうのを取りそろえている店なんだな、とフェイクは思った。しかしこういったものはなんというか、実に女性向けなものに感じたが、そもそも文房具が好きな男子よりも好きな女子の方が多いイメージがあった。だからすぐにその疑問は解消された。
そんなことをフェイクは思っていると、カラン、と再び新しい客が来ることを知らせるドアベルが鳴る。フェイクは反射的に出入り口の扉の方に目を向け、そしてそのまま目を奪われてしまった。
店に入ってきたのは、何か部活をやっているのであろうか、スポーツバッグを肩に下げた赤い制服を着た女学生だ。
まず目を引くのが、長いブロンドの髪。とても輝いて見えて。気品に満ちた雰囲気を晒していた。そして何よりその人形のように整えられたその顔立ちはとても綺麗で、とても美しかったのだ。
フェイクが見惚れていると、その学生の少女はそのまま真っ直ぐこちらに向かってきた。
フェイクは一瞬ぎょっと驚くが、違う。どうやら少女の目的はフェイクの丁度目の前にある商品棚の反対側の方に用があった。
少女はフェイクの目の前にいるような形となった。少女は観察するようにじっと商品棚を眺め、フェイクは目の前の少女に目を奪われたままとなっていた。
目の前に来たことでより彼女の綺麗な顔がよく見え、特にその明るい瞳に吸い込まれるように見惚れてしまう。
だが流石に視線を感じたのであろう、少女の気付いたように視線を上げ、フェイクの方を見た。視線が合い、今度こそ心臓が鷲づかみされたような感覚にフェイクは陥った。
「こんにちは! あの、私の顔に何か付いている?」
元気よく挨拶をし、そして不思議そうにそう訪ねてくる少女。フェイクは動揺などを見せないようにしていたが、やはり焦り、「えっ、いや、なんでもない」とどもりながら返事をしてしまう。
「そう? ・・・・・・ん~?」
少女はそこでじっと、フェイクの顔を観察するように見た。フェイクはやはり不審に思われてしまったかと再度焦ったが、次の少女の言葉でそういうことではないとわかった。
「君、どこかで私と会ったことある?」
心配していたこととはまた違うもので、フェイクは少しだけ脱力した感覚を覚えた。
「会ったことは・・・多分、無いと思う。こんな美人に会っていたら、絶対忘れないからね」
「あら、お上手なのね。でもちょっと言葉がありきたりかな~? うん、55点だね!」
「なんだそりゃ」
そんな会話をして、二人はお互いに顔を見合わせながら笑い出した。
そしてふと、フェイクは彼女の後ろの奥にいる、ザックと目があった。フェイクと少女のやり取りを見ていたと思われるザックは本気か冗談かよくわからないような、他人が見たら面白い変顔でこちらを睨みつけていることがわかった。
フェイクはそれを見てまずいと感じ、すぐさま「失礼、捜し物があるんだ」と言いながら店奥へと移動した。少女は「またね!」と笑顔で軽く手を振っていた。
フェイクは緊張と心うれしい気分を同時に思いながら、店奥のカウンターの方までやってきてしまった。そうだ、この店の人に探し物を聞けばいいじゃないか。そう思い店員を呼ぼうとしてカウンターに目を向ける、そのカウンターのすぐ横にあった。フェイクが探していた、丸く可愛らしい、ピンクのシールが。
「見つけた」とフェイクは思わず、しかし小声でそう呟いた。すぐさまその新品のピンクのシールを一つ掴み、そしてポケットから自分が昨日回収したピンクのシールを見比べる。
間違いない、これだ。フェイクは全く同じものだとわかり、早速店員にピンクシールについての何かを聞いてみるか。それとも先にザックを呼んで合流しておくか。それらを考えていた所で、「それが探し物?」と後ろから声をかけられた。先ほどの少女だ。
「今日会ったばかりだけど、意外だな。可愛らしい趣味持ってて。・・・・・・あっでも、彼女さんにプレゼントとか?」
「いや、そういうんじゃないんだが・・・」とフェイクは少し困ったように言った。だが、このシールを知っているとしたら、もしかしたらピンクシールの何かしらの情報を知っているのではないか?
元々総当たりの調査だ。フェイクはそう考え、少女に質問をしてみた。
「いや、違うんだ。彼女とかじゃなくて、このシールを持った持ち主を捜しているんだ。君は何か知らないか?」
「持ち主? どんな人かわかる?」
「ピンク一色のコスチュームをしたヒーローだよ。名前はそう、ピンクシールと名乗っていた」
フェイクがその名を口にしたその途端、少女の反応は露骨なものとなった。
先ほどまで明るい雰囲気を感じさせた彼女の表情は、笑顔から焦燥の顔へと変わり、こちらを向いていた目線は今や泳ぎ始める前の準備運動のようだった。
「し、知らないよ・・・・・・」
恐らくこの少女は生まれたときから嘘が下手、というより嘘がつけないもはや運命的呪いに達していると、フェイクは誰もが見てもわかりやすすぎる彼女の反応にそう感想を思い浮かべるほかなかった。
彼女は知っている。確実に。友達か知り合いにピンクシールなる人物がいるのだろうという推測まで容易に辿り着けた。
追い打ちをかけるなら今しかなかった。
「知っているだろ? ピンクシール」
「し、知らない」
「なあ頼む、何か知っているなら教えてくれ。俺はピンクシールを追っているんだ」
問い詰め、少女は「う、う~」と完全に困ったような状態になってしまった。少し可哀想だとも思ったが、蜘蛛の糸を辿るような手掛かりをフェイクは手放すわけにはいかなかった。もう一度問おうと口を開こうとしたその時だった。
店外のすぐ隣の通りで、サイレンを鳴らした一台のパトカーが通り過ぎた。
この街でパトカーのサイレンは、たしかに珍しいものではないだろう。しかし怖くないというとまるで話は別だ。近くでなにか、事件が起こったのだと知らせる危険の合図なのだから。
「・・・・・・行かなきゃ」
先ほどまで困ったような状態になっていた少女は、パトカーのサイレンがした外の方を見て、そう呟いていた。一転変わって、さきほどとは別人のように何か意を決しているように感じた。
「ごめんね、その話はまた今度!」
少女はフェイクにそう言ってから、駆け足で店を出て行った。フェイクはそれを一瞬遅れてから「おい、待ってくれ!」と叫び後を追う。
店の外に出て辺りを見渡し、フェイクは少女の後ろ姿を見つけた。どうやらパトカーの方を追いかけて・・・・・・いや、違う。少女は路地裏の方へと入って行った。
追いかけるんじゃないのか? とフェイクは後を追うように路地裏に入ろうとした時、先に路地裏からピンクの物体が飛び出してきた。
「え・・・・・・」
目の前の存在に、フェイクは完全に反応が遅れてしまった。
遅れていたフェイクを余所に、ピンクのそれは今度こそはとパトカーの方へと高く、どう見ても常人が飛べるような高さではない跳躍で、向かっていった。
遅れてしまったフェイクは一瞬だが、たしかにピンクのそれを見た。そして今度こそ間違いはない、昨日出会ったピンクの名を、フェイクは叫んだ。
「ピンクシール・・・・・・!」
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