チャプター4:ピンクの正体①

「ピンクシール?」


「そう、ピンクシール」


 ピザを一切れ片手に持ち、ノートパソコンに身体を向けている肥満体質の少年・・・ザック・ロドリゲスは疑問符を浮かべるように言い、フェイクは確かめるように言った。


 時刻は12時を回った頃。学校は今昼休みになっている。


 学生の皆が昼食を取る食堂で(無論食堂以外で食事を取る者もいる)フェイクとその親友であるザックは今、向かい合うように座っている。フェイクはグレープジャムがたっぷり塗られたサンドイッチを、ザックはサラミとトマトにミックスチーズがたっぷりのピザを食べていた。


 フェイクは昨日の夜の出来事をザックに話していた。


「あれから帰ってちょっとだけ調べてみたんだ。でも全然目撃情報とか噂もなくて、よくわからなかったんだ。その時は眠かったからそこで寝てしまったけど。お前は何か知らないか? ザック」


 問われ、ザックは「う~ん」とパソコンのキーボードをカタカタと指を動かしながら、自分の記憶の中を探る。しかし思い当たる節がなく、ザックは「いや、聞いたことがないね」と言った。


「僕も今ざっと調べてみたけど、全然出てこないや。検索もSNSもピンク色の、貼る方のシールしか出てこないし・・・フェイク、夢でも見てたんじゃないか?」


「俺のことを追いかけてきた悪党共もそのヒーローにやられたって警察に話している。警察が信じているかどうかわからないが、もしそいつらも俺と同じ夢を見たのならそいつはブラックポイズンのやばい神経ガスの仕業だ」


「あーそういえば今度新作やるね。フェイクは見に行くの?」


 ブラックポイズンとは、映画のタイトルである。


 黒いガスマスクに長身の怪人の男。自作した強力な毒ガスで次々と殺人を犯していく、連続殺人鬼。怪奇サスペンス毒ガスホラー映画と名だたる、熱狂する固有ファンを獲得した知名度ある作品である。


「いや、見に行かない」とフェイクは返答する。


「ああいうの、苦手なんだ。怖いとかじゃないぞ? 罪もない被害者が無惨に殺されるのが、どうにも好きになれない。そういう映画だって分かっててもだ」


「フェイクは細かいというか神経質というか、なんの映画だっけ? たしかアクションのやつで、主人公が悪党を追いかける時にすぐ近くにある他人の車を借りてそのまま乗っていっちゃうやつ。結局壊れて乗り捨てちゃうんだけど、一緒にそれ見てた時フェイクずっと「勝手に借り乗りされた持ち主可哀想だろ、どうするんだ。しかも壊すは捨てるは・・・弁償金は?」って。フィクションなんだから気にしすぎだって」


「気になるだろ。お前は気にならないのか?」


「そりゃ気になるけど、それはあくまで視聴者としてのツッコミの楽しみ方で、フェイクは結構本気で心配しているような感じだったけど?」


「・・・・・・たしかにフィクションごときに気に掛けてしまったかもしれないけど。いや、そんな話よりピンクシールの話だ」


 脱線しかけた話を、フェイクは思い出したように戻した。


「ピンクシール。あいつの正体が知りたい。ザック、なんとかならないか?」


「なんとかって言われても」ザックはまた首を傾げながら悩む。


「フェイクの話だと、それは目立つ格好をしていたんだよね?」


「ああ、目撃情報が無いのがおかしいくらいにな」


「なら最近ヒーロー活動を始めたばかりか、あるいは昨日が初デビューとかっていうのないかな?」


「それは・・・あるかもしれない」フェイクは食べかけてのサンドイッチをミルクティーと共に流し込み、飲み込む。


 ザックもピザを一切れ食べ終え、オレンジジュースを一口飲んでから言葉を紡ぐ。


「そういえばそのヒーローってどんな感じだったの? ピンクってことは、やっぱり女の子?」


「ああ、そうだ」とフェイクは今度は自分が見たピンクシールの情報を細かに伝える。ピンクのヘルメット。ピンクのマント。ピンクのスーツ。ピンクのショーティ手袋に、ピンクのレスリングブーツ。


 身長はたしか、ヘルメットとブーツのせいかフェイクと同じか少しだけ高い印象があった。そして声は若い女の声と思われ、おそらくは自分とそんなに変わらない歳の女性だと推測ができた。そして何より「胸があった」とフェイクは最後に言った。


「まじ? そこ詳しく」


 フェイクの最後の情報に、ザックは目を見開き食いついてきた。


「いや、暗くてよくわからなかったし、あくまであるように見えただけかもしれない」


「いやいや、つまりそれはあるってわかるくらいには大きいってことでしょ?」


「そう取れるかもしれないけど・・・・・・待て。女性っていう推測が強いだけで、そんなに女の話までするな。そこまでの話じゃない」


「いやそこまでの話さ。男ならなおさらね」


「相手が自称コスプレヒーローじゃなければ、もっと女の話で盛り上がっていただろうさ。でも、今は女の話といってもそれは正体の方の話だ」


 また別の話で盛り上がりそうになり、フェイクは無理矢理話を続ける。


「とりあえず、もしそいつが俺と同じくらいの歳だとしたら、俺と同じ学生だ。さらにその推測でいくなら、やつの活動時間はおそらく午後の夕方からそのまま夜遅くくらいになるだろう」


「いいの、その推測で? もしかしたらピンク色はカモフラージュで、男っていうこともありえる。実は同い歳じゃなくて、身長がちょっち低いだけの大人かもしれないよ?」


「俺は低い方じゃないと思うが」とフェイクは付け加える。


「そういう可能性の話をしたら、切りがない。それなら一番可能性がある方で当たっていくしかない」


 それにフェイクの中にはおそらく大人ではないと思った。男か女かの可能性はわからないが、こういうことをやれるの大抵余裕がある金持ちか、有り余るくらいのスタミナを携えた超人ぐらいだろう。もしかしたら、第三の可能性もあるかもしれないが。


「ふうん。じゃあ、その推測でそのヒーローのパトロールの時間帯を狙ってみるのかい?」


「いや、それよりもまずはこれだ」と言いながら、フェイクはポケットの中からあるものを取りだした。それは丸く可愛らしい、ピンクシールが不良達に貼り付けていたあのピンク色のシールであった。


「ザック、とりあえずこのシールの出所を知りたいんだ。売られているものなのか、それともオリジナルで作ったものなのかをだ」


 ザックは出されたシールを手に取り、少し観察してから携帯を取り出し、撮影した。そして撮影した画像を自らのアカウントであるSNSに『このピンクのシールどこで売っている?』とコメントと共に投稿する。


「とりあえず、普通に検索して調べるよりこれの方が早い。ちょっとだけ待とう」


「そうだな。・・・・・・そういえば、ピンクシールはSNSとかやっているのかな」


「ヒーローがSNS? それは・・・ありだな。コミックでもよく見るやつだ」


「コミックがどういう感じかわからないが、それは今度読ませてくれ。いやなに、もしパトロールとかしているなら、SNSは結構助けになっているんじゃないかと思ってな」


「ああ、そういうこと。それはあるかもね、野次馬だけはどの国でも変わらなさそう・・・・・・あっ、もう返信がきた」


 通知を確認して、ザックはすぐさまSNSを開く。


「JJ・・・ジェイジェイ? ダブルジェイ? まあとにかく、そんな名前の人から来たよ。どうやらハッピースパイラルって名前の文房具店で売っているらしいよ。場所は・・・」


 ザックはそのまま地図アプリを開き、場所を調べた。それをフェイクに見せる。


 場所はウェアムシティ中央公園の、すぐ側の通りにある店にマークがされていた。フェイクはその場所を見て、学校から歩いて10分くらいの位置にある場所だとわかった。


「よし、残りの授業が終わったらこの店に行く。そこでピンクシールについて、なにかしらの情報が得られるかもしれない」


 とりあえずの目的は決まり、フェイクは先の予定を建てる。しかしザックは「がんばれよ~」と他人事のように言った。


「ザック、実は今日はお前にも来て欲しいんだ」


「えっ、なんで? フェイク一人で良くない?」


「それが良くないんだ。昨日の夜のことは話したよな? 別に危険なところに近づくわけでもないが、俺一人だとまた危険なところに行くんじゃないかって。もしかしたら巡回している警官が俺の姿を見て、警官から警部に、警部から俺の母さんに行くかもしれない。良い意味も悪い意味でも、俺の顔はちょっとだけここの警察には知られてしまっているからな。でも友達のお前といるなら、少なくともそう思われないだろう」


「だから、なあ、頼むよ」とフェイクはザックにそうお願いをした。ザックは少しいやそうな顔をしながら「それ、心配させているフェイク自身のせいじゃないか」と返答した。


「僕は勘が良いんだ。そして僕の勘がこれは面倒なことになるかもって、そう強く予感させるんだ。ということは、面倒は危険になる可能性が高いのがこの街だ。友達として言わせて貰うと、正体を追うのはやめた方がいい。それでも行くなら、僕は君を止められなかった。これで話は終わりだよ」


「なあ、ザック。危険なことにはならない。麻薬の売人やマフィアのボスを追いかけているならともかく、俺が追いかけようとしているのはヒーローだ。もし危険なことになっても、ヒーロー様が助けてくれる。だろう?」


「そんなの詭弁・・・ああ、こんなこと言っても君は止まらない男だったねフェイク。でも、なんと言われようと僕は行かないよ。何より今日は僕の好きなコミックの新刊が発売されている日なんだ、だから僕はそっちを行く」


「なら、そのコミックは俺が買ってやる」逃がさないとばかりに、フェイクは言葉を続ける。


「ザック。ザック・ロドリゲス。俺の親友。たしかお前、自分の趣味に金を費やしてひいひい言っていたよな? そして今月末に発売のなんとかってフィギュアが欲しいとも言っていたな」


「そ、それがどうしたんだよ」


「しかし財布はピンチ。だからこうしよう。一緒についてきてくれるなら、前金として今日発売のお前の好きなコミックを一冊を買ってやる。そしてちゃんと最後まで一緒なら、そのフィギュアの代金を半分ほど払ってやる。どうだ?」


「そこは代わりに買ってやる、て言うんじゃないんだね・・・・・・」


「俺もそこまで余裕はない。当たり前だ」と力強く言い、どうする? とフェイクは再度ザックに問いただした。ザックはう~んと数秒悩み、やがて覚悟が決まったのか大きい溜息を吐きながら「わかった」と答えた。


「今回だけだ、しっかり約束は守ってくれよ?」


「わかっている。そう答えてくれると思ったよ、親友?」


 ザックの返事に、フェイクは意地の悪い笑顔でそう言いかえしたのであった。

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