チャプター6:ピンクヒーロー
ピンクシール。
たしかに今飛んでいったのはフェイクが昨夜助けられた、まぎれもないピンク一色のヒーローであった。
すぐに追わなければ見失ってしまう。フェイクはすぐさま追いかけようとするが、「フェイク!」と後ろから自分の名を呼ぶ声がした。振り返ると、遅れてやってきたザックである。
「おい、待てってフェイク! どうしたんだよ、なにがあった」
「ピンクシールだ」
言って、フェイクは自分の携帯を取り出し自分のアカウントのSNSを開く。そしてすぐさま『#ウェアムシティ』と『#事件』でハッシュタグによる検索を行った。
検索により引っ掛かった書き込みを画面をスライドさせ、確認していく。そしてその中から事件の内容と、住所と画像のURLが貼り付けられている書き込みを見つけて、その画面をザックに見せる。
「どうやら近くで銀行強盗があったんだ。さっきのパトカーがそれだ。そしておそらく、ピンクシールはここに向かった」
「まじかよ」とザックは画面をまじまじと見ながらそう呟いた。フェイクは近くに停車しているタクシーを見つけ、声を掛ける。
「待て待て待て、もしかして今からその現場に行く気かい?」
「ああ、そのつもりだ。そもそもピンクシールを追うのが目的だぞ」
「そうだったね・・・・・・それじゃあ、僕はここで」
そう言い捨てるようにそそくさとその場を後にしようとするザック。しかし、フェイクは慌ててザックの肩を掴み、止める。
「待て待て待て、逃げるんじゃない。一緒についてきてくれる約束だろう?」
「そうだねフェイク。たしかに約束だ。でも銀行強盗だ。銀行強盗といえば銃だ、下手すりゃ銃撃戦だ流れ弾の嵐だ! そんな危ない場所に行きたくないし、約束の報酬と自分の命じゃ釣り合わないだろう!?」
至極真っ当なザックの正論に、フェイクは一瞬だけ目を閉じ深く溜息をついた。そして目を開け、口を開く。
「・・・・・・わかった。なら、報酬の価値を上げよう。それで自分の命と釣り合うなら了承してくれ」
「そんなのするわけ・・・・・・」
「フィギュア代を半分払うのを全額に変更、さらにお前の好きなアニメのビデオを一つだけ、ボックスで買ってやる」
フェイクの言葉に、ザックは二つ返事でタクシーに乗り込んだ。
○◎
ウェアムシティ銀行第一支部では今まさに、銀行強盗が起こっていた。
強盗グループは覆面をした男が5人。内二人ほどが拳銃を手にし、一人は職員が多数いる事務の方を、一人は一般客がいるロビーの方を見渡すように銃を構えている。
他のメンバーは各々木製のバットや刃物などを手に、一人は事務に、残り二人はロビーへと別れていた。
完璧だ。計画通り。抜かりはない。
事務の方でバットを手に持つ覆面の男は、強盗グループのリーダーである。彼はそう心の中で思いながら、ざっと銀行内を見渡す。
職員も一般客も皆、自分達を怖がり身を屈めひたすら震えている。自分達が持つ凶器に恐怖し、支配されているのだ。
そしてそのまま外の方を見る。この銀行の建物はガラス張りのオフィシャルビルだ。外からも中からの丸見えの構造となっている。
外には今駆けつけたであろう警官のパトカーが止まっており、二人のペアの警官の姿が見える。一人は集まった野次馬を下がるよう命じている警官と、もう一人はおそらく応援を要請しようと無線に対し口を動かす警官の姿があった。
しかし、もう遅い。リーダーの男はそう思った。
もう少しで大金をバッグに積み終わる。銀行の裏手には逃走用の車があり、応援が来た頃にはもう自分たちはここからおさらばしている頃だろう。
おそらく銀行を去った後には警察のパトカーとのカーチェイスが繰り広げられる可能性がほぼ間違いないであろうが、リーダーの男は現状に満足し酔ってしまっているためか、その後のことまでは考えに至ってはいないようであった。
彼のその逃走用の車に乗るまでの計画は、少なくとも何事もなく成功する筈であった。
ガラスを突き破り現れる、ピンクのヒーローを目にするまでは。
○◎
フェイク達が銀行近くに到着した頃には既に野次馬達が集まりつつあり、先ほど自分たちが居た文房具店の前を通ったであろう、パトカーが野次馬の先に見えた。
「危ないから下がって!」
野次馬達を近づかせないように大きな声を上げる警官が一人と、パトカーのドアを開けたまま無線に対し応援を要請している警官が一人いるのが確認できた。遠目からではあるがそれを見てフェイクは、ものの数分で武装警官の部隊が来ることがわかった。
フェイクは構わず野次馬をかき分けるように銀行の方へと進んだ。ザックもフェイクの後ろに付くように続いた。
警官に止められてしまうだろうが、それでもできるだけ見やすい、近い位置に行きたかった。
フェイクとザックが野次馬の先頭の方に辿り着くと、野次馬を制止している警官の声がより大きく聞こえた。フェイクは銀行の方をじっと見て、ガラス張りから丸見えの内部を観察する。少し銀行から離れた距離なためか確証は持てないが、フェイクは遠目からおそらく4、5人ほどの強盗犯の姿が確認できた。
ピンクシールはまだ現れてはいないのだろうか? フェイクはもうとっくに銀行強盗へと立ち向かっていると思っていたが、銀行内部を見た限りではそのような感じではないことがわかる。
「まだ来てないみたいだけど?」と隣にいるザックが聞いてくる。
「君を疑っているわけじゃないけど、フェイク。来るわけないよ。やつらは銃を持っているんだ。いくら腕っぷしが強くたって、勝てる筈ないよ」
ザックはフェイクからの話でしかピンクシールのことを知らない。フェイクも彼女自身を目の当たりにしてはいたものの、ザックが言ったようにたしかに喧嘩の腕が立つのと、常人以上の跳躍力くらいしか見ていないし、知らなかった。
だから銃で撃たれてしまえば、やはり死んでしまうのだろうか? ピンクシールを追うことだけ考えていたため、いざ現場に到着しザックの言葉で当たり前の情報を整理して、ピンクシールが来る来ないにしろフェイクは不安な気持ちになった。
しかし文房具店で見た彼女の真剣な目つきと顔を思い出し、フェイクはそれだけの根拠でピンクシールは必ず現れると、どこか確信があった。
「いや、来る。現れる筈だ。きっとどこかで様子を見て……」
どすん、という音が近くで聞こえた。
フェイクが言い終える前に聞こえた音に、フェイクとザックはほぼ反射的に振り向いてしまう。いや、この二人だけではない。近くにいた野次馬やそれを近づかせないようにしていた警官も、特に音に近かった無線でやり取りをしていた警官も、音がした方を振り向いていた。
音がした方はパトカーだ。パトカーの屋根の上に、ピンク一色のヒーローがいた。
ピンクのヘルメット。ピンクのマント。ピンクのスーツ。ピンクのショーティーの手袋。ピンクのレスリングブーツ。
突如現れた強烈な存在に、その場にいたものは唖然とし、先ほどまで五月蠅かった喧噪は静かになっていた。
「ピンクシール……」
その姿を見て、フェイクは現れたヒーローの名を呟いていた。
ピンクのヒーローはそんな彼らには一瞥もせず、ただ銀行の方に向いていた。
腰を屈め、手と足に力を入れる。パトカーが大きく揺れ、ピンクシールが飛んだ。
銀行からわずか数十メートルある距離を、砲弾と見間違える速度でガラスを突き破った。
○◎
ガラスを突き破り、ピンクシールはロビーにいる拳銃を持った覆面の男に狙いを定め、飛んだ勢いのまま踏み倒した。
外の野次馬達と同様、突如現れた存在に銀行内に居た者たちはただただ驚愕し、すぐには動けなかった。
ピンクシールはその隙を突いて、すぐさま一番近くにいたバットを持った覆面の男に向かい走った。
バットを持った覆面の男は自分に飛んでくるピンクのヒーローにハッとなり、迎え撃つように手に持ったバットを大きく横に振るった。
ピンクシールはそれに対し体制を低くして避け、そして垂直に飛び上がるようにバットの男の顎に掌底を叩き込み、男の身体が浮き上がり地面に倒れ、そのまま気絶した。
「こいつ・・・・・・!」
リーダーの男の隣に居た男がピンクシールの方へと銃口を向ける。それに気付いたピンクシールは先ほど打ちのめした男が持っていたバットを拾い上げてから、またしても飛んだ。今度はガラス張りの壁に足をつけて、2階ほどの高さまで壁を走っていた。
銃声が鳴り響く。2発、3発と撃つがその銃弾は、壁を走るピンクシールに狙いを定めるのは難しく当たらない。銃弾はガラスを貫通し外の上空へと消えていく。
4発目の銃弾を外したところで、ピンクシールは身体を回転させて手に持った木製のバットを銃を持った男に思いきり投げつけた。バットはブーメランのように回転しながら銃を持った男の額に当たり、男はそのまま転倒してしまう。
ピンクシールが着地をすると、そこを狙ったロビーの方にいた最後の覆面の男がピンクシールの背後から刃物を突き刺そうとするが、それは叶わなかった。
背後から近づいてくる気配に気付き、ピンクシールはマントを着脱させ、視界を阻むようにマントを背後の男に広げ投げつける。
男は構わないとばかりにマントごと突き刺そうとするが、刺すことができたのはマントだけで、ピンクシールはいなかった。勢いがあったためそのまま前のめりに転びそうになるが、すぐ背後に回っていたピンクシールが男の首裏の服の襟を掴み、そのまま男を横になるように両手で持ち上げた。
大の男を軽々と持ち上げるピンクのヒーローの姿に、リーダーの男は唖然としながらそれを見ていた。
持ち上げられた男は無論暴れたが、ピンクシールはそのまま自分が先ほど突き抜けてきたガラスの穴に力強く男を投げ飛ばし、男はそのままパトカーのすぐ目の前まで飛ばされ転がった。
数分も経たぬうちに銀行強盗の大半を打ちのめしたヒーローの姿を見て、野次馬達は歓声を上げた。ピンクヒーローの活躍に興奮したのだ。
仲間をやられ、一人になってしまったリーダーの男は目の前の現実がまだ受け入れられていないのか、ただ黙っていることしかできなかった。
しかしピンクシールがリーダーの男に振り向いたところで、男は手に持っていたバットを捨てて、両手を上げて降参の意を示したのだった。
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