チャプター2:ピンクシール

 ウェアムシティは全米有数の経済都市の一つで、はっきり言って治安の悪い街である。


 窃盗や強盗はもちろん、酷ければ死体が発見されるような事件はこの街ではあまり珍しくはないであろう。


 フェイク・フィッシャーはそんな街に生まれ、今年で19年目の誕生日をこの前迎えたばかりである。


 19年。そう、19歳である。


 まだ歳にしてかなり若いが、19年も住んでいれば自分が住んでいる街を完璧に知り尽くしていると勘違い、思いこめるのは当たり前といえば当たり前の話である。


 しかし、フェイクの前に現れたピンクのそれは、19年という時間の中では・・・いや、これから一生の中で拝めるかどうかわからないであろう。


 ピンクのコスプレが? そこもあるだろうが、そこだけではない。なにせ、今自分に襲いかかろうとしていた不良グループを見事に地面に転がしているのだから。


「悪行禁止! 刺すなら私を刺しなさい!」


 高らかにそう言い放つ、ピンクの人物。


 その言葉で一瞬の間があったが、フェイクの目の前にいたシルバーの男はハッと我に帰り、ピンクの前に向き直る。


「・・・・・・ふざけてるのか? ここは仮装パーティーの会場じゃないぞ?」


 そう言い素顔を一目拝もうとヘルメットに掴みかかる。対してピンクのそれは慌てたように相手の腕を掴み、空いている片方の腕で不良の胸に手を当て、押すように腕を前に出し目の前の相手を後方の仲間の方まで押し出しだ。


「・・・・・・!」


 リーダー格と思わしき男と後ろの仲間との距離はわずか数メートル。しかし、大の大人を一方的には押し込むには、細身の身体からは想定できない力があった。


 押し込まれた男は驚き、そのままバランスを崩して尻餅をつくように地面に座り込んだ。


「やめなさい・・・いや、やめてくれないか。ヒーロー的にも個人的にも、ヘルメットを取られるのは非常に困る」


 少し焦ったように、ピンクはそう言った。


 一瞬呆気に取られたが、後方にいた仲間二人は喧嘩してきた癖であろうか、声を上げピンクのそれに襲いかかる。先ほど押し出されたリーダー格と思わしき男も再度ナイフを構え立ち上がり、二人に続くように声を上げ襲いかかった。


 ピンクのそれはすぐ隣いるフェイクに「離れていて」と声をかけ、不良達に向き直る。


 完全に置いて行かれていたフェイクは、言われるがままに隅の方に下がる。そして蚊帳の外から、その惨状を目の当たりにする。


 しかしながらピンクと不良の喧嘩は、そう長くはなかった。


 まず不用意にも突っ込んできた一人目の小柄な男を、先ほど押し出された男と同じように押し出した。いや、先ほどよりも力を入れていたのだろうか、押し出したというよりも突き飛ばしたと言う方が適切な勢いでより遠くに転がされていた。


 その隙をつくように二人目のスキンヘッドの男が殴りかかろうとするが、ピンクはそれにすぐさま反応して受け止め、腕を掴み、そのまま先ほど突き飛ばした一人目の方に投げ飛ばした。


「ぐえっ」と二人分の短い悲鳴が聞こえたが、それを無視して三人目の男・・・ナイフを持ったリーダー格の男だ。男は先ほどのようにはいかまいとしているのか、ナイフを見せつけるように構え威嚇するように立ちふさがっている。


 ピンクは返り討ちにしようと構えた。その構えを見たか見ないか、男は見せつけていたナイフをピンク目がけ投げつけた。


「・・・・・・ッ!」


 ピンクは一瞬だけ驚いたが、持ち前の反射神経があるのか間一髪のところでナイフを避けた。


 避けた後は必ず隙がある。男の狙いはそこだった。


 男の後ろに隠していた手からもう一本のナイフが現れた。そのままピンクの突き差し・・・・・・いや、突き刺せなかった。


「ぶっ・・・」


 男の視界が唐突に真っ暗になる。何か布状のものが顔を覆っていることに気付いた。男はすぐさま手に取り確認するし、布状のものがピンクのマントだとわかった。そして目の前に拳が迫ってきていることがわかり・・・・・・男はまたしても仲間の元に飛ばされることになった。


「・・・・・・よし!」


 ピンクは小さくガッツポーズをし、重なるように気絶した3人の元に近づき、ポケットからピンクのロープを取り出したかと思うと、3人の手首を後ろに回し縛り始めた。


 フェイクはその惨状をポカンと口を開けたまま黙って見届けることしかできなかった。目の前の現実を受け止められず、思考できない状態にあった。


「ねえ、そこの君」


 縛り終えたピンクはフェイクに声を掛ける。フェイクは「えっあっ」と言葉を詰まらせてしまう。


「大丈夫? 怪我はない?」


 フェイクの顔を心配そうに覗き込んでくる。フェイクはようやく思考が定まってきたのか、なんとか「大丈夫。怪我はない」と答えた。


「そう、なら良かった。若いし、君多分学生さんだよね? この街で夜出歩くのは危険なんだから、あんまり出歩いちゃ駄目だよ?」


「いやまあ、たしかにそうだが・・・」


「いくらしようとしたとしても、危ないところに近づかないようにね!」


「・・・・・・はあ?」


 突拍子もない単語が出てきたことで、フェイクは変な声を出してしまった。どういうことか訪ねようと言葉を切り出そうとしたところで、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「やばっ、私、もう行かなきゃ!」


 ピンクはその音を聞き慌てたようにその場を後にしようとする。フェイクは色々な質問が山ほどあったが、すぐに行ってしまうピンクに一つだけ、質問した。


「待ってくれ、お前は一体誰なんだ?」


 すぐさま行こうとしていたピンクは立ち止まり、フェイクに振り返った。


「私はピンクシール。この街で最近、ヒーローを始めている」


 ピンクシール。そう名乗ったヒーローは跳躍し、建物のベランダや外梯子などを駆け上がり、建物の屋上へと姿を消した。


 呆然とその後ろ姿を見送り、ふと倒れている不良達の方へとフェイクは視線を移した。 

 気絶している不良達の胸元やおでこに、手のひらサイズの目立ちやすいシールが貼られていた。


 丸く、可愛らしい。ピンクのシールが。

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