サイドキック!
菊田池男
チャプター1:ピンクの衝撃
走る、走る、走る。
薄暗い路地裏をただひたすら駆け抜ける。後ろから迫り来る怒号から逃げるため、置かれているゴミ箱を蹴飛ばしながら狭い通路を走り抜けていた。
ドジを踏んでしまったと、数分前の自身の行いに対して後悔の念が頭の中を支配しようとするが、そんなことよりも今は逃げ切ることが先決だと今なお走っている茶髪の少年・・・フェイク・フィッシャーはそう自分に言い聞かせた。
「・・・・・・!」
焦り無我夢中で走っていたその先は行き止まりになっていた。
フェイクはどこかに抜け道がないか辺りを見渡し確認してみるが、どうやらそれらしいものは見あたらない。建物に挟まれた四角いコーナーのような場所になっていた。
抜け道がなければどこか上れるようなところはないかと見上げて探してみるが、
「見つけたぜ、盗撮野郎」
後ろからそう先ほどまで追ってきていた怒号の主の声が聞こえ、追いつかれてしまった。フェイクは投降するように両手を挙げながら後ろを振り向いた。
三人ほどの男を確認できた。一人はシルバーに髪を染めた男で、その右側にスキンヘッドで小太りの男、そして左には二人より頭一つほどの身長差をした小柄な男だとわかった。
「なあ、盗撮なんかしていない。俺動画投稿サイトで活動しててさ。それでビデオカメラ片手に何かネタがないか探し回って、たまたまあんたらの姿がカメラの隅っこに入っちゃっただけなんだって。だから勘違い。許してくれよ?」
「たまたま、ね」
三人のうちの一人、シルバーに髪を染めた男だ。おそらくリーダー格であろう男は、フェイクの言い分に半笑いする。
「こんな路地裏で、俺達が金持ちの家族にお小遣いをもらおうとしているところを、ガッツリ盗撮しておいてよく言う」
○◎
フェイクが三人に追いかけられる数分前のことだ。
たしかにフェイクは動画投稿サイトで活動を行っている投稿者だ。しかし内容は事件現場や事故など、あるいは芸能人などのゴシップネタなどを狙ったもの。それらを動画や写真などに納め、動画投稿するといったものだ。
この手の動画は早ければ中々再生数を稼げるし、あわよくばどこぞの雑誌会社やTV局などに視聴者提供して、多く謝礼を貰えることがある。
フェイクがこの三人を盗撮していたのは、高級そうな身なりをした夫婦二人、子供一人の家族をナイフを持って脅していたところであった。
たしかこの近くで今日、パーティーがあった筈だ。パーティーなんて自分とは無縁のものだからなんのパーティーかはわからなかったが、フェイクはたしかそんな情報を耳にしていた。
今思えば車が捕まらずに無警戒にも近道でこんな路地裏を通り、そしてこの不良グループに捕まったのだろうという推測にできたが・・・フェイクからしてみればそこはどうでもいい、むしろおいしい現場に居合わせたという気持ちであった。
フェイクは警察に連絡してから、カメラを起動し影から撮影をした。ここは警察署から近い。数分と経たずに警官が駆けつけるだろう。
少なくともフェイクはここまで自分の行動は完璧だと思っていた。しかし、その家族の子供・・・遠目で見た限り男の子だろうか? その少年とだけ、ぱっちり目があってしまった。
「助けて! お兄ちゃん!」
おそらくほぼ反射的に、少年はそう叫んでいた。その叫びととも不良は少年の視線の先に振り向き、「誰だ!」と叫んでいた。
ビデオカメラで撮影しているフェイクの姿を見て、そして今の状況にいたる。
○◎
「カメラをよこしな、盗撮野郎」
そう言い、リーダー格であると思わしきシルバーの男が一人こちらに近づいてくる。フェイクは少し不味い顔をしながら、思案する。
警察には連絡してある。もうすぐにでも来るだろうが・・・警察が来る前に、自分のビデオカメラを奪われ、失ってしまう。
フェイクはバーガーショップでバイトし、貯めた給料で初めて買った私物で、現在使われている大切な商売道具である。それを失うわけには行かなかった。
不良はもうすぐ目の前にまで迫ってきている。フェイク自身喧嘩などはできないわけではないが、如何せん相手は3人。相手にするには不利であった。
不良が手を伸ばし、今にも掴みかかろうとしてくるその時だった。
フェイクと不良の間のすぐ横に何かが落ちてきて、衝撃が走った。
「・・・・・・」
唐突に現れた存在に目を奪われ、その場に居合わせている者達は皆沈黙してしまった。
その存在は、建物屋上から飛び降りてきたのだろうか。着地してきたような形に腰を屈めていた。
そしてゆっくりと腰を上げ、立ち上がり、その姿をしっかりと目にする。
「・・・女・・・?」
不良の一人が、無意識にそう呟いていた。
その存在は恐ろしく珍妙な・・・直で言ってしまえば、とても変な格好をしていた。
まず一番視線が行くであろう頭部。そこはバイクで被るフルフェイスのヘルメットを被っていて、顔が見えなかったが首裏から覗けるブロンドの髪からして長髪だと窺える。そして服装はピンクのマントに、タイツ? ボディスーツであろうか? 見た感じ首から手と足の首まであるぴっちりとしたスーツであった。そのせいか身体のラインがはっきりとわかり胸元も大きく膨らんでいることから、女と一瞬思ってしまうのだが、そう思わせる素材はそこだけではない。
ヘルメットの上から足のつま先まで、すべてピンク色に染められていたのである。
ピンクのヘルメット。ピンクのマント。ピンクのスーツ。ピンクのショーティーの手袋。ピンクのレスリングスーツ。
あまりにもこの場に・・・いや、下手をしたらこの街ですら、似合わない。不釣り合い。ありえない。そんな三拍子が揃ってしまう、強力な存在感を放っていた。
突如現れたピンクの存在にいまだ動けないフェイクと不良達を前にし、ピンクの存在は皆を一瞥した後、高らかに言い放つ。
「悪行禁止! 刺すなら私を刺しなさい!」
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