初戦闘、そして油断

 ――スフィアとヴィエルジュが出立して、数時間が経過した。

 全方位が地平線の向こうまで広がる、僅かな緑すら無い枯れ切った砂漠。その光景に、スフィアは……飽きた。


「……見事に、砂漠ばかりですね。現在地はどのあたり?」

『はい。元は海のあったらしき場所を抜け、現在は大陸部のこのあたりになります』


 そういって表示された地図――スフィアよりも前に先遣隊として派遣された者達が遺したものだ――には、現在地がマーカーで示されていた。

 その進路の先には緑に塗り分けられている部分……とりあえずの目的地である草原地帯があり、さらにその先に記載されている『アスタ』の文字、恐らくは街の名前であろう場所を目指している。


「……遠いですね」

『肯定。現在の当機の速度で、到着まで少なくともあと一日は掛かる見込みです』

「はぁ……折角新しい世界に来て、ヴィエルジュに乗れたのに、ずっと移動なんて……」


 せっかく意気込んで出立してみれば、周囲はひたすら砂漠ばかり。

 それに、先程から何故かお腹のあたりに、引き絞られるような、良く分からない寂寥感のようなものがあり、イライラしてきている。


 そんなささくれたスフィアの心を逆撫でする様に、一瞬、機体の足が滑り、がくんと機体が振動した。

 砂に足を取られたのだ。サラサラとした細かな砂でできたこの砂漠は、時折足元が崩れて沈み込む。


 またか……そう心の中で毒づきながら、脚部の接地圧に問題がないか、機体調整用のコンソールを開き、先程のログを見返しながら確認する。


「それに、何ですかこのフィールド。パラメーターがめっちゃくちゃです。ランダム設定多すぎないですか?」


 いい加減に気が滅入り、スフィアがぐちぐちと不満を漏らし始めた……その時、スフィアの耳が、異常を捕らえた。

 そしてほぼ同時に、ピピッとレーダーに捕捉された事を示すアラームが鳴る。


『警告。二時と十時の方向から、接近中の未確認の機体の反応が四機』


 未確認機を示す黄色のマーカーが、二手に分かれた。片方はこちらに接近しているが、もう片方は回り込むような軌道を見せる。


「片方は、こちらの背後に回り込むように動いていますね……向こうの機体の情報はありますか?」

『肯定。あれはタクティアルアーマー、通称TAティーエー。この世界で主流の、ガスタービンエンジンとSOFC(Solid Oxide Fuel Cell:固体酸化物形燃料電池)のハイブリッドエンジンを主動力とした機体です』

「性能的には、どれくらいのもの?」

『試験運用型のイドラと比較して、シミュレーションによるキルレシオはおよそ一対七。現状の当機の性能でも、あの数であれば十分に対処可能。ただし、現在の当機の出力では、単純なアクチュエーターのパワーであれば電気・油圧複合式である向こうにやや分があるため、注意が必要です』

「……組み合いは避けろ、っていうことですね」

『肯定』

「戦闘自体を回避できればいいのですけど……まっすぐこちらに向かってきていますね。振り切ることは可能ですか?」

『否定。現在の機体制限状況下では難しいと思われます』

「……なら、やるしかないですね。オーラジェネレーターを戦闘モードに。ただし、まずは会話を試みます」

『了解。マスター。お気をつけて』


 その言葉に、若干驚きを覚える。ずっと事務的だったそのユニオスからそのようなことを言われると思っていなかった。


「……うん、ありがと。いざという時のフォローよろしくね」

『了解。不慣れなマスターのサポートも仕事の内ですから」


 なんだこいつ、そうは思いつつもあまり悪い気はせず、苦笑しながら外部スピーカーのスイッチを入れる。


 この頃には、既に地平線から左右に分かれ、こちらへ向かってくる敵機が肉眼でも確認できた。

 手元のスイッチを操作し対象の映像を拡大してみると、そこにはホバー移動で高速接近してくる、砂漠迷彩仕様の機体が四機。


 全機がどうやら同じ機種らしく、がっちりとした胴体と太い脚部が特徴的だ。

 その外観は、まるでヘッドギアを付けたアメフトのラインマンのようで、いかにもパワーがありそうだが、一方でそのホバー移動による機動性も侮れなさそうだと、スフィアはざっと相手の戦力を推察する。


 ……機体の整備状態は悪くなさそうだ。同一の機体を揃える事が出来ていることから、何らかの背後に控えている存在も予想される。


 出来れば戦闘は避けたいのだけれど……そう祈りながら、スフィアはマイクの電源を入れる。


「銃を下ろしてください! こちらに交戦の意図は――」


 1キロメートルほど離れた位置を旋回するそれらの機体に、敵意は無いことを示そうとした……が。


『おい、女だ!』

『ひゃは、可愛い声じゃねぇの、これは当たりだな!』

『よしお前ら、機体は行動不能にして、中から操縦者を引きずり出せ、殺すんじゃねぇぞ』


 逆効果だったのは明白だ。

 口々に吐きかけられる、獣欲にギラついた声。

 今は女性になっているせいか、その粗暴で欲望むき出しの品の無い発言に、激しい嫌悪感を覚える。いわゆる「生理的に受け付けない」という感じだ。


「……チッ、会話の通じない類の相手でしたか……ユニオス、いけますか!?」

『了解、ランドスピナー展開、地上戦闘にて対処します』

「よし……先手必勝です!」


 ――ゴッ!!


 ヴィエルジュの背部オーラ・フィンが光を上げ、背後に大量の砂を巻き上げる。一瞬で時速百キロメートル付近まで加速したヴィエルジュのブレードが、取り囲んでいるうち一機へと肉薄する。

 その瞬発力での突然の吶喊に、一瞬でお互いの距離が消失する。

 未だに反応できずに立ち尽くすその機体の胴体へ、展開した右腕部ブレードを、まるで居合のような腰だめの構えから振り抜こうと……


「……あ、マズ……!?」


 その胴体を薙ぎ払おうとして……寸前で、この世界がいつもの「ゲーム」ではないことを思い出し、咄嗟に狙いを逸らそうとした。


『……へ?』


 反応すらできずに、片腕を斬り飛ばされた敵機から、間抜けな声が漏れる。

 身動きが取れない隙に、さらにもう一刀で両足を薙ぎ払い、念のためもう片手も蹴り潰して破壊しておく。


 その衝撃で、手足分の重量が無くなった機体が結構な高さで宙を舞い……


『あ、がぁ!? …………』


 どうやら、倒れた拍子に頭を打ったらしい。操縦者が沈黙したのを確認し、安堵の息を吐く。


 ……危ない、殺すところだった。


 自衛のための殺害はやむなしと言われているが……その経験などあるはずもないスフィアは、できるだけそれだけは避けたかった。


『ジャック!? くそ、散開しろ!』

『この動き、こいつ、噂に聞くイドラってやつだ!』


 そんな敵の浮き足立った声を聞きながら、スフィアは一定の距離を維持しつつ様子を見る。

 一つ、気になる事があった。


「……ねぇ、今の、間に合わないタイミングだった筈だと思うんですけど」

『肯定。ですが、マスターは人物の殺傷に不慣れと判断し、独断でターゲットを調整しました。お邪魔でしたでしょうか』

「いいえ……よく分かって…ます!」


 こちらと同じく、距離を取ってホバー移動している敵機が、不用意なターンを見せた。


 まだ距離があると思い、回り込もうとしたのだろう。しかしヴィエルジュの前では失敗な動きだった。


『ばっ――!?』


 敵機のスピーカーから驚愕の声が聞こえた。

 ヴィエルジュの背中の四枚羽が唸りを上げ、瞬時に加速した機体が一瞬で距離を詰めたのだ。


 ――人型機動兵器というのは往々にして、不測の事態に対しての対応力が弱い。


 見て、判断して、行動する……その際に、操縦という一手間が間に挟まるからだ。

 故にスフィアは、相手が何かをしようとした瞬間に、ヴィエルジュのその瞬発力を以って相手の行動を挫く……そんな戦法を基本戦術として突き詰めて来た。


 その培った嗅覚が、一瞬の意識の空隙を突いた。

 咄嗟に回避行動を取ろうとするも、ターン直後で反応ができなかった敵機と交差する。

 その両腕が、すれ違いざまに振るったヴィエルジュのブレードで絶たれ、宙に舞った。


「これで、二機!」

『警告、六時方向、別の機体から照準されています』

「大丈夫、分かってます……!!」


 巧みなステップと重心移動により、まるで踊るように一瞬で背後を振り向く。

 同時に、振り向きざまに振り抜いたブレードで腰部ごと両脚も奪うと、ようやくこちらへ銃を向けた三機目の敵機に飛び掛かる。


 それでも咄嗟に迎撃しようとした敵機だが、ヴィエルジュの背中の翼が右、左と一瞬瞬き、空中で方向転換した機体が、まるで稲妻のように宙を駆ける。


『……な、なんだこのバケモーー』

「これで、三つ……!!」


 ヴィエルジュが、空中で独楽のように回転した。

 その勢いのまま放たれた二閃の斬撃が、敵機の頭と右腕、そして両脚を斜めに切り裂いた。



「あと、ひと……」


 何だ、余裕じゃないか……ちらりと油断が脳裏をかすめた瞬間だった。


「え……きゃぁ!?」


 砂に着地し、最後の一機へと踏み出そうとした瞬間――がくんと、機体が揺れた。

 砂丘に接地したはずの右足はずぶりと抵抗なく砂に沈み、まるで重量が突如消失したかのような浮遊感に、おもわず口から悲鳴が漏れる

 体勢を立て直そうともう片足で踏ん張ろうとして、そちらも手ごたえはなく地面に飲まれ――


「あ――ぐぅっ!?」


 一瞬の浮遊感の後、ICSが吸収しきれなかった衝撃が背中側から走った。


 足元で砂が流体化し、それに取られて転倒したのだが……


「けほっ、けほっ……何これ、立てな……っ!?」


 脚が、手が、流砂に飲み込まれて機体を起こせない。

 そのようなことは初体験なスフィアは、まるで地面の手ごたえを掴めない事と、機体からのフィードバックによる背中への衝撃で噎せてしまい、呼吸困難に見舞われた事で軽いパニックを起こしていた。


『落ち着いてください、現状、当機は流砂に飲み込まれています、落ち着いてホバリングを』

「りゅうさ!? 何それ……きゃあ!?」


 再び、ガクンと、今度は正面から加えられた衝撃に悲鳴が漏れる。


『よくもあいつらをやってくれたなぁ……!? その機体から引きずり出して、滅茶苦茶に犯してやる!!』

「ひっ……!?」


 憤怒の色を帯びたその言葉に、本能的な嫌悪感で悲鳴が漏れる。しかし、不利な体勢とリミッターのかかった出力では押し返せず、掴んだ敵機の両腕をどうにか止めたものの……


 ヴィエルジュのフレーム自体は、この程度の圧力ではビクともしない。しかし……


「……いっ……ぁ、ぐっ……」


 びりっ、びりっと、スフィアの華奢な細腕は、機体からのフィードバックによる電流が走るような痛みに苛まれていた。


 じりじりと、敵のマニュピレーターがハッチのある胸部装甲へと接近して来る。


『ハハ、機体は凄くても、中身が砂に足を取られて転ぶようなヨチヨチ歩きのお嬢さんじゃなぁ!』

「こ、の……っ! けほっ、調子に……っ!!」


 こんな……こんな雑魚に……!


 これは、自身の油断が招いた事態だ。スフィアはぎりっと唇を噛んだ。


 実際に機体を操って、本物の戦闘をしてみたい……などと、なんと甘い考えだったのか。


 これは、本物の戦闘なのだ。


 負ければ、待っているのは死か、あるいは……


 ――少女の、清らかな尊厳を完膚なきまでに踏み躙られる未来――


「ぃ、や……っ!!」


 機体の故障を恐れている場合ではない。

 孕んで来いなどというふざけた指令で放り出されたが、だからといって、たとえ百万歩くらい譲っても、私にだって相手を選ぶ権利くらいはあるはずだ。

 こんな奴の子供など絶対に願い下げだと、迷いを振り切って口を開く。


「ユニオス、リミッター解……!」


 間近に迫る身の危険に、全機能を解放しようとした、その瞬間。


『――があっ!?』


 眼前で、圧し掛かっている機体の頭が突如、爆ぜた。

 敵機の頭部が粉々に吹き飛び、衝撃でのけ反ったその機体の手が離れる。


「この……っ、よくも……やってくれましたね……っ!!」

『がっ……!?』


 その隙に、敵を蹴飛ばし、その機体の両腕と両足を関節から断ち切った。

 一瞬宙に滞空した、その両手足と頭を失った胴体を踏みつけ、苛立ちを全てぶつけるように地面へと叩きつける。


 スピーカーがくぐもった悲鳴を拾い……最後の一機も、完全に沈黙する。


「はぁっ……はぁっ……機体に異常は!?」


 身体が重い、息が苦しい。こんなことは初めてだ。

 だけどそれ以上に、こんなことで新品の愛機に消せぬ傷が残ったら、悔やんでも悔やみきれない。


『微量、掠り傷です。この程度であれば、積載しているリペアマテリアルで傷一つなく再生可能です』

「……はぁっ……そう、それでお願い」

『了解』


 機体表面、小さな傷からしみ出してきた、特殊な流体金属であるリペアマテリアル。


 情報体の強度が低く、簡単に存在情報を操作が可能なうえに物質側で情報体の影響を反映しやすいという性質を持つ……難しい理屈はさておき、簡潔に言えば金属版の万能細胞とでもいうべきそれに、損傷部品の材質のデータがオリジンコアからマテリアルへと転送され、バックアップにあるヴィエルジュのデータを忠実に再現して即座に傷を埋めていく。


 ポロポロと余剰なリペアマテリアルが粉末になって剥がれていき、新品同様の真っ白な装甲へと戻っているのを外部カメラで確認して……ふぅ、と安堵のため息をついた。


 半永久機関に、リペアマテリアルによる再生能力……つくづく、このイドラというのは、無補給で行動するための機体なのだなと、スフィアはどこか納得する。


『ご無事ですか?』

「……はい、助けてくれてありがとうございます……」


 涼やかな、若い男の声。

 その声に、どうやら敵機に圧し掛かられているところを、その男が狙撃し助けてくれたのだと理解し、助かった……と、シートの背もたれに身を預け、安堵の息を吐いて目を閉じた――……


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