パンク・ノスタルジア
ねえさんは飛行機事故で死んだ。二年前のことだ。
留学帰りのボーイング787のバッテリーが出火し、電装系統がいかれ――燃料タンクに引火しての大火災を起こしたあげく、フェイルセーフもむなしく山中に墜落したのだ。飛行機での死亡事故に巻き込まれる確率は死ぬほど低いらしいが、それでも彼女は死んでしまったのだから統計なんてくその役にも立ちはしない。
遺体は結局還ってこなかった。
葬儀はおれたち家族の家ではなく祖母のほうで営まれた――あちらの家のほうが大きかったからだとおれは聞いていた。よくわからない理屈だと今でも思っている。
パック詰めされた卵みたいな参列者は一様に欠伸をかみ殺していた。
それは一介の女子大生を悼むにはあまりに物々しくまた空々しかった。
おれたちの関係は親族にはもはや周知で、軽蔑されていた。だれもが一人の人間が死んだという事実の意味を忘れてしまっているみたいだった。
ねえさんの代わりにこいつらが。
――もしくはおれが、死んでしまえばいいのに。
いや、ちがう。
もっと、
もっと、ねえさんを、
もっと、ねえさんのノスタルジーを。
その妄念は――深く沈んだ空想の種が浮かびあがりそして発芽するようにおれの心に根付き種々の脈を伸ばして。
いまもなお、
+
「もったいないことするよね、あんた。ほんとにもったいない」
ねえさんの顔の姉さんは心底残念そうだった。さきほどのバグみたいな生の欠落はもう見受けられず、瞳の闇の広がりも潮引いていた。
いつもの――気風よく、すばしこく、ずけずけとした、誇張された彼女だ。
「姉さんはだれだ?」
おれはわけのわからないまま、けれどそれだけを尋ねた。
「あたし。あたし、か」
言葉を転がすように姉さんは笑う。
「答えるのはまったく構わないんだけどさ、その前にあたしも一つ言おう。あんたはあたしが現実じゃないってことについさっき気付いた――あたしの警句に触発されて、『もう、行かなくちゃ』なんてことを反芻した」
おれの思考の平野は姉さんにとってとうに暴き尽くされたものだった。
戯画に主導権を握られるという奇妙な逆転がそこにはあった。
「どう。すごいでしょ、あたし」
おれは肩を竦めた。思い返せばこれはねえさんの癖だ。
「いいよ。あたしが誰か教えてあげる」
姉さんはもう一度グラスを手に取り、おれもならって酒をのむ。終わりがひたひたとにじり寄ってくる気配がしていた。そいつは郷愁にも近い感情だった。
「あたしはめんとりさま。あたしたち――いや、あんたたちが持つ、死への忌避の集合。言い換えれば死の屍、そのかたまり。」
それは、こんなふうにおれとキスをしたり酒盛りをしたりするものなのかな。
「意外と疑りぶかいのね」
どうかな。おれは未だに心のどこかでこれが夢なんじゃないかって思ってるんだ。
だいたいその理屈だと、みんなの『死にたくない』が集まったら泣いたり笑ったりセックスできるってことになるじゃないか。おれはそんなのいやだな。
「そりゃね。それでも理由がないものごとなんてない――あたしがあんたをすきになったみたいにさ」
ひどいな。それで終わり?
「そりゃおしまいよ。たまには智慧をしぼってみなさい、あんた頭はわるくないんだからさ」
智慧。こんなでたらめ相手にどうやって智慧を絞れって。
「しっかりしてよ。あたしはずっと、ずっと昔からあんたの傍にいたんだよ」
おれの?
「そ。あたしの葬式のとき、
だから。
だから姉さんは、おれの中にあの形見を遺したんだね。
「
+
おれは結局、じぶんのなかでねえさんを創って一緒に生きることにした。
要するにパラノイアだ――もちろん、最初は失敗だらけだった。ねえさんとの日々をたどることは、新鮮な傷口を掘削することにも似ていた。
ほじればほじるほど肉は健康な弾力でしこり、より温かい血を返してくれた。
だってついこないだまでねえさんはおれの隣にいたのだ。
お前たちにはわからない。
一生わからない。
哀しみより早く自分の死を思ってしまう、そういった存在がいるということを。
たとえば、
大学からの帰り
家でテレビを見ているときのソファ、
深夜の散歩で立ち寄った公園、
それら全てにおれは彼女の断片を見、そしてねえさんの形になるように継ぎ接いでいった。癖とか、においとか、おれの膝のあいだに滑り込んでくる時のやわらかさとか――おれの主観も混ざってはしまったのだろうけど、おれにとっての『ねえさん』はそこにいたし現実なんてしょせんその程度だった。
実存への反抗をやめようと思ったことは一度もなかった。ひょっとしたら自覚もなかったかもしれない――そこらへんのことはあまりよく覚えていない。
腹が減ったのでドーナツを食べようと口を開き、その穴の向こうに喪失をにっかり笑って吹き飛ばすように、ひょこりとねえさんが見えるようになったとき――おれがどんなに嬉しかったか。
だっておれはねえさんのことが、
ほんとうに大好きだったのだ。
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