進化に変化

リーマン一号

進化に変化

手っ取り早く金欲しい。


そんな思いで友人のツテで仕事を紹介してもらったはいいが・・・


「まさか、本当にこんな人里離れた辺鄙な山奥にあるとはな」


外界から遮断されたひっそりとした空間に佇む巨大なビルを前にして、俺は思ったことを口にしていた。


どうやら事前に受けた説明は、強ち眉唾物でも無いらしい。


公にはされていないらしいが、この施設では人間を使用した人体実験実験が繰り広げられているらしい。


こんなご時世に何の冗談かと思っていたが、この光景を見てはそうも言ってられない。


ビルの前には男が二人、どちらも警察でも持たないような物騒な代物を携えている。


俺が恐る恐る彼らに近づくと、男の1人に声を掛けられた。


「入館証は?」


「あ。いや、警備の仕事の説明を受けに来たんだけど・・・」


別にいきなり銃口を向けられた訳でもないが、相手が人の命を簡単に左右できるとなればどうしても緊張する。


思わず俺の声は少しばかり上ずったが、警備員はそれを気に止めるわけでもなく無線で何かやりとりをしだした。


「今から職員の者が来るから、少しだけここで待ってくれ」


「あ。はい」


俺はそのまま妙な緊張感の中で5分ほど待っていると、白衣姿の男が正面のドアから現れた。


「やあやあ。君が警備員の仕事を受けに来てくれた人だね?」


「受けに来たというか、とりあえず説明を聞きに来ただけですね」


金払いが良いとはいえビルの前に2人も私兵を雇うような職場だ。


そう簡単に判断はできない。


俺なりにそう言う意思表示をとったつもりだったが、白衣の男にそれが伝わったかは定かではない。


「早速、施設内を案内して仕事内容を説明するよ。付いてきてくれたまえ」


矢継ぎ早にそう告げられ、言い直そうかとも思ったが、人の話を聞きそうなタイプではなさそうだ。


とりあえず、俺は白衣の男について歩いた。


「君の仕事は至極単純だ。この施設内にはいくつかの実験室が存在するからそこを巡回し、異常が無いかだけ確認するだけでいい」


エレベーターに乗り込むと簡単な説明がなされ、チンという音と共にエレベーターが開くと、そこにあったのは実験室とは甚だ呼べないような牢屋の数々。


「ここでは一体なんの研究をしているんだ?」


俺の質問を受け、白衣の男は顎に手を当て考える。


「学術的な話をすると理解できないだろうから、君たち風に言えば進化ってやつかな」


そう言って、白衣の男は一つ目の実験室を案内した。


そこには鎖に繋がれたやせ細った男が200キロはありそうなバーベルを軽々と持ち上げている。


「あの男に何をしたんだ?」


真っ先に頭に浮かんだのは、ステロイド系の薬物。


しかし、俺の意に反して白衣の男はあっけらかんと言い放った。


「何も。ただ彼には少しリスクを背負ってもらっている」


「リスク・・・?」


「そう。火事場の馬鹿力という言葉を知っているかい?人間は切迫した状況に置かれると予想もしないような力を発揮する例えだが、彼にはバーベルを落とすと高圧電流が流れる仕掛けを施している」


俺はすぐさま男の顔を注意深く伺うと、確かに男は何かに怯えるような表情をしていた。


「物理学的に彼の肉体では200キロを超える重量物を持つことは不可能だが、リスクが彼の肉体を進化させ、それを可能にしたのさ」


白衣の男はそう言うと次の実験室へと案内し、そこでは180キロを超える野球ボールがピッチングマシンから打ち出され、それを果敢に打とうとしている被験者がいた。


「ちなみに、進化には予期していた結果と別の形で反映される場合があり、それを我々は変化と呼んでいる。彼には胴体視力を進化させる実験を開始したが、それとは異なった力が宿った」


被験者は何度も何度もバッドを振るがボールには全く当たらず、その度に全身を高圧電流が襲うが、まるで動じる気配はない。


「最初は電流によって悶絶していたのだが、今や彼の皮膚は電気を一切通さない絶縁体になっている。当初の予定とは違うがこれも立派な実験の成果と言えるだろう」


白衣の男はそう満足げに説明し、最後の実験室へと私を案内する。


「この実験室では透明化の実験を行なっている」


「透明化?誰もいないように見えるが、この中に人がいるのか?」


「・・・先程説明したように実験は進化ではなく変化を起こす場合がある」


少し言いよどむように白衣の男は続けた。


「この実験の被験者は透明化が出来ず、何度も何度も高圧電流を流され、その度に何度も何度もやめてくれと懇願した。それこそ、何度も何度も何度も何度もね。そして数え切れぬほどの電流を浴びた後、突然ピタッと電流が止んだのさ」


「それは何故だ?」


「わからないかい?彼は自分の言葉に変化を与えたのさ、自分の願いを相手に絶対遵守させる変化をね」


嫌な予感がする。


「その男はどうなったんだ?」


「さあね?それこそ彼に頼まれれば拒否することはできないからね。逃げ出したか、あるいはまだこの施設にいるかもしれないな」


「ちょっと待ってくれ!そいつがここに恨みを持っていたらどうするんだ!?俺は金は欲しいが命は惜しいんだ!この話は無かったことにしてくれ!」


俺は踵を返して通路を戻ろうとすると、後ろから白衣の男の声が聞こえた。


「そうかい?寂しいなぁ。金払いは良いんだし一緒にここで仕事をしてくれないかい?」





「そうだな。是非、そうさせてもらうよ」





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