requiem for brave

ツミキ

第1話

音楽が嫌いだった。

あれからずっと、音楽は忌まわしいものだった。

でも、今なら胸を張って言える。

「私は     」




音楽には大いなる力がある。

昔も今もよく言われていることだ。

落ち込んでいるときに音楽を聴くと心が晴れる、とか

応援歌などを聞くと元気になれて頑張れる、とか。

最近、どこかのお偉い先生さんも音楽は素晴らしい可能性を秘めている、

なんてテレビで言ってたのを聞いた。




かくいう私、音美藍月(おとみアイル)もその音楽のちからに振り回されてきた人間だ。

音が美しいと書いて音美、なんて珍しい名字の我が家は古くから音楽の家系として知られている。

父親はコンクールの度に賞を総なめにするピアノ奏者、

母親は世界中を飛び回るオペラ歌手。

成人済みの1番上の兄は父親の影響でピアノ奏者になった。

2番目の兄は大学を中退後、ロックバンドのギターボーカルをしている。

その上の祖父母やその先祖たちも皆音楽と共に生きてきたらしい。


私も物心ついた時から中学まで、色々な音楽をやってきた。

和洋中、それこそ世界中の音楽に触れ、音楽に没頭する日々を送っていた。

だけどあの時から、私は、

音楽が嫌いだ。




第一小節 ~その歌声は誰がために~




西暦20XX年。

日本は4月。

桜はそろそろ散ってくるような季節。

高校に入学し、うかれる周囲とは逆に、

藍月はどこかけだるげだった。

理由はなんとなくわかっている。


なにもないのだ。

熱中できるもの、夢中になって取り組めるものが。

他の同年代の人たちがとりこになる、

部活動や、ファッション、ゲームなんかも、

藍月には冷めて見えた。


なにもやる気が起きず、

かといって勉学に熱が入るほどまじめな性格をしていないもので、

藍月は高校時代の貴重な休日を

のらりくらりと東京の街を歩くことに費やしていた。

歩き回ってはふらっと入った店で買い物をしたり、なにか食べたり。

特に目的も意味もなく歩くのみだった。




ちなみに、ご察しの方もいるかもしれないが、

藍月には友達、というものが少ない。

むしろゼロに限りなく近い。


まあ、当の本人はあまり気にしていないのだが。




藍月が歩く、休日の都会の街中は音にあふれていた。

足音に、車のエンジン音、話し声、笑い声、

街角のモニターからは最新の音楽が流れ、

道端ではミュージシャンが路傍ライブをしている。


一般人にはただの“音”かもしれないが、

藍月にはとてつもない騒音に聞こえた。

幼少期からの音楽の英才教育で、藍月の耳は少々敏感になっているのだろう。

こんな場所、ヘッドホンでもしてないと生きていけなかった。


『なんでみんな平気な顔して歩いてられるんだろう。こんなにもうるさいのに。』

そう思えてならなかった。




時刻は昼下がり。

曇っているせいか、気温は停滞気味だ。

街にはどんどん人が増えてくる。

同時に音も数を増しに増し、

藍月の耳にはヘッドホン越しに音の大波が押し寄せてくるかに感じた。

『そろそろ帰ろうかな。』

そう思い始めた時だった。




「ギュガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ」

どこかでとてつもない音がした。

叫ぶような、わめくような、この世のものとは思えないものだった。

あわてて周囲を見渡すが、そんな音を出すものはなにもなかった。

それどころか、誰もその音に気付いていない様子だったのだ。


なにか嫌な予感がした藍月は、

さっさと、その場を去った。




しかし、さっきの場所から離れてもなお、

その音はどこからか聞こえてくる。

それも音量を上げて、だ。

音から逃げようと、ひたすらに走り続けるも、

どんどん大きくなってくる音は、

藍月の耳をうならせ、

だんだん体の不調を引き起こさせるようになった。

『やばい、しんどい、吐きそうっ』


だが、そんなことを考えているのは藍月だけらしかった。

周囲の人々はなにも変わった様子なく過ごしているのだ。


音は大きさを増し続け、

ボリュームが限界を突破しそうになったその時、




「グォォォォォオオオオン」

何か、とてつもない音がした。

先ほどまでとは違い、どこかわからないような謎めいたものではなく、

体に直接衝撃が伝わってくる、なにかが破壊される音だった。

慌ててヘッドホンを外し、音がした方を見ると、そこには、

巨大な“なにか”がいた。

高さは周囲の高層ビルを抜き、

幅も大きさもけた違い。


そのなにかがいたのは、先ほどまで藍月がいた場所だった。

あの辺りにはよく目立つ背の高めなアパレルショップのビルがあったはずだ。

だが、そのビルの姿がない。

「この辺りからあのビルが見えないはずがないし…、

さっきの音からして、まさか、」

“潰れた?”




『いやいや、まさかそんなはずないって。

だってそうなったら、あのでっかいのは上から落ちてきたってことになるし…』

そう思い、空を見上げると、

そこには、雲の間にぽっかりと空いた丸い穴があり、

そこから青空が顔を出していた。


「まさか、嘘でしょ。」

藍月はとてつもない寒気を感じた。

『もしあのままあそこにいたら、私は…』

ビルと一緒に無き者に…

じゃあ、あそこにいた他の人はビルと共に…


藍月の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していた。

そこへ、




「ギュガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ」

またあの音がした。

それも、先ほどよりも大きく、地響きを伴って、だ。

それは、ヘッドホンをしていない藍月には強すぎた。

「がああっ!!!」

頭が、全身が、割れるように痛い。

藍月は頭をおさえながら、その場に倒れこんでしまった。


気が付くと、周りには誰もいなくなっていた。

藍月が考え込んでいる間にどこかへ逃げたのだろう。

藍月を心配する者も、助けようとする者も既になかった。


全身の痛みに耐えながら、藍月はあの音のした場所を見た。

それは、あの巨大な落下物だった。

よく見ると、落下物は動いていた。

まるで、生き物のように。

段々と背筋を伸ばし、形をあらわにし始めたそれは、

藍月の頭にある単語を連想させた。




『化け物』

まさしくそれだった。

獣のようで、怪獣のようで、

テレビで見た昔の特撮映画の敵にいそうな、

この世のものとは思えない姿だった。


藍月は恐ろしくてたまらなかった。

もしかしたら夢でも見ているのかとも思った。

けれどほっぺたをつねるまでもなく、藍月の体は激痛にさらされていた。


「ほん…と、なん、なの…」

絞るようなその声はまさに藍月の心の叫びだった。




ふいに、巨大な化け物は大きく動き出した。

動くたび、巨大な衝撃音と衝撃波が藍月を襲った。

周りの建物でも破壊しているのだろうか。

衝撃が襲う度、藍月は飛んでいきそうなのを必死にこらえた。


破壊はどんどん進み、周りのビルは姿を消していく。


よくみると、化け物はこちらに近づいてきているようだ。

それが近づくたび、地面は揺れ、

地面に倒れたままの藍月の体を打ち付けた。


『このままじゃ、死ぬんじゃっ…』

藍月はとにかく逃げようと、

痛みで悲鳴を上げ続ける体を無理やり起こし、

立ち上がろうと試みた。


しかし、痛さと苦しさからか、力が思うように入らない。

何度立ち上がろうとしても、こけるか、尻餅をつくだけだった。




気が付くと化け物はどんどん近づいてきていた

化け物の影で辺りは暗くなっているほどに。


『もう、だめ、か。』

そう、藍月が覚悟した時だった。




「咲き乱れて、私の、紅~あか~!!」

それは、歌だった。

どこからか、歌が聞こえるのだ。

独唱が聞こえた後、大きな音楽が流れた。

歌声と同じ、強く、気高く、誇り高き音だった。

どうやら、イントロらしい。


イントロが終わりかけた時、

化け物から、先ほどまでとはまた別の衝撃音が響いた。

見ると、化け物が体勢を崩して、倒れているところだった。


歌声はまた響き始めた。

歌声もまた、化け物の方からしてくる。




藍月は、先ほどまでの恐怖も、体の痛みも忘れて、

その歌に聞き入っていた。

芯の通った、強く、美しい、声だ。

このような歌を歌う人を歌姫と呼ぶのだろう、そう思った。




歌声が、近づいてきた。

そのとき、座り込む藍月の目の前に人影が出来た。

見上げると、それは女性のようだった。


白と赤の衣装を身にまとい、長い黒髪をたなびかせている。

髪の合間から見える顔は美しく、口や喉が大きく動いていた。

どうやら歌はこの人物が歌っているらしい。


その人はこちらを振り向くと、少し微笑み、頷き、

化け物の方へ走って行った。

その表情は、大丈夫だから、安心して、と言うような雰囲気だった。

その間、歌が途切れることはなかった。


走って行ったその人は、飛び上がり、こぶしを振り上げた。

そして、化け物を殴った。

跳躍力も、腕力も、おおよそ人間のものとは思えなかった。

それも、あんなに力強い歌を歌いながら、だ。




藍月はその時、久々に何かを美しいと思った。

その美しく気高い歌と、力強い戦い方。

そのすべてが洗練されていた。

藍月はただその歌と姿に圧倒されるばかりだった。




時間がたつにつれ、化け物とあの人の戦いは五分五分、というところに来ていた。

あの人の拳や蹴りが化け物にヒットすると、

今度は化け物があの人を薙ぎ払う。

終わりが見えない戦いが続いているのだ。


歌も2番のサビ、というところまで来ていた。

もし、このまま歌が終わったらどうしよう。

藍月にはそんな思いが浮かんでいた。

『この歌を、いつまでも聞いていたい。』

そう思うようになっていた。




気が付くと、藍月は不思議な感覚を味わっていた。

体の底から旋律があふれてくるのだ。

『歌いたい。』

『奏でたい。』

『あの音の一部になりたい。』

そう思ったとき、

藍月の口からはあの歌がこぼれ始めていた。

さっき初めて聞いた歌が、だ。


段々と大きな声が出てきた。

さっきの痛みや恐怖など忘れたかのように。

高らかに響く、美しく、力強い歌声だ。




すると、戦いにも変化が現れ始めた。

さっきまで五分五分だったはずの戦況が、

あの人の方へ傾き始めたのだ。


傾きが大きくなるにつれ、藍月の歌は力強さを増すようだった。

それと同時にあの人の歌も磨きあがっていくような感覚があった。

まるで、2人の歌声が、それぞれの歌を高めあうような、

そんな感じであった。


いつしか、藍月は立っていた。

立って、体を大きく動かしながら、

春に見合わない大粒の汗をかきながら、

全身全霊で歌っていた。




藍月は楽しくて、楽しくて、仕方がなかった。

あの時、あんなに嫌いになったはずの音楽を、

いまは心の底から愛さずにはいられなかった。


『私、歌ってる』

『私、音楽になってる』

『私、生きてる!』




歌ももう終盤、

戦いも同様に終盤を迎えているようだった。

化け物の動きは先ほどから格段に鈍くなっている。


そして、




「「紅い血は今、燃える!!!!」」

歌のラストフレーズと共に繰り出された

拳により、化け物は倒れ、光の粒となって消滅した。

同時に歌も終わり、残響が響くばかりとなった。


その時、

藍月の目の前は真っ暗となった。

『ちから…が…』

藍月は糸の切れた人形のように倒れてしまった。




NEXT…

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