第50話 第六章6

 珠希は翌日の時間割を見ながら、自室でランドセルに教科書とノートを入れていた。

 明日は小学校で音楽の授業があるから少しだけ気が重い。

 歌うのは好きだが、担当の先生がちょっとだけ怖いのだ。

 珠希は大きな欠伸をした。

 どうしてか今日は欠伸ばかりしている気がする。

 それにたまらなく眠い。

 いつもならこんな時間に眠くなんてならないのに。

 眠りたくないな、と珠希は思う。

 眠ったら、もう。

 部屋の扉をノックして、姉の歩乃海が入ってきた。

「珠希。パパとママとトランプしない? ――ってずいぶんと眠そうね」

「うーん。おねえちゃーん」

 珠希は目を擦りながら歩乃海の元へ駆け寄ると、その首にひしと抱きついた。

「うわっと。どうしたの? 今日はなんだかいつもより甘えん坊さんみたい」

 歩乃海は珠希を抱きとめると、その背中を撫でてあげる。

「なんかね。すごい眠いの。まだ寝たくないんだけど、眠くて眠くて」

「そっか。じゃあお姉ちゃんと一緒に寝ようか?」

「うん。一緒に寝るー。ママとパパも一緒がいい」

「それならリビングにお布団敷かないとね。私からパパとママにお願いしてあげる」

「やったー。おねえちゃんちゅー」

 珠希が歩乃海の頬にちゅーとキスをした。

 歩乃海は笑い声を上げながら、くすぐったそうに身を捩る。

 ふたりはしっかりと手を繋いで階段を下りた。

 そしてリビングでくつろいでいる両親へ、今日は一緒に寝たいと可愛らしくおねだりをする。

 親子は四人で手分けしてリビングへ布団を敷き、両親が姉妹を挟む形で布団へと入った。

 母が珠希を背中から抱き、父が歩乃海を背中から抱く。

 姉妹は向き合っていた。

「おねえちゃん。手をつないで」

 珠希が手を差し出す。

「いいよ」

 歩乃海がその手を握る。

 珠希の手は、いつもよりずっと暖かかった。

「珠希の手、すごく暖かい」

「身体がね、ぽかぽかなの。――おねえちゃんの手は冷たいね。気持ちいい」

 珠希が瞼を閉じる。

 歩乃海もそれに倣った。

「……おねえちゃん」

「ん? なあに?」

「ありがとう。だいすき」

「私も珠希のこと、大好きだよ」

 珠希がにこりと微笑む。

 歩乃海も微笑み返す。

 歩乃海はすぐに眠りへと落ちた。

 そして夢を見る。

 ランドセルを背負って、珠希と手を繋いで登校する夢を。

 いまの歩乃海にとって、日常の風景であるその夢が、とても愛おしく思えた。

 ――翌朝に目覚めた歩乃海は、自分と珠希がまだ手を繋いでいたことを知る。

 歩乃海はそっとその手を解き、妹の身体を揺すった。

「珠希、朝だよ。起きて」

 しかし珠希は起きようとしない。

 目を閉じてはいるが口元が綻んでいるので、寝た振りをしているのが歩乃海にはわかった。

「ほらほらー。起きないとコチョコチョしちゃうぞー」

 歩乃海は珠希をくすぐるが、やせ我慢をしているのか起きる気配が無い。

 両手を腰に当てて、歩乃海は頬をぷくりと膨らませた。

「もー。ママー。珠希が寝た振りして起きないよー」

 歩乃海は痛くないように、笑い顔の珠希の頬をつねる。

 それはとても幸福そうな笑みだった。

 こちらもつい、つられて微笑んでしまう。

 もう少しこのまま見ていたいな、と歩乃海は思った。

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