第27話 第三章7
中学二年生の川丘奏は、自室のベッドに寝転んでスマートフォンと睨めっこをしていた。
部活終わりに家へ戻ってから、かれこれ三十分近くこうしている。
これが最後かと思うと、結果を知る覚悟が決まらない。
奏が読者モデルの募集に応募したのは全部で七社。
残る一つを除いて、すべてが一次の書類選考で落選していた。
まだ結果が出ていない――正確には結果を確認していないのが、貴志の薦めてくれた『クール×W』の一つだけ。
奏はスマートフォンから目を離し、天井を見る。
身体を起こして、なんとなく部屋を見渡した。
室内にあるのは勉強机とドレッサー、クローゼットに本棚と三十二型の液晶テレビ。
そしてカーペットの上に並べたぬいぐるみたち。
幼い頃は貴志にせがんで、よく人形遊びに付き合ってもらった。
あの頃はまだ、私の背の方が低かったのに、と奏は懐かしむ。
貴志が引っ越してから、すでに二ヶ月あまりが経過していた。
彼が転校した静岡の高校はサッカーの名門校だったらしく、練習についていくだけで精一杯だと話していた。
けれど奏には、貴志が挫けることなく努力を重ねている姿が容易に想像できた。
奏は意を決してスマートフォンの画面をタップする。
指先が震え、心臓がバクバクと鼓動する。
ブラウザを立ち上げ、ブックマークから『クール×W』のホームページを開いた。
画面左のメニューから、小さなバナーをタップする。
第七回読者モデル募集の一次選考について。
その表題をフリックした先にはこう書かれていた。
『書類選考通過者には、メールで二次審査内容を送信しています』
奏はグッと目を閉じた。
視界が微かに暗くなる。
メーラーを立ち上げて受信ボックスを開く。
二ヶ月前まで遡って受信メールを確認する。
送受信をタップする。
新着メールはない。
「あーあ。ダメだったかぁ」
奏は思わず声に出してしまう。
ネットで調べた限り『書類選考は結構通過する』と書き込みされていたが、自分はその『結構』にすら食い込めなかったのだなと溜息がでた。
正直に言って、かなりショックだった。
けれど思ったよりも、傷ついてはいなかった。
こうなるだろうと、どこかでわかっていたのかもしれない。
奏はドレッサーを覗き込む。
鏡に向かってニコリと微笑み、すぐさま苦笑した。
「……確かに、可愛い系ではないよね。別に大人っぽくもないし、身長だって」
貴志は自分のどこを見て、可愛くないわけじゃないと思ったのだろうか。
唇の脇にある小さなホクロかもしれない。
確か艶ボクロとか言ったはずだ。
艶ボクロ。
言葉の響きからは可愛らしさを連想できない。
もっと別の場所かもしれない。
今度、貴志に直接聞いてみようと奏は思う。
でもきっと貴志は、誤魔化して答えてくれないだろうとも思う。
普段の彼は大胆なくせに、変なところでシャイなのだ。
だいたいにして『可愛くないわけじゃない』とはなにごとだと、奏は今更ながらに腹を立てる。
素直に可愛いって言えばいいじゃないか。
いつか絶対に言わせてみせると、奏はちいさく決意した。
貴志には落選の結果を報告しなくてはならない。
せっかく楽しみにしてくれていたのに、がっかりさせてしまうのは心苦しかった。
変に気を使わないでくれるといいのだけれど。
もう一つ、貴志への話があった。
それは中学卒業と共に、バスケットボールをやめるということだ。
これは読者モデルの落選とは関係なく、以前から考えていた。
やめるのはバスケが嫌になったとか、もう充分やりきったとかそういう理由ではない。
奏は中学入学に際して、バスケとバレーのどちらを始めるかで随分と悩んた。
結果として活動の盛んなバスケ部を選択したが、バレーをやってみたいという気持ちはいまだ残っている。
だから高校ではバレーボールを始めたいと考えていた。
受験する高校はすでにいくつか決めている。
バスケでの推薦は受けられないので、自分の学力に合わせて選んだ。
第一志望の高校は偶然にもバスケの強豪校のようだった。
対してバレー部は一応存在するものの、学校紹介では活動内容や公式戦の勝敗についての記載がまるでない。
多少の不安は残るが、もしものときは自分で一から作り上げるのもいいと奏は考える。
未来を想うと、奏の胸は躍った。
読者モデルの落選が決まったことで、心に引っかかっていたすべてのつかえが取れたような気がする。
モデルは諦めよう。
奏はそう決めた。
軽い気持ちで応募したわけではなかったが、いつまでもしがみつき続けるのは違うように思えた。
向き不向きだけで結論を出したくはないのだが、間違いなくいまの自分にはモデルという職業は向いていない。
周りと比べれば高い身長だって、ここで止まれば百六十三センチだ。
いわゆる『一流』と呼ばれるモデルたちの仲間入りはできないだろう。
妙な話だが、奏はいまとても清々しい気分だった。
ベッドに放り出したスマートフォンを拾い上げる。
メーラーを立ち上げるが、思い直して電話帳をタップした。
普段はメールで済ませている貴志との遣り取りだが、今日はどうしても直接に声を聞きたくなった。
久し振りに、貴志と話をしたくなった。
すこしだけ、緊張する。
コールが二度、三度と呼び出しを続ける。
「――もしもし」
スマートフォンから漏れる貴志の声も、すこしだけ緊張しているようだった。
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