最終話 夏一番のラムネを兄弟と

 今日は送り盆。ご先祖様が天に帰る日。送り火の灯籠流しは夕方にやるらしく、それまではとても暇だ。まぁ、俺は送り火の前に夏一兄さんに会いに行くんだけどな。


 ゲームをしたり漫画を読んだりで時間を潰す。お盆が終わると、すぐ俺の誕生日だ。8月生まれは誰にも祝ってもらえないのが残念。それに、部活も始まる。好きでサッカー部に入ったけど、それでももう少し夏休みを謳歌したかった。宿題も、進んでいない。せめて、自由研究ぐらいやらないと。


「あ、そろそろ6時じゃん」


 読んでいた漫画をその場に置き本館まで走る。母さんに「ちょっと出かけてくる」と言ってから、仏壇のある居間を通る。そこで、仏壇に置いたラムネ瓶をちらっと見ると、ラムネは4分の1までに減っていた。


 玄関を出て、出来るだけ早く駄菓子屋に向かう。駄菓子屋が近くなると、そこにはいつも通り駄菓子屋の婆ちゃんと話をしている夏一兄さんの姿があった。けれど、兄さんの姿は透けていた。


「やぁ、一夏君。相変わらずごめんね、呼んじゃって。今日が最後だからさ、時間まで色々話そう」


「あー、やっぱり帰っちゃうのか。守護霊とかみたいに、一緒にはいてくれないのか?」


 婆ちゃんからいつものようラムネを受け取り長椅子に座る。


「うん。僕はすでに成仏してる身だからね、一緒にはいられない。お盆ってのはさ、あの世にいる人が一時的帰ってこれる行事だからね。時間になったら、帰らなきゃいけない。それがあの世とこの世の約束事。霊体である僕らは、それに従わなくちゃいけない」


 僕の隣に座り、兄さんは続ける。


「でも、そういう約束があるからこそ、今の時間が大切に思えるんだ。限られた期間で、色んなのを見ておこうって。家族はどうしてるかな、兄弟はどれくらい成長したかなって。……毎年見られるわけじゃないから。魂は浄化され、次の転生に控える。でも、その時には前世の記憶はなくなってしまう。新たに転生するとき、それは不要となるからね。今だけなのさ、こうやって記憶がある状態のままで帰ってこれるのは」


 そうか、死んだら次の人生に向けて転生するのか。確か、輪廻転生とかって言うんだっけ。死んで、生まれ変わって、また死んで、生まれ変わって。そうやって人は変わっていくんだな。


 兄さんと最後の会話をしていると、ふいに「兄貴?」と聞こえた。


「あ、夏織君じゃないか!見てたよ、君が多くの墓を護った姿。ありがとう、立派になったね。やんちゃだった君が、あそこまで成長してるなんて驚いたよ」


 夏織兄さんは、今だ信じられないような光景をみているような顔をして立ち尽くしている。


「聞いたよ、過去の事。もう、大丈夫だから」


 夏織兄さんにそう言うと、ぶっきらぼうに笑った。


「そうか」


 ただそれだけ言うと、夏織兄さんは背を向けて去ろうとした。


「夏織君、君の話も聞かせてくれないかい?久しぶりに、兄弟でラムネ飲みながらさ」


 夏一兄さんのその一言に、ぴたりと歩みを止めた。


「兄としての望みさ。もちろん、聞いてくれるよね?」


「敵わないな、兄貴には」


 戻ってきた兄さんに、駄菓子屋の婆ちゃんがラムネ瓶を渡す。それから、今までの事を夏一兄さんに話しながら、その時が来るのを待った。


「……もう、時間だね。家まで一緒に帰ろう。ついでに、僕の宝箱の鍵のありかも教えないとね」


 夏一兄さんが立ち、続いて夏織兄さんと俺も立ち上がる。飲み終わったラムネ瓶を瓶入れの箱に入れ、婆ちゃんに「ありがとう」と告げる。


「お婆さん、本当にありがとう。これで再びお別れです」


「おほほ、霊感がどーたらの話を信じていたとは思わなかったよぉ。んまぁ、店を閉じるのに最後にいい客が来て良かったよぉ。なっちゃん、ラムネのお代はいらないよぉ。お婆ちゃんからのサービス。来世もいい人生歩みなさぁい」


 駄菓子屋の婆ちゃん、霊感あったんだ。だから、夏一兄さんと会話ができたんだ。どうして疑問に思わなかったんだろう。


 婆ちゃんに手を振り、帰り道を兄さんたちと話しながら歩く。


「鍵の話なんだけどね、僕の部屋に本棚があるだろう?上から2段目の真ん中あたりに、本に似た箱がしまってあるんだ。その中に鍵があるから探してみて。宝箱の中身は、気に入ったものがあるなら貰っていいよ。ほとんどごみだけどね」


 家が近くなると、夏一兄さんの身体が完全に透けてきた。


「夏織君、一夏君を頼んだよ。一夏君、夏織君と仲良くね」


 僕と夏織兄さんの頭を撫でながらそう言うと、やがて夏一兄さんの身体は見えなくなった。


 家族で近くの川に行き、近所の人たちと一斉に灯籠を川へ流した。暗い中で流れる多くの灯籠は、淡くオレンジ色に灯りながら流れていく。なんだか寂しい気持ちが胸にこみ上げた。


 家に戻ると、何となく仏壇のラムネ瓶の様子を見た。ラムネ瓶の中は空っぽだった。


 夏一兄さんの言われた通りに空き部屋の本棚から鍵の入った箱を夏織兄さんと探し、見つけた鍵で押し入れの中に戻してしまった箱を取り出し鍵を開ける。


 中には、兄さんが集めたのだろう多くのガラス玉と、懐中時計、数冊の本、リストバンド、そして、一番下にあったのは………少しくたびれた8年前の、兄弟3人でラムネを飲んでる写真だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏のラムネを飲み終わるまで 雨中紫陽花 @nazonomoti1510

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ