第5話 対話

 女の子二人で人気の無いところをウロウロするのはちょっと危ないけれど、そこに行かない限りきっとシカたちは姿を現してくれないだろう。


 私たちが向かったのは駅から南側にある、名もない山の麓。そこには高速道路が敷設されていて、車の走行音がけたたましく聞こえている。ここにも時折シカが飛び出して事故を引き起こすが、下道で起きる事故と比べ物にならない被害を車にもたらすという。


 私たちは高速道路のガード下に自転車を止めて、外に出た。


「それじゃ、呼んでみるよ」

「お願いね」


 鹿田さんは大きく息を吸い込むと、叫んだ。


「お~~~い! 美味しいものがあるぞ~~~!」


 するとどうだろう。「キィィー!」という鳴き声がガード下の方からしてきたのだ。


 ツノを生やしたシカが一頭。オスジカだ。


 ガード下からのっそりと出てきたオスジカはまだ若いのか体格もツノも小さいが、目つきがあまり良ろしくなくてちょっと怖い。


「来たよ、来たよ!」

「進藤さん、せんべい出してあげて。『美味しいもんって何だ? はやくよこせ』って言ってる」

「わかった!」


 私は早速、タッパーの中から鹿せんべいを一枚取り出して、警戒しながらも差し出してみた。


 オスジカはパクっ、と勢いよく食らいついてモグモグと咀嚼する。


「キィッ!!」

「きゃっ!!」


 オスジカが急に立ち上がって吠えたものだから、私は後ずさった。


「進藤さん、『美味しい、めっちゃ美味しい』って言ってる! どんどんあげて!」

「そ、そう?」


 やっぱりここのシカも口に合うようだ。私はもう一枚差し出すと、これまたぺろりと一瞬で平らげてしまった。


「おー、いい食べっぷり」


 鹿せんべいを次々と平らげていくオスジカに、私の警戒心は薄らいでいく。


 鹿田さんは機を見計らって話しかけた。


「ねえねえ。ちょっと教えて欲しいんだけど、最近里の方であなたのお仲間たちが車を襲っているよね? どうしてこんなことするのか教えて欲しいんだけど?」


 オスジカは鹿せんべいに気を良くしてか、理由をあっさりと話した。シカの言葉は鹿田さんが通訳して私にも教えてくれた。


『ここら辺の山の仲間を統べるボスの一番のお気に入りの女、俺たちは女将って呼んでるんだが、そのお方の息子さんが車に轢かれて死んだんだ。だからボスと女将は激怒して里にある車を潰せとお命じになったのさ』

「ああー、それは気の毒だったね……だけど運転していた人もきっとわざと轢いたわけじゃないし、車が無くなっちゃったらみんなが生活に困るんだよ。どうにかして辞めさせてくれないかな?」


 私が言ったことを、鹿田さんは一言一句正確に伝えた。


『とんでもねえ。俺みたいなペーペーがボスと女将に口出しできるわけがねえよ。だけどそろそろ辞めて欲しいとは思っているんだ。あまり暴れまくると、そのうち人間が反撃をはじめるだろうからな。そうなれば、俺たちはきっと肉にされちまう』


 そういえば最近、県内ではシカが増えすぎてるから食害防止のために捕まえてジビエにしようって運動が各地で起きているという。人間に迷惑をかけ続けている清和町のシカは、真っ先に駆除の対象になってしまうだろう。


「じゃあ、ボスと女将のところに連れて行ってよ。直接話をするから」


 私が伝えると、オスジカは「キィッ」と吠えた。


『やめとけ。あのお方たちは人間の言うことを聞くはずがない』

「じゃあどうしたらいいの!?」

『そうだなあ……ハクシカ様の言うことなら聞いてくれるかもな』

「ハクシカ様?」


 私と鹿田さんは顔を見合わせた。確か「白鹿」という名前のお酒があるとは聞いたことがあるけど……。


『ずーっと向こうにある山に体が白いシカが住んでいて、俺たちはハクシカ様と呼んでいる。この御方は神様の使いで不思議な力を持っているんだ』


 神様の使いって……何だか話が凄い方向に進んできたぞ。


『とにかく、会えるのなら会ってみるといい。滅多に姿を見せないが、お前は人間なのに俺と会話できる不思議な力を持っているからな。興味を持って話を聞いてくれるかもしれないぞ』

「だってさ。進藤さん、どうする?」

「行くしかないでしょ。でも、ずーっと向こう、ってどこなの?」

『向こうは向こうだよ』


 オスジカは北西の方向に首をしゃくったが、どの山なのかさっぱりわからない。だってこの地域は山だらけだからだ。


『すまんな、正確な場所までは知らないんだ。後は現地のシカお仲間にでも聞いてくれ』

「わかった。ありがとうねシカさん」

『おっと、その食べ物は置いていきな。しかしこいつはすごく美味だな。お前さんたちが作ったのか?』

「そうだよ」

『ハクシカ様にも手土産として持っていけば喜んでくださるだろうよ』


 シカ相手とはいえ、料理を褒められた私は天にも昇る心地になった。


 残りのせんべい全てを地面に置いて、私たちはシカに別れを告げると「キィ!」と元気よく返事してくれた。


 自転車を漕ぎながら、私たちは次の手立てを話し合う。ハクシカ様に会うと言っても、まずはどの山に住んでいるのか調べなければならない。


 私たちは坂道から北西の方、遠くを見渡した。見事に山、山、山だらけである。


「地道にシカたちにせんべいをやりつつ聞き取り調査をするしかないのかな」


 私はため息をついた。


「でも、白いシカだったら結構目立つよね。目撃談があるかもしれないからそこから調べていくのもいいかも」

「そうだね。北西の山の方でハクシカ様を見た、って情報があるかもしれない。ネットで調べてみるよ」


 この日はコンビニに寄って他愛もない話をして解散したが、家に帰った私はすぐにハクシカ様について調べた。グーグル検索にツイート検索、様々な方向からアプローチした結果、意外にも早く見つかったのである。


 それは個人サイトに詳しく乗ってあった。


「これだ……これに違いない!」


 私は早速、LINEで鹿田さんにサイトを教えた。メッセージをやり取りして、早速明日にでも行動に移すことになった。


 もちろん、鹿せんべいを大量に携えて。

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