第4話 アレを作る
「えー、こちらの車を御覧ください。車体がベコベコに壊されています。あー、こっちの車はフロントガラスが壊されて……あーあー、フンまでされてますね」
アナウンサーを映していたテレビ画面が切り替わって、車中にばら撒かれたマーブルチョコのようなシカのフンがモザイク無しでドアップで映されると、お母さんが「食事中なのにやめてよもー」と顔をしかめた。
金曜の夕方に流れるローカルニュース番組。右上に映しだされたテロップには『シカによる車の破壊行為 一体何が? 清和町』とある。
あの駐車場の事件から、ほぼ毎晩のようにシカによる車の破壊行為が勃発していた。ある農家は田んぼの横に停めてあった軽トラックを壊され、ある山沿いの離れた集落に住む住民は自家用車を壊され。一連の事件の発端となった駅前駐車場ではシカ避けが一時功を奏していたがそれも無残に壊されてしまい、夜間に警備員を常駐させてからようやく寄り付かなくなった。
それでも清和町は狭いようで広いから、町のあちこちに警備員を置くわけにいかない。住民たちは監視の目を光らせているものの、シカたちはずる賢くそれをかいくぐって狼藉を働く。
私の家にはガレージがあるから大丈夫だが、そうでない家は自家用車が潰されないか戦々恐々としている有様だった。
「何で凶暴化したんだろうねえ……」
お母さんは首をかしげた。
「その割には人が襲われたり畑が荒らされたりしてないんだよね」
「そうそう。だから余計に不思議なんだよ」
車に何か恨みでもあるのだろうか。いや待てよ? 実際そうかもしれない。車にぶつかって死んだシカは数知れないし、積もりに積もった恨みを晴らすために報復として車を潰しまくる……。
――人間どもよ、俺たちと同じ苦しみを味わえ。車が無いと何もできないだろ。ざまあみろ。
妄想じみているけど、車だけをピンポイントで狙い撃ちしているのだし、あり得ないとも言い切れないのだ。
「はあ……シカと話できるなら、何でこんなことするのか聞いてみたいよ」
お母さんのぼやきを聞いた私は膝を打った。そうだ! シカ本人(本ジカ?)に聞いてみればいいんだ!
鹿田さんを通じて暴れる理由を聞く。そうして原因を突き止められれば、私たちだけでも対策を打てるかもしれない。今は車だけとはいえ、もしかしたらこの先私や家族、町民、田畑に害がふりかかる恐れがある。動くなら早めに、だ。
私はご飯を食べ終えると、早速鹿田さんに電話した。
『ニュース? ああ、私も見た見た。嫌な形で清和町の名前が広がっちゃったね』
「それでね、これ以上の被害を防ぐためにも何で暴れるのか、シカに直接理由を聞いてみようと思うんだ。協力してくれるかな?」
『ええ? キレられたらどうすんの。話が出来るのと話が通じるのとは違うんだよ。危ないよ』
「大丈夫。作戦も思いついたから」
『作戦? 何すんの?』
「それはね……」
私が思いついた内容を話したら、笑ってるのか呆れてるのかわからないような反応をされた。だけど『ま、何もしないよりはマシかもね』と、結論としてやってみよう、ということになった。
「じゃあ早速、明日土曜だけど朝から学校に来れる?」
『いいよ』
というわけであくる朝の土曜日、私は鹿田さんを連れて登校した。向かったのは家庭科室である。
「よいしょっと」
私は袋を二つ、机の上に置いた。中身はそれぞれ米ぬかと小麦粉。今からこいつでお料理開始だ。作るのはシカが大好きなアレである。
「ただ今より、鹿せんべいを作りますっ!」
私はエプロンの紐をギュッと締め込んだ。
「……で、作り方は知ってるの?」
「うん、ネットで調べたら米ぬかと小麦粉を混ぜて焼くだけだって」
「そんなんで出来ちゃうんだ」
奈良公園のシカ御用達の鹿せんべい。清和町の野生ジカとて嫌いなはずがない。こいつを手土産にしてシカたちの心を開かせる。それが私の考えた作戦だった。
作り方は思っていた以上に簡単だ。ネットで調べた通りの比率に合わせて米ぬかと小麦粉をしっかり計量して、ボウルの中でよく混ぜ合わせてから水を入れてこね回す。出来た生地はちぎって薄く伸ばして円形に整える。あとはこの生地をフライパンで焼くのみ。
「よし、できた!」
奈良の鹿せんべいと比べてちょっと形はいびつだけれど、あっちは機械で作っているからきれいな円になっている。味が良ければ形はどうでも良いだろう。
せんべいの山の中から鹿田さんが一枚とって、匂いを嗅いだ。
「おー、なかなか香ばしい。もしかして人間も食べられるんじゃないかな?」
と言いつつパクリと一口かじると、鹿田さんは「うぐっ」とうめいてしかめっ面になった。
「これは……なかなか独特で何というかその……食べてみたらわかるよ」
「うん、遠慮しとく」
不味い、と言っているに等しいものを誰が好き好んで口にするか。
「奈良のシカたち、『鹿せんべいはとても美味しい』って言うんだけどやっぱ味覚が人間と全然違うんだなあ……」
「でも清和町のシカと味覚は一緒のはず。気に入ってくれればこっちのもんだよ!」
できたてホヤホヤの手作り鹿せんべいをタッパーに詰めて、いざシカとの対話に出発だ。
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