1日目(2)

 ふう、とひと息ついて私はお盆を元あった位置に戻した。母に礼儀だけは厳しく教えられたからかもしれない、自分でもなぜこんな律儀なことをしたのか理解していない。なぜ私がここに来たのかはわからない。まだ恐ろしいとも感じている。ただ、確かに私の緊張は少しずつほぐれていたのだ。ここは変なのだ。確かにここは私を閉じ込めてはいるが、殺そうとか、傷つけようした物は何ひとつないのだ。




 ふと思いたって他の部屋も調べてみた。見たところ水道や電気は普通に通っているようで、生活するにはなんの滞りもない。キッチンのガス台が根こそぎなかったのはそもそも食事は出されるから不要ということなのだろう。


 私の部屋もほとんどの物が他の部屋同様に寸分の狂いもなく置かれている。ここの窓はどうかと思い覗きこんでみたが、やはり正面には海しかない。改めてこの場所の高さを確かめようと下を見ると、鉄格子の隙間から灰色の何かが大量に置かれているのがちらりと見えた。

「なに…あれ?」ここからではあまりに遠く、灰色のものであることしか認識できない。分からないからいいや、と私はあまり気に留めなかった。


 ひと通り見て回ったが、最初からの進展はなくより深く心が折れただけだった。つまり、ただの骨折り損だったのだ。私はがっくりと肩を落としてリビングに戻ってくる。そのあとはどうだったか、頭のなかがぐちゃぐちゃしておぼろげにしか覚えていない。確か家じゅう動きまわってお腹が空いたから、また置かれていたご飯を食べて、ソファーに突っ伏して考え事をしてたんだ。



 それでも、なんで私あの連続失踪巻き込まれたのかってことと、帰りたいってことしか考えてなかった。最後にはひたすら「いやだ、助けて」って言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。何か他のことをしたくても頭がはたらいてくれない。




 …そのまま、1日が終わった。






 救出者No.74 北見奈々 1日目


 初日につき、やはり状況に対する混乱が見られる。なお、彼女自身のニュースを見られてしまったため措置として部屋のテレビ回線を切断した。あの部屋のみテレビ回線が正常に切断されておらず、迂闊だった。

 明日からの適応に期待する。

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