1日目(1)
ふと、目を覚ました。
どれだけ眠っていたのだろうか。眠りすぎてしまったのか頭がズキズキと痛む。
…あれ、私いつ家に帰ったんだっけ。検査を受けるために麻酔を受けて眠ったところまでは覚えている。だけどここは家の、私の部屋のベッドの上だ。
ああ、私はあんなにも貴重な休日を無駄にしてしまったのか。でも、まだ今日は日曜日だ、今日その分ゆっくり休めばいいんだ。とりあえず朝ごはんを食べてから何をするか考えよう。私はゆったりとした動きでベッドから出る、リビングに歩いていく、ここまではいつも通りだった…のだ。なぜあの時私は気づかなかったのだろう。家の中に人気が全く感じられなかったことに。なぜ窓の外を気に留めなかったのだろう。全く見たことのない風景が広がっていたのに。
「おはよう…。」
あくびをしながら入ったリビングから返事はなく、しん、と静まりかえっている。最初からこの家には私一人しかいなかったような雰囲気すら感じられる。
「朝から外出するなんて言ってたっけ…?」不審に思いながらも台所に足を向ける。
何か食べて朝ごはんにしようと冷蔵庫を開けた、ライトに照らされた中を覗き込んみ、まだぼーっとしていた目を見開く。中には何も入っていないうえに、新品のように綺麗だ。いや、それは確かに新品だった。はっと気づいて部屋をぐるりと見渡すと家具がどれもやけに綺麗だった。ずっと使い込まれたはずのソファにも、シミ一つ無い。その事実に気づいたとき、私の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「ここ…どこなの…!?」
心拍数が急激に上がって行くのがまざまざと感じられる。息が苦しくなる。焦りで思考停止しそうになるのをなんとか抑えながら、私はリビングにあったソファにへたりこんだ。
ようやく落ち着いてきて顔をあげると、テーブルの上に置かれたテレビのリモコンに目が止まる。そうだ、電気はきているようだしテレビで何か情報を得られないだろうか。震える手で電源ボタンを押すと、カチリという音と共に画面に映像が映しだされる。ちょうどニュース番組をやっているようだ。しかし内容はいつもと代わり映えのない、私とは全く無関係の行方不明者のもの…のはずだった。
ーーーまた、行方不明者です。A県N市在住の北見奈々さんの行方が昨日より分からなくなっています。捜索願はすでに受理されており、現在警察は、一連の連続失踪事件に関連するものとみて捜査を進めていmーーー
呆然と眺めていると、ニュースは途中で途切れ、耳障りな音をたてながら砂嵐が流れだした。
今、世間で私はいなくなった者になっている。でも、私はここにいる。
なんとかして助けを呼ばなければ…私はふらふらと玄関のある方へと向かった。
「…ない。」
確かにここには玄関のあの大きな扉があるはずなのだ。それが無い。そこには無機質なコンクリートの壁があるだけだ。これでは何度体当たりをしようが脱出のしようがない。私は本当に脱出のしようがないのか。
私の絶望とは裏腹に窓からは光が差し込んで私を照らしてくる。…あれ?光が差し込んでいるのなら窓から出られるかもしれない、ここの窓では小さく、片手を出すのが限界だが、リビングからベランダにつながる窓なら余裕だろう。
私はどこからともなくわいてきた元気でリビングに駆け戻る。
レースカーテンに覆われた窓は、いつものようにそこにあった。手をかけるとカーテンは滞りなく開いていく。引っ張られた部分につられるように上下も開いていくそれは、私にはそのたった1秒にも満たなかったであろうが、何十分もの長さに感じられた。
しかし、こんなにも期待していったっていつも応えてくれるものではない。窓の外には厳重にかけられた鉄格子、その先には当然見たこともない風景が広がっていた。といっても感動するような絶景ではない。どこを見たって陸が見えない絶望的な風景である。それに随分と地面が遠い、私は相当高いところににいるらしい。ここは繋がった陸のない、絶海の孤島なのか。
いざこの部屋から出られたってこの島から出て助かることなんて夢のまた夢だ。
もうダメなのだとようやく認めたとき、待ってましたとばかりに空腹が牙を剥いてくる。先ほどの元気もまた帰ってくる様子はない。
当然だ、今日はまだ何も食べていないのだから。冷蔵庫は先ほど空なのを見たがどうしたものだろうか。今一度台所に視線を移すと何かが増えている。先ほどはこんなお盆、そしてこんなに立派な朝ごはんがあっただろうか?いや、絶対に無かった。私にはそんなことを警戒する余裕などもう残されていなかった。すぐにリビングへと運び、何も考えずにがっついた。
…おいしかった。認めたくはなかったがそれは今まで食べた何よりもおいしかったのだ。焦りと緊張から疲れきってしまった体に沁み渡る。食べ終わったとき、私は暖かい何かに優しく抱きしめられているような心地だった。ああ、ここで生活するのもいいかもしれないな………。
ドン…ドン…と何かに硬い物が叩きつけられる音が聞こえた気がした。
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