幕間 夢・雪

鵞毛のような真白い雪が、後から後から降りてくる。

その先はどこまでも白かった。

雪の生まれるソラはどこまでも曇灰で、降りてくる雪は冷たい。

明るいのか、暗いのか、わからない。明かりもなければ闇も無い。

そも、どちらもこの世には無いのかもしれない。


しんしんと雪が降る。

音は無かった。

何も無くて、段々と耳の奥が圧迫されていく。

我慢できずに瞬いた。

すると、睫毛の揺れるのと眼球を瞼がこする水音が、世界で唯一の音として響き渡った。

雪が溶けて、頬を伝う。

溶けた水が目の脇を通って耳へ落ちる。


ここはどこだろう。

と、思った。

なぜ僕は雪に埋もれているのだっけ。

指を動かそうとすると、関節が刺すように痛む。

耳の中でじんわりと水が溶けて、縁は冷やされて、ただただ重い。

足も重い。腕も重い。

声をあげようにも、口が動かない。

頬も固まってしまったように動かなかった。


ただ、寒くはなかった。

どこまでも白かった。

見渡す限りの白。

見ていると、段々と雪の白が目の縁を焼いてきた。

視界が白くなっていく。

白が。

白が、頭の中に侵ってくる。

もう眼の玉は縮んで落ちてしまうかもしれない。


ぼんやりと見ていたら、いつしか、向こうの方に薄い焦げ跡を見た。

それは薄墨のようにじんわりと広がっていく。

墨汁を垂らしたような衝撃があった。

じわじわと痛いほどの白から這い出すように滲む黒が、こちらへ向かってくる。


ああ、

息をついた。

恍惚のように、愛おしいような。

凍えた涙が雪に跳ねた。

——このまま、僕は眠ってしまうんだ。

瞼が重い。


耳元で、

さくり、雪を踏む音がした。

どくり、心臓がぐにゃりとはねた。

さく。さく。

一歩、一歩と踏みしめて、真白い雪を踏んで、それは近づいてくる。

何かが。何かがやってくる。

何も無い真白い雪を汚してやってくる。

逃げたいのに、体はしんと黙ったままだった。

目が潰れるほどの白の世界は、そのうちに暗くなってきた。



ぼんやりと、カンテラの明かりが燈る。

意識が、遠くへ行ってしまう。重い。ぐらぐらと揺れている。

真っ暗な白の上、男がカンテラの中から僕を覗き込んでいる。

顔は橙色。

目元は暗い。口元も暗い。

橙色の顔をしたランタン男が笑っている。

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