第1幕 雪

第1場 到着はカンパネラ駅

 中央部のすこし北。

 煉瓦造りの大きな駅に、西部地方からの列車が入ってくる。

 石畳と煉瓦、橙色の屋根、こってりしたソースに、パンとバターとチーズ。

 そういうものしか知らずに育って、中央部の生活に胸を高鳴らせている、とある西部地方の青年を乗せて。



 けたたましく鐘が鳴る。

 西部地方の青年、カルは列車からホームに降り立った。

 学校のある街から、特急で二駅、約二時間。

 列車の閉鎖空間にじっとりと汗ばんだ膝の裏が、わずかな風にさらわれて気持ちがいい。

 人の波に流されながら空を見上げる。 昼下がりの夏空は落ちてきそうな青だった。


(ここがカンパネラ駅かぁ)


 煉瓦造りの駅舎はどこまでも伸び、その端から端、隅々まで人で埋め尽くされている。

 さすがはセントラル・シティ中央部最大の駅。

 三年ほど前に改築された駅舎は、既に新たな伝統を紡ぎ始めていた。


「えーっと、待ち合わせ場所は……っと」


 ホームから出れば、芋を洗うような人の波。

 カルは夏の暑さに滲む汗を拭いながら煉瓦畳みの端に寄り、学生鞄から手紙を探った。

 だから、パタパタパタ、という羽ばたきのような小さな足音と、大人の荒網をすり抜ける嬉々とした声に、危ない、と思った時には既に遅かった。


「わあっ」

「ご、ごめんなさい!! 」


 カルの足に柔い衝撃が走る。腕から抜けた学生鞄が床に投げ出された。

 ぶつかってきた女の子が青ざめて叫ぶように言った。後ろから、一緒に走っていた二人の男の子もやってくる。


「ううん、俺もよそ見してたから。君こそ大丈夫? 」

「うん。ごめんなさい」


 しゅん、と三人が項垂れる。夏休みだろうか。それぞれが小さなカバンを肩に掛け、一番年長と思しき男の子は地図と線路図を手にしている。

 一緒に鞄の中身を拾うと、あ、と男の子が声をあげた。


「お兄さん、五星院の人なの? 」


 泣いた烏がすぐ笑う。子供たちの興味は既にカルの制服に移っていた。


「そうだよ。よくわかったね」

「その制服見たことあるもん。よくフラウトの人と一緒にいる」


 ——フラウトの人、か。

 子供というのは目敏い。


「お兄さんここによく来るの? 」

「駅が新しくなってからは初めてだよ」

「じゃあびっくりしたでしょ。綺麗になったから」


 カルは駅舎を見上げて頷いた。


「前の駅舎は石造りで天井も低かったからなあ。全体的に明るくなったよね。何より拠点駅になって大きくなった、昔は一介の駅に過ぎなかったから——ってきみ、前の駅舎を知ってるの? 」


 記憶違いでなければ完成が三年前、改築が始まったのは、少なくとも五年前だったはずだ。一番年長の少年でも、六つ七つの歳の頃に見えるが。

 少年は首を振った。


「あんまり。でも大人がみんな言うんだもん。石で出来てて灰色で、暗くてじめじめしてて、牢屋みたいだったんでしょ? 」


 牢屋。ひどい言われようだ。しかし否定もできない。


「駅が大きくなってから、周りに色んなお店ができて街が変わったんだって」


 セントラル・シティの地区内とはいえ北端に位置する『北八三ハチサン区』は、昔はただの郊外都市だった。しかし街の中心であるカンパネラ駅がセントラル・シティの路線を一手に集める拠点駅となってから、街も変わらざるをえなかったのだろう。

 もう、自分の知る北八三区は無いのかもしれない。

 新駅舎への期待の中にあっても、カルはどこか寂しく思った。


「ねえ、お兄さん、五星院って属性術の学校なんでしょ? 」

「ええ? 」


 カルは戸惑った。

 間違いではないが、ちょっと違う。

 カルはまともな属性術は使えない。

 最年長よりひとつかふたつ幼い男の子がぐいぐいとカルの腕を掴む。


「使って!! なんかして!! 」

「ええーっ……なんか使ってと言われましても」


 そういうのが一番困る。

 自分が五星院の考古学科であり、その中でも古文献が専門であると言った際、「えっ古文字読めるの! なんか書いて! 」と言われた時と似ている。

「何か書けと言われましてもなにを書けばいいんだ」と言いたくなる、あれだ。

 うーんと腕組みすれば、三人は同じように首を傾げた。


「使えないの? 」

「実は使えないんだ」

「使えないんだー」


 背丈も年頃もちょうど階段如くに並んでいるからか、ともに首を傾げる姿はいやに揃った学芸会みたいだ。


「使えるよう。じゃあそうだな……」


 辺りを見回すと、丁度よくホームの端にビー玉が落ちている。


「じゃあこれで」

「何すんのー」


 たかってくる子供達の頭で陽が遮られるのを追いはらいつつ、カルは右の掌でビー玉を包んだ。


(——『共鳴』、開始)

 子供から歓声のため息が漏れる。

 ぼう、と一瞬、ビー玉が青く光ると、次に赤く揺らめいた。


「ビー玉が動いてる! 」


 丸いビー玉に、にょき、とツノが二つ生えた。

 ツノの先端はまるく、大元の球の表面に、点のような突起が三つ、頭を出す。


「ビリビリする、ビリビリする! 」


 女の子がきゃっきゃと飛び跳ねる。

 カルは顔を上げた。


「ビリビリ? そうか、君は属性知覚が鋭いんだね」


 おそらくビリビリ、と彼女が表現しているのは、肌で感じる属性力のことだろう。

 属性力を察知する感覚器官のことを、属性知覚という。

 一番上の男の子が少女を指した。


「こいつね、近くで属性使ってるとわかるんだ。俺が使ってるとペタペタするんだって」

「ペタペタね。じゃあ君の適合属性は水かな? 」

「そうだよ。お兄さんもわかるの? 」

「属性術使う人はね。慣れてくれば、どの属性が、どのくらい離れたところで何をしているのか、大体のことはわかるようになるよ」

「ふーん。ピンとこないや」


 男の子は頭の後ろで腕を組んだ。

 カルは手の中のビー玉に力を込める。

 最後に淡く、白く光った。


「はい出来上がり」


 カルの掌の上に、形を変えたビー玉が鎮座している。


「うさぎだ! 」


 三人が揃って拍手をする。おおーっと目をキラキラさせられると、悪い気はしない。

 一番年長の男の子がうさぎを見ながら、わけ知り顔で腕を組んだ。


「すごい、これが属性術なんだ。俺たちの使える『共鳴』とはわけが違うや」

「これだってみんなの使ってる『共鳴』の応用だよ。訓練すれば誰でもできる」


 ふーんと相槌を打たれるが、「またそんなこと言ってぇ」と顔に書いてあるぞ少年。

 本当のことなんだけどな、とカルは内心呟いた。

 自分は『共鳴』以外、属性術らしい属性術は使えない。

 そもそも読み書き計算と同列の『共鳴』すら、同級生に比べて習得するのに時間がかかったくらいなんだから。


「ねえもう一個作って! もう一個! 」

「次カエル! 」

「あー悪いけど、俺、これから待ち合わせしてるんだ。遅れられないんだよ」


 ちえーと口を尖らせてくる。

 ふと、自分の言葉に固まった。

 待ち合わせ。


「そうだ、俺、待ち合わせしてるんだった……」

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