第一章/最終話「フェンス越しの彼女」
冬休み最終日、日付を勘違いして俺は学校に来てしまっていた。会長様が課題を代わりに出してくれなんて言うから休めなくて、きっとそのせいだ。
職員室に入って、始業式は明日だろって笑われた。職員室前の廊下に立ち尽くした。何を真面目にやっていたのだろう。
今まで俺は適当でやって来られたじゃないか。
14時、まだ外は明るかった。明日になったらこの学校は騒がしくなる。ため息をついた時、大きな電子音が響いた。図書館の方からだった。と、と、との後にさっきより長い音でまた3回、そしてまたと、と、と。鳴り止まない。これは、コンビ二で聴いたときの音と同じだが、それよりも大きかった。いや、厳密に言えば低くなってきている気がする。でもリズムは同じだ。
頭が痛くなった。眩暈もした。吐き気もしてきた。
図書館の方へ向かって、ゆっくり廊下を進んでいると嫌な予感がした。気づいてしまった、いや理解していた、彼女と居る時しかこの音がしないことを。
この音は、生徒会長である彼女からしている。
ふいに、電子音が止まった。図書館の扉をやっとの思いで開けると、そこには生徒会長はいなかった。焦りを覚えて振り返る、階段が目に付いた。痛みで苛立たせる自分の頭をグーで殴った。少し力を入れて殴った。足はいつもより何故か早く動いた。
会長様を探しているとまたあの音が響いた。眩暈が酷くて壁に手を付いてその音が丁度、自分の真上からしていることに勘付いた。
屋上の鍵は、普段は開いていない。
けれど、信頼されきった会長様なら手に入れられるだろう。
焦りが思考を蝕んでいく。自分の足音をかき消すような音を、受け入れるように深呼吸した。呼ばれているような気がした。自分を見失わないように、競争をしているような速さで走った。何かと争っている気がした。
屋上のドアを開けると、すんなりと空いた。一度だけ息をついて、屋上に出る。
黒い、スカートが見えた。
フェンスの向こうに、黒くて長い髪が見えた。
息も吸えなくて、足もうまく動かせずに、でも必死に駆け寄った。走っても届かない場所に、生まれて初めて安心できた人がいる。大事な人がいる。
俺は何だか大事なものを落としてしまう。俺は落としてしまうようだ。
覗き込んだ、俺は踏み出せない屋上の一歩外。
にっこりと笑った会長様は真っ逆さまで、俺に言った。
「ごめんね」
会長様の日記を見た。葬式にも行かなかったくせに、家を訪ねた。会長様は、死ぬために生徒会長になったと綴っていた。馬鹿な人だ、屋上の鍵を手に入れるためだけに生徒会長になるなんて。親の言いなりになって、意思も持てずに、屋上の鍵に手を伸ばして。
もっと別のものがあったはずなのに。
避けられた運命だったはずだ。会長様が酷い環境で苦しんでいても、それでもこの結果は変えられた。あぁ、本当に馬鹿な人だ。あんなにも賢い人なのに、どうして生きるために頭を使わないのだろう。どうして、そんなにも死にたかった癖に俺に近づいたりしたのかと問い詰めてやりたい。
手が届かない。会長様に手が届かない。あの感覚を、繰り返していく。今手の中にある、この日記さえ落としてしまいそうだ。
会長様の遺品はありえないほど少なかった。私物はなかった。縋るものくらい、もっと残してくれればいいのに。
既に、彼女はずっと前に壊れてしまっていた。俺が見たのは、彼女の欠片だったのかもしれない。
欠片だったはずなのに、どうしてこんなに虚しいのか。俺は、会長様を呼んでいる。時折、ぼぅっとして手を伸ばしてしまうことがある。黒いスカートに長い髪の生徒が気に掛かる。
これが、会長様のしたかったことらしかった。彼女の唯一の死にたいという願いで、俺はこんなにも苦しんでいる。この苦しみでさえ、大事だと思ってしまいそうになる。
実際に大事なのは、彼女のほうだった。
彼女は自分の感情すらも疑って、自分のことさえも分からずにいた。俺は会長様のおかげで、少しだけ顔を上げることができたのに。俺は大事なものを学校で得て、学校で失った。
彼女は、もういない。
まだ君が僕を呼んでいる @amamiyarui
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