第3話「シンジュク発チュウオウ線」
「このシンジュクからチュウオウ・ラインをひたすら進んで」
列車キャラバン、雑多な人々が身を依り合わせて組む一大通商計画。その計画の基盤となっている装甲化列車の威風な姿を眺めながら、俺は久しぶりに日の光を身体へと浴びている。
「タチカワまでが、一応の目的地点かな?」
「いんや」
シンジュク・ステーションの座席に腰をかけながら、自分の手持ちリソース、弾薬やらの在庫が記されていると思われる大学ノートを見つめつつ、それの勘定をしていた「船長」が。
「コクブンジまでだね」
「迂回か?」
「んだ……」
俺の独り言にその首を向けて、しわがれた声を放ちながら頷いてみせる。
「タチカワ・クレーターの放射線は避けなくてはならねぇ……」
「まあ、そうだな」
「そのままにチュウオウ・ライン、メインの鉄道線を離れて」
シュ……
椅子から身を下ろした船長の鉤手、それがコンクリートの地面へと置かれた何十年も前の地図の上を滑り。
「セイブコクブンジ・ラインを進んだ先にある程度の位置にあるコガワ旧シェルター、とりあえずはそこまで行く」
「難儀だな……」
「そっから、ハイジマまで一直線だ」
「口で言うほど、簡単じゃなさそうだ」
ジ、ジィ……
俺は天へと輝く、吸血鬼の目という人体改造能力を持つ俺にとっては疎ましい「天の恵み」を忌々しげに睨み付けつつに、自分の身体を「船長」の横へと跪かせる。
「まあ、大キャラバン計画だからな」
「仕方がないか、船長……」
「電車、これを使うだけでもハイリスク・ハイリターンだよ……」
フゥ……
彼、ため息をつく船長にはボヤキにはそれなりの正当性がある。あらゆる場所からかき集めた電力発生装置、ソーラー発電機やダイナモを使って蓄えた電気の「貯金」を一気に吐き出そうとするのだ、この計画は。
ガゥウ……
「チュウオウ線の先頭車体の馬力で、真ん中の列車砲を本当に引っ張れるのか?」
「鈍足でやってのけるしかないが……」
「やっぱり、車体の上へ取り付けてあるソーラーパネルだけでは電車は動かないか」
「当たり前だ」
筋骨粒々とした体躯を誇る傭兵の男の声に、現代では貴重な技術者の男がその眉間へ皺を寄せながら、軽く肩を竦めてみせる。
「それでも、幸か不幸か」
彼、技術者はその目へと掛けた眼鏡に太陽の光を反射させつつに、その手のひらを車体へパンとつけた。
「どのみち、軽砲装備の列車砲車輌だ」
「重くはない、か」
「逆に言えば、防衛力に不安がある」
「と、言うことは結局の所は、さ……」
「あんた達、重火力で装備を固めた連中と」
技術者、金色の髪を持ち青い瞳の色をしたハーフと思わしき技術者の視線の先には。
「第二戦闘列車による護衛、および22式戦車等の追従戦闘車で、何とかやり過ごす」
「あのな、自動戦車はな……」
傭兵の男が苦々しく、その半自動式の電動戦車へその目を向けつつに、胸ポケットから闇タバコを取り出し。
「所詮は、もともと数合わせの豆戦車だ……」
その内の一本を、近くに転がっていたゴミ箱の残骸へと置きながら。
「火を起こすのか、あんた?」
「タバコ用だ、大した大きさの火にはしない」
頬へ深い傷がある女へそう無愛想に答えながら、男は先程まで食べていた食事の残りである乾燥人肉を乗せた盆、その干し肉へ手のひらサイズのレンズをかざす。
「あの22式自動戦車は、大した性能はない……」
強烈な太陽光を集束させてタバコ用の火種を作りながら、その大男の傭兵は自分の骨格そのものから曲がっている自前の鼻を軽くこすった。
「それでもレイダー、野盗共に対する威嚇は充分だし」
「解っているさ、金髪技師フルハウスさん」
「どうにか、殺人ドローンやアンドロイド等へも有効だ」
シャア……
照りつける、極めて強い太陽の陽射しが傭兵の男を含めその辺り一帯へとたむろしている人間達、そして箱形をした列車上部へと設置されたソーラー・パネルを強く照らす。
「集まってきたよな、船長……」
「そりゃ、そうさ」
「頭数が増えるのは、いいことだが……」
チュウオウ・ラインの高架は決して広くはない、それにも関わらずこのステーションのホーム下路線へと集ってきた連中のバイクや車輌。俺はそれらによって上手くこの「キハ068型」達、通称として。
「キハ・オメガ達の進行を邪魔しないだろうか?」
「無用な心配さね……」
「そうか、船長?」
ドゥ……
話し込んでいる俺と船長、その隣へ人一人の影が大荷物を戦闘車輌から降ろし、それを俺達の方へ持ち運びをしながら。
コゥ、ホゥ……
耳障りな、呼吸音を響かせる。
「お前さん、ヤマノテの吸血鬼はあまりキャラバンのルールを知らんみたいだからな」
「俺の活動範囲は333mのタワー付近だったからな、船長」
「お前さんは少し単独行動を好み過ぎて、集団で行動する連中のやり方を、結構知らねぇ……」
「仕方ねぇだろうが……」
正直、暗視の能力がない他の連中が真っ暗闇の中、たとえば電灯が付かなくなった地下デパ等を漁る為についてきても、警備システムの目印となってしまうだけだ。
「人間の視覚と同じ光学センサーを持つ、あるいは同業者である人間相手ならば」
そういった手合いが相手ならば、暗闇の中に限れば「チート/暗視」を持つ、他の補助装備を使わずに目が見えてドンパチが出来る俺が圧倒的に有利となる。
「昔の即製兵士を作り出す為の改造人間技術、バンザイと言った所か……」
「おお、これは……」
戦闘車輌を駆る人間の内の一人、先程からガスマスクを着けた男が「船長」の元へ持ってきた数々の袋。それらの中身を見て、船長は感嘆の声を上げると共に、小さく口笛を吹く。
「ピカピカの迫撃砲砲弾、こりゃ他の連中へ高く売れるよ」
「コレを全て、高射砲の弾へと変えたイ……」
「高射砲?」
「ウン……」
そう言いながら、ガスマスクは自分の愛車、大型機動車と高射砲が合体している風の対空戦闘車へとチラリとその面を向け、その後に青空へ向かって、その指を突き付けた。
「アブロバルカンが確認されタ」
「おいおい……」
「ラプターもダ」
恐らくはその特異な対空車から見るにエアロハンター、鳥落としを専門としている戦士の言葉には、俺も苦笑いを浮かべてみせるしかない。
「車掌さんに、伝えるべきだな……」
義手を動かしながらしかめ面を浮かべている船長、そのまま彼は近くにいた二人組の男女へ声をかける。
「おおい、迫撃砲の近くでタバコを吸うあっぱれなオスとメス!!」
「あのな、船長さん……」
ジュウ……
確かに第一車輌、取り引き用列車の中間部分列車砲の近くで火を灯していたこの二人組の傭兵の行いは豪胆、というより。
「命知らずだ」
いや、別に勝手に死んでくれて俺達へ遺品を預けてくれるならいいが、列車砲の弾薬へ引火したら確実にこのホームもろとも吹き飛ぶ。俺達も含めて。
「俺達の名前の後には虎を付けろ、オス虎メス虎と呼べとあれほど……」
「さっき、そこらへ車掌さんが居なかったか?」
「フン……」
プゥ……
大男の線路へのタバコのポイ捨て、今では別に誰も彼を咎める者はいない、自由な世の中だ。
「いんや、いたのは技師さんの方だったよ、船長」
「そうか……」
その彼らの会話を聞きながら、俺はシンジュク・ステーション、それの「チュウオウ・12」とデカデカ標された粗雑な作りの看板の方向へ、指を差しながら。
「護衛の第二、武装列車の方ではないか?」
「そうだろうけどさ……」
「少し行ってくるよ、船長」
「すまんな、吸血鬼」
ニィ……
俺は彼、やり手の商人である「船長」へ向けて鋭い犬歯を剥き出し、自分では魅力的だと思っているスマーイルを浮かべたが。
「キーミが悪いぞ、吸血鬼とやラ」
「てめーにゃ言われたくねぇ、面妖野郎!!」
「ヒドいやつダ……」
「チュウオウ・7」と書かれたプラスチックの看板がぶら下がる、輸送列車の反対側のレール上で自分の対空戦闘車の様子を確かめている「ガスマスク」へ向けて俺は一つ怒鳴りつけてから。
「サイコ野郎が!!」
「メソ、メソ……」
「わざとらしいんだよ、全く!!」
奴へ向けて、強く中指を突き上げた。
――――――
「おい、オッサン!!」
「んだよ、若造!?」
幸か不幸か、ちょうど太陽光発電のシステム、ソーラーパネル付き蓄電池がチバの方から大漁に確保、届いたのを良いことに、シンジュク構内ではその灯りを贅沢に使用して馬鹿者共がパーティーじみた事をやっている。
「アブロバルカン、出たんだってな!?」
「さぁな!!」
酒の匂いが酷い若造、彼の後ろでは何人かの男女が明るい光の中、輪になって真っ盛りをやっている姿に俺は。
「あのな、電気を無駄に使うんじゃねえ!!」
「うるさいわねぇ、オッサン……!!」
「あと五日もしたら、雨が降る予想らしいんだってよ!!」
「だとしたら、なおさら……」
ヴァウ……
そのケダモノじみた嬌声を上げる彼女の様子、それはおそらくドラッグもキメている証であろう。
「今、やっとかないとねぇ!!」
「全く……!!」
まあ、こんな刹那を楽しむしか能が無い奴等はどうでもいい。俺は何時になく明るい、いや吸血鬼の目を持つ俺にとっては眩しすぎて苛立つ光に満ちたシンジュク構内を歩く。
「オッサン、アブロバルカン!!」
先程オージーに加わっていた少年が、構内へと響きわたる怒声、嬌声、奇声、あらゆる禍々しい歓びに満ちた狂乱の渦へ神経を苛立たせていた俺に向けて、再び声をかけてきた。
「だからなんだって言うんだよ、若造?」
「俺も列車キャラバンに加わるぜぇ!!」
「あのな……」
天空のノラ兵器、それを撃ち倒すのは並大抵の腕前、そして装備で出来るものではない。その手の事に関しては門外漢である俺ですら容易に想像がつく。
「てめぇに、まともな武器があんのかよ……?」
「あるー、よぅ!!」
その少年、彼の目が鈍く光を失い、澱んでいるのは飲酒のせいだけではあるまい。
「ジャーン!!」
「ああ、アッサルトね……」
「こいつで、あのデカ鳥を落とせばさ……」
間違いなく、ドラッグが脳を支配していると思われる少年が背中から取り出したアッサルト・ライフル、俺の愛用のMK-10アッサルトと同タイプのそれは、確かに良い銃器ではある。
「アブロ落とせば、一生女と酒と食い物とヤクと……」
「んー、まあ……」
向ける相手が人間、そしてソフトスキンのバケモノや粗製の自動警備システムであれば、だが。
「まあ、頑張ってくれ……」
「イエーイ!!」
ガッ、ガア……!!
「ああ、ミスズちんが!!」
余剰電力でパソコンを起動させ、何やら昔のアダルト・ゲームをやっていたらしい巨大な体躯をした老婆が「ラリ」となっている少年の銃発砲により。
「おい、あんだ!!」
「んだよ、ババア!?」
「ミスズちん、ピンチを通り越してお陀仏まっしぐらになっちまったじゃねかさ!!」
モニターを壊され、画像として映っていた美少女が「ガオゥ」という断末魔を残して消滅する。
「どして!!」
パァン……!!
何かやたらと古めかしい、確か「モーゼル」とか言う名前の拳銃から放たれた弾丸によって、少年の額へ孔があいた。
「そげなこと、するかなぁ!?」
ピィーイ、ピィ……
老婆によって殺された少年の死体へ、ドヨリとした眼(まなこ)をした十歳前後と思われる少女がリコーダーを吹きながら、近づき。
「良いもんみっけ……」
「最近、ヤクの在庫が余り気味なのかな……?」
「きゃはあ……!!」
死体が握りしめていたライフルを手に取る姿へチラリと視線を向けた後、俺は護衛列車が待機しているホームへ続く階段を駆け上がっていった。
世界のなれの果て 早起き三文 @hayaoki_sanmon
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