第2話「これで周りは明るくなっただろう?」
「退屈な映画だったなあ……」
好きな漫画が原作だと期待していたその反動。それはただ単に駄作を観させられる、それよりも「こたえる」ものだ。
「元の作品は面白そうな、異世界転生物だったのにな」
寒い冬の風の中、学生服の上へと纏ったコートの襟を立てながら、少年は近くのコンビニへ向かおうとする。
「あーあ……」
最近は面白いテレビ番組も、ネットに出回る目ぼしいメディアも無い、退屈な日々だ。
「本当に、さ」
ヒュウ……
冷たい風が、ぼやきを続ける少年の頬をつよく撫でる。
「異世界にでも、転生出来ないかな?」
とはいえ、無論少年はトラックの前へ立ちふさがるような無茶、いや常軌を外れた行動などは行わない。当たり前ではあるが。
シィ……
「ん?」
冬の空、雲一つ無い快晴の天へ、何かが横切る。
「飛行機、かな?」
そのわりには、少年がじっと見つめる空を切り裂くように飛翔する物体は何か、異質さを強く少年へ感じさせた。
「沢山の、戦闘機?」
空高く舞うその物体、シャープ・ペンシルのようにも見える飛翔体の群れは。
「どこにいくのだろう……?」
疑問にその首を傾げながら、暖房の効いたコンビニへその目を向け。
「まあ、いいか……」
中へと入る、未だに厨二病という思春期ならではの特権、それを満喫している、少年の望みを。
イラッシャイ、マセェ……
「あ、おでんのコーナーが改装中だ」
それらの飛翔体群、焔の槍の同族達は。
「ちっ、肉まんは売り切れか」
全世界のあちこちから。
フォウン、フォウ……!!
「ん?」
同じ仲間を呼び集め。
「この音、スマホの何とかアラート?」
数分後に、数日後に。
「後で、ニュースでも見るかな……」
願いを、彼のノゾミを叶えてくれた。
非常灯の灯りのみが、その人も物も、湿り気に満ちている薄昏い市場を照らす。
「リアカーのレンタル代くらいは、さ」
夜市、昔の地下鉄の構内で行われるバザーで、俺は目の前へと腰を下ろしている片目の男へと顔をグイと近づけた。
「差し引きでロハになんねぇかな?」
「ダメダメ……」
片目、片腕、そして片足という、昔の海賊映画に出てきそうな風体をした、通称「船長」と遺跡漁り達に呼ばれている男は、その厳つい顔をゆっくりと横へ振る。
「銃器というものは、場合によっては修理の方が手間が掛かるんだ」
「そうそうに悪い状態ではなかったように見えたけどな」
「閉鎖部、そしてマガジンの固定器がガタガタだ」
フゥ……
船長はその義手に括り付けてあるタバコ、それの天井へと浮き上がる煙へ唇を寄せ、わざとらしく俺の顔へと吹きつけた。
「このへっぴり銃を買う奴は、俺の同類になりたがる変わり者だけだ」
「そいつらの元の持ち主、その仏さんもヒイコラ運んで来たんだぞ?」
「最近、少し有機物の在庫が余り気味でな……」
「クソ……」
だとしたら、同業者の死体達を貧乏人根性を出して運んできた俺は、まさしく無駄骨と言える。
「冷凍保存をすると、その御陀仏さんの臭いが移るんだよ」
「パワーベルトを五回もチャージしながら、エンヤと運んで来たのにな……」
「ご苦労なこった」
その船長のからかいの言葉、しかしその台詞の中に僅かながらも同情するようなニュアンスがあったことに、俺は自分の唇を少し歪めてみせた。
「どうするか、こいつら」
「ワシが知るものかよ……」
リアカーへと積まれている人体有機物、売れないと解れば、まさしく始末に困るというもの。
「西のキョウトに、確か食用バケモノを飼っているグループがいてな」
「だから、何だよ?」
「ソイツらに食わす餌、それの調達に困っていると、キャラバンからの噂を耳にした」
「どうやってここシンジュクから、腐らせずに持っていけと言うんだよ、アアン?」
「そう怒るなよ、年甲斐もなく……」
「フン……」
年、そう歳の事を言われて、俺は一昨日の残酷な夢の事を思いだしてしまい。
シュポゥ……
「タバコを吸うだけのバレットを持っているなら、しばらくは安心そうだな」
「銃弾のゆとりなんぞ、俺にはねぇよ」
自分がキンケツだと重々に解ってはいたが、つい苛立ちの心が俺の手をタバコに伸ばさせてしまう。
「今では、諭吉さんの代わりがこの鉛弾達とはね」
「諭吉さん、ハハ……」
パッサ……
「持ってんじゃないかよ、船長?」
「やらねぇぞ?」
「いらねえよ、鼻紙なんぞは」
とはいっても、別に紙幣というものは通貨としての価値を失っても、使い道が無くなった訳では無いこと、それを俺はブラック・ジョークとして知っている。
シュウ……
「確かに、銃弾は安定した通貨となってはいるが」
短くなったドラッグ・シガーの火を燻らせながら、そのギョロリとした片目を細めて「諭吉さん」を見つめている船長。
「これを見つめていると、さ」
「目付きがイヤらしいぞぉ、船長さんよ?」
「一度、競馬で百万を当てたことを思い出すよ」
「へえ……」
そのしみじみとした、船長の声。もしかすると、彼も俺と同じく昔の楽園の夢を思い出して。
「嫁さんに、ようやく結婚指輪を買ってやれたな、あの時は……」
「そうか」
「金が無く、式も挙げられなかったから、さ」
いつまでも、見続けているのかもしれないと、俺は暗がりの中でそう想像してしまう。
「諭吉さん、諭吉さんね……」
ポゥ……
「おい、船長……?」
「これで、さ」
突然、手持ちのライターで諭吉に火を付け始めた船長へ、俺は両目をしぼめつつ彼の顔をじっと見やった。
「周りが明るくなっただろう?」
「アア……!!」
これが昔の貨幣の使い道の一つ、他にも鼻紙や手拭きとしても使え、その度に一瞬とはいえ、皆へ笑いが起こせる。
「俺も昔、その社会の教科書へ描かれていた成金のすること」
「やってみたかったよな?」
「ああ……」
クゥク……
俺達のバカ話を聴いていたのか、近くにいた傭兵風の男女カップルが、その顔を綻ばせて忍び笑いを漏らし始めた。
「オッサン、その仏さんたちさ」
傭兵達の内、髪を派手に染めた女が俺の額を指でつつき、ニコリと笑う。
「12.7mmが二百発、それならアタシ達が買える」
「ほう?」
「石鹸、作っている奴を知っているのよ」
「さすがは美人なモデル・ガール」
「あら、ウレシイ」
「お美しい方は美容にうるさい」
ガッハ……!!
その俺の世辞、今度は男の傭兵がその熊のような体躯を揺らして豪快に笑い上げた。
「こいつが美人だってな、オッサン」
「お客様は女神様っと……」
続いて俺の口から出た二発目の世辞、それに女はその頬へ幾筋も刻まれた傷跡を緩まさせ、船長はカタカタと義足を揺らし。
「キスもオマケしちゃおうかしら?」
「助平な中年め、おい?」
よく笑ってくれた。
―――
〔最終収穫〕
・12.7mm弾(200発、状態良好)
・スマイル
〔支出〕
・人体(三個、状態不良)
・エネルギーセル(五個、パワーベルトに使用)
・リアカーレンタル代
《──総合収支/やや良好──》
―――
「銃器、ねえ……」
「何だよ、船長?」
懐から特殊ビニールで覆われたドリンクを取り出しながら、俺は船長へ弾丸の形と機能をそなえた「通貨」を地面のコンクリートへバラリと広げ、彼へと渡す。
「まさか俺達が、さ」
俺が大枚を叩いて買った、新しい「MK-10アッサルト」にその片方だけの視線を向けながら、少しはこの界隈で名が知れた商売人「船長」は軽くため息をつく。
「こんな商売をしようとはな」
「それを言うなら、俺だって」
このライフル、問題こそあるにはあるが、完全な戦いの素人であった俺、ゲーム等でしか銃など撃ったことがない俺がここまで生き残れたのは。
「こんな世界に異世界転生をするとはな」
「異世界転生、流行ったよな」
「戻りたい、現実に」
習熟が極めて容易なこの銃器群、どこからか海を越えて運ばれた「次世代銃火器カテゴリー」によるところが大きい。
「感傷的になるなよ」
「解っているさ、船長」
「これで涙を拭け」
そう言いながら、船長が差し出した一枚の紙。それを手に取る俺は知らず知らずに自身の口の端へ笑みが浮かんだようだ。
「やってみたかったな、これは」
まさに、お金の魔力。
「その諭吉、くれてやる」
「太っ腹だ」
諭吉さん、一万円をポンとくれる者の存在が許される、この優しい世界。
「ここは天国かな、地獄かな?」
「このヤマノテの洞窟のそばに、何かドデカイ怪物が現れたらしくてな」
「へえ……」
トゥ……
船長から受け取ったアッサルトは「吸血鬼の目」を駆使して隅々までを見るに、かなり程度は良いみたいだ。
「その近くを通っていたキャラバンの連中が、喰われたか連れ去られたかって話だ」
「地獄だな」
夜間視界、所謂一つの「チート」能力を偶然手に入れた俺にとって、この位の非常灯の光さえあれば、昼間も同然といえる。
「残された荷馬車とかには、随分な食い物、薬、武器類が手付かずに残っていたみたいだ」
「天国だな」
ズゥ……
まあ、どのようなチートと言っても、今俺の喉へ押し込まれている特製トマトジュース。それを飲むことが必要であったり、その他の不自由はあるのだが。
「そのバーゲンセール、取り合いが酷かったらしい」
「地獄だ」
「そのお陰で、さっきの傭兵達も羽振りがよかったのかもしれんな」
「天国だな」
普通は、たかが三つの破損人体に二百弾も付くようなものではない。
「しかし、最近はその手のデカブツが多く出てくるな」
「世界の破滅、かねぇ……?」
「何を今さら、船長」
俺のその無愛想な返事に苦く笑う彼をよそに。
「どうせ世界が滅ぶなら、あそこへ行ってからだな……」
俺は以前から目星を付けていた場所へ向かうために必要な品々の調達方法、それを考え続けていた。
───
〔追加収穫〕
・諭吉(一枚)
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