世界のなれの果て
早起き三文
第1話「狩人」
「くそ!!」
得物であるライフルがジャム、弾詰まりを起こした事に俺は悪態をつきながらも、即座にMK-10アッサルトを投げ出し、腰から予備のピストルを取り出した。
ザッ、ザァ……!!
迫り来るアリども、人の身体ほどもある怪物へ向けてヘヴィピストルの銃口を向けると同時に、俺はそのピストルを保持する腕のベルトのスイッチへ空いた左手、その指先を這わす。
グゥ……
何度使用しても慣れない、一時的な筋力増強剤による副作用。それによる身体が締め付けられるような不快感をどうにか俺は無視し、ピストルの引き金を強く引く。
ド、ドゥ……
セミ・オートで発射されるピストルからの18mm弾、それによる反動は到底に人の手で支えられる物ではない。しかし、その分には。
ズ、シャア……
「巨大アリ、それの外殻なんぞは紙切れだな……」
漆黒の闇の中であるとはいえ、俺にとっては僅かな光さえあえば昼間同然だ。その俺の視線の先では、ちょうど最後のアリが18mm弾丸により弾き飛ばされた。
「フゥウ……」
大口径ピストルを保持するために起動させたパワーベルトのスイッチを切りながら、俺は深いため息をその口から出す。
「余計な手間がかかったぜ、全く」
大体、先程の同業者にして商売敵である連中とやりあっただけでも無駄極まりないトラブルであったのだ、その上に虎の子の高速度ライフルまでが故障したとあっては。
「このシェルターで、帳尻があえばいいがな……」
ドゥプ……
懐から重たい、特製の「ジュース」を取りだし、そのプラスチック製の封からチューブを身に付けているヘルメットの口吻部へ差し込みながら、俺はアリどもの死体、大きな風穴が空いたその残骸へ実と視線を投げ付けた。
「肉に外殻は肉屋、触覚はドクターにでも渡せばいいかな?」
とにかく、今の段階では収支はマイナスである。少しでも金になるものであればそれを見過ごす道理はない。
「さっきの連中の身体、そして所持品は今一つ値打ちが難しそうだからな」
まあ、その同業者が劣悪な装備しかしていなかったお陰で、俺は昔のムービーのようなワンマン・アーミーが出来たのではあるが。
「収穫」
・巨大アリの肉(約三匹分)
・巨大アリの外殻(約三匹分)
・巨大アリの触覚(約三匹分)
上記、幾つかは運搬困難な為に廃棄予定。
「白骨死体、肉は無い」
シュウ……
脚へと付けてある「ネズミ避け」が発する音が耳に障るのは今に始まった事ではないが、それでも金目の物を探す時の妨げ、気を散らすものである事には変わりがない。
ガァ……
「クソ、駄目か……」
とうの昔に電源が切れたと思しき冷蔵庫、そこへ入ってた食べ物の腐りきった臭いが俺の鼻を強く突いた。
「とうの昔に全滅、したようだな」
そう俺は呟いきながら、再度先程の白骨死体へ己の目を向ける。
「せめて、肉さえ付いていれば有機質として膠でも作れたものを」
ぐるりとこのシェルターを見回ったが、収穫といえば幾つかの缶詰と保存状態が劣悪、まともに動作が出来ないような銃器類のみだ。
「チッ……」
ガゥ……
苛立ちを抑えきれない俺はその仏さん、白骨死体の頭蓋骨を軽く蹴飛ばす。
「フン……」
どうせ、こんな事をしてしまった「夜」は悪夢に、死人達の御登場を見せられる不快な睡眠になるとは解ってはいる。しかし、それでもなおに俺はこの不届きを止められない程、今回の商売のあがったりさは酷い。
「ん、まてよ?」
そういえば、このシェルターの入り口、そこの脇に小さなドアがあったことを俺は思い出す。
「その直後、アリどもが出てきたお陰で、忘れていたな……」
そして、ヘルメット内蔵式である呼吸保全装置のリミットの事もあり、後回しにしていたのだ。
「あてには、できねぇがな」
口の端を歪めながら苦く笑った俺は、もう一度部屋を見渡し、まともな獲物が無いことを確認したのち、足元の白骨死体、女物の服のなれの果てと思われるボロ布へとその視線を注ぐ。
「あばよ、仏さん……」
俺は先程に蹴飛ばした頭蓋骨を「元の場所」へ戻してやってから、この避難シェルター内の最後の部屋を後にした。
「収穫」
・ミートソースの缶詰(二個)
・人工肉の缶詰(一個)
「よし!!」
どうやら、この小部屋は医療品の貯蔵庫であったらしい。数こそ少ないが、使用に耐えうる薬品が外気遮断ロッカーの中に眠っていた。
トゥ……
「血液パック、これは助かる」
輸血用の血が入った、強化ビニール製で出来た袋の束、俺にとっては食料や水よりも無くてはならない、必需品である。
「ん、これは……?」
気温がやけに低く感じる保存室、それの片隅に置かれた、大型ロッカーに俺の視線が止まった。
クゥ……
「鍵、か」
そのロッカーの上蓋を引き上げようとしたときに感じた抵抗に、俺は急いで腰の後へ括り付けてあるポーチからテープ・ボムを取り出す。
「酸素提供が残り少ないからな」
周囲の空気を確認したところ、特には有害な物質が含まれているわけではなく、放射線判定も異常値を示していないが、それでも生身の顔を初めて入った場所へ無造作に晒すほど、俺は胆が太くはない。
スゥ……
慣れた事だ、電子キーや金属の鍵を取り外す技術を持たない俺にとって、爆破解錠は。
「3、2、1……」
テープ・ボムに接続された起爆剤、それの簡易モニターが指し示す数字を俺は口の中でもカウントをする。
ゴゥ!!
軽い爆発、張り付けたテープが鍵があると思しきロッカーの中央部分を吹き飛ばした。
「さて……」
この保存ロッカーのタイプもまた、俺には見馴れている。大昔に俺の実家にもあった物入れ、どこかのベストセラー商品であったらしき物。
「冷凍肉、天然か人工物か……」
おそらくはこのような場所、医療品の保存庫であったこの部屋にあった以上、食用として保管されていたのではないと思うが。
「煮て食えば、全て同じだ……」
もしかすると、人間用として作られた移植用の人工組織なのかもしれないが、別にどうでもいい事である。
「どうにか、差し引きがプラマイゼロ、にはなったかな?」
ヒュウ……
俺の口笛と同時に、その音色とよく似た警告音がヘルメット内から軽く俺の耳を打つ。
「急ぐか……」
「最終収穫(上記は省略)」
・血液パック(八個)
・冷凍人工肉(三塊、計約6キロ)
・緊急止血剤(二個)
・緊急外皮修復剤(四個)
・LM-88マシンピストル(二個、状態不良)
・MK-10アッサルト(一個、状態劣悪)
・9mm弾(約60発、状態不良)
・5.56mm弾(約20、状態劣悪)
・人体(三個、状態不良)
上記、幾つかは運搬困難な為に廃棄予定。
「支出」
・MK-10アッサルト(廃棄)
・銃弾リソース7割
・他リソース5割
「総合収支/良好」
「ハハッ……」
やはり、予測通りに悪夢が俺の頭を掻き乱した事に、ボロ板から日の光が差し込む小屋の中、俺は自嘲の声を上げた。
「しかし、に」
まさに極め付きの悪夢、残酷なそれに対し、我ながら知らず知らずの内に涙を流した事、それに俺はしばらく気がつかない。
「ファミレスにコンビニ、居酒屋でのドンチャン騒ぎ」
昔の夢、楽園での想い出。
「フ、フフ……」
涙が、止まらない。
「懐かしいな……」
ガッ……!!
虫食いだらけのベッドの脇、これまた古びた、一片の値打ちも無さそうなサイド・テーブルへ置いてあった睡眠薬を浄化水で流し込みながら、俺は再び毛布に包まる。
「夜までには、まだ時間がある……」
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