生闘会
「――。」
この一瞬、何が起きたのか。レオンは自ら振り下ろした腕の先を追っていた。
月島大地の首目掛けて振った手刀は、月島大地に届いていない。中途半端に止まっている。
いや、止められていた。
月島大地との間に割り込んだ、黒い刀によって。
「何のつもりだ」
問うが、返答は来ない。その代わりに、刀身から鈍い光をぎらつかせている。
「……また、邪魔をするつもりか。小娘が」
ギリギリと、刀とレオンの手刀が押し合う。レオンの力に圧倒される事無く、その鋭い眼差しを向けている。
更に気配。
拮抗が崩れる。レオンは一足飛びで後方に下がった。
直後、レオンが先程まで立っていた場所に突風が吹き荒れた。それも、硬いコンクリートの地面を抉る程の、鋭い風。
「ぞろぞろと……っ!」
レオンは体勢を整え、直ぐに目の前の少女を睨んだ。
長い髪を後ろに束ねた少女が、レオンと月島大地に割って入るように、威風堂々と立つ。
「またと言わず何度でも、あなたの前に立ちふさがってみせますよ」
「牡丹!」
上空からの声に、牡丹は顔を向けた。
「すみません、サラ。駆けつけるのが遅くなりました」
直ぐにレオンに向き直り、再び刀を構える。
「何で……どうして――」
『それは、どうしてのこのこ遅れてやってきたのか、という意味か?』
更に別の声。倉庫の入り口から別の少女が立っている。
「久々に使うから、加減なんて出来なさそうだな」
真っ黒な扇子を広げて、その手に携える。「もっとも、手加減なんてするつもりは毛頭無いが」
時雨はその場で振りかぶる。その初動にレオンはいち早く反応を見せた。
「させん!」
時雨が扇子を横になぎ払うと同時、レオンは銃口を空へ向けた。間髪いれずに数発の黒い弾を飛ばす。
上空のサラ、正確にはサラを捕らえているグールを目掛けて、刃のような鋭い風が黒い扇子から生み出された。
刃が届くその前に、レオンが放った銃弾と衝突する。瞬間、風が銃弾の回転に飲み込まれ、瞬く間に空気の刃はかき消された。
「……」
時雨のけん制が止められた。だが時雨は分かっていたように、動揺する素振りすら見せなかった。
凛とした立ち居振る舞いで、時雨は倉庫内に足を踏み入れる。
「やはり、元を絶たなければならんようだな」
「……こんなところにぞろぞろと、一体何の用だ。というのは愚問か」
レオンは睨みつける。
「私の大事な書記が、無鉄砲で向こう見ずで頭よりも身体が先に動いてしまう馬鹿な男でな。いきなり飛び出して行ったから、探しだすのに一苦労だった」
時雨が皮肉を口にする。言葉に棘があっても、大地に対して怒っていない事は、その顔を見れば分かる。
「今度は間に合った。で、いいのか?」
時雨は牡丹の隣に凛と立つ。大事な仲間を、大地を敵から守るように。
「あんたたち……」
「心配するな、サラ」
サラの言葉を遮るように、視線はレオンに向けたまま、時雨は割り込む。
「この男の事だ。お前を連れ帰ると言ったのだろう? そう約束したのだろう? だったらお前はどっしり構えて、待っていればいい。この男の約束を果たす為に、少々私達も手伝うつもりだがな」
牡丹も「そいうことです」と相槌を打つ。
二人の少女が、強敵と対峙する。
「……ここからは個々の闘いじゃない。『生闘会』活動だ」
色条院時雨は、堂々と言い放つ。
二人の少女がレオンを見据える。レオンにしてみれば、この二人に今更脅威など感じない。
「たかだが小娘二人で、この俺に挑むというのか?」
「いや、二人じゃない」
時雨は当たり前のように言った。「私たち三人でだ」
今だに呻き声を吐き続ける月島大地を入れて、三人でこの男と闘う。
「何を言うかと思えば」
レオンにしてみれば、冗談以外の何ものでもない。
「その小僧はもう元には戻らん。早く息の根を止めねば、グールが一体増える事くらい、元老院の犬であるなら分かっているだろう」
「貴様。私の部下であり、後輩であり、大事な仲間であるこの男をこれ以上侮辱する事は、誰であろうと許さん」
射るように、時雨はレオンを睨み付ける。
「仲間というのなら、尚の事だ。小僧が堕ちるのも既に時間の問題だ。グールと化す前に、人間として殺す慈悲くらい、『生闘会』として見せたらどうだ」
「慈悲? そんなものは必要ない」
時雨は大地に向き直る。
「貴様に言われなくても、この男も、私も既に覚悟はしている。グールの力に支配されたその時は、会長としての責務として私自らでその首を跳ねる、と」
もう既に、月島大地という原型は崩れていた。それはもうただの人型の黒い塊にしか見えない。
大地は二人の存在すら把握しておらず、こちらに見向きもしない。
「ああぁああがぁああぁ……!」
ただただ醜い獣の声を上げている。人の形を維持することもままならない。黒い影が次々と月島大地の全身を覆い、今にも全てを飲み込もうとしている。
レオンの言う通り、もう手遅れにしか見えない。それなのに、そんな姿を目の当たりにしても、時雨は一切、疑っていない。
「だが、まだその時ではない。そうだろう、大地?」
時雨のまっすぐな眼差しが、大地に向けられる。
月島大地の事は誰よりも知っている。時雨と行動を共にしてきたこの男は、こんなところで終わったりはしない。間の抜けた男だが、自身の限界なんて軽々と越える奴だと、時雨はとうの昔に知っているのだ。
時雨だけでなく牡丹も同じように、月島大地が闇に奪われる心配なんかしていない。
「……お前は――」
時雨は一言、大地に向かって口を開いた。
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