死闘2

 一瞬で間合いが詰められる。

 受けたダメージなんて一切ない。そんな錯覚を魅せられる程、攻撃の速度は全く変わらない。

 狂気が、目前に迫る。

 即座に首を逸らした。レオンの拳が僅かに鼻先を掠める。摩擦で焦げ付いたような匂いすら感じる。

 まともに受けてしまえばそれは即、一撃必殺の一打となる。

 気なんて抜ける筈がない。紙一重で避けたレオンの固い拳を視界に捕らえたまま、レオンの伸び切った腕の範囲外に大地は一歩下がった。なのに、

 濁った音と同時に、

「――ぶっ……!」

 視界が暗くなる。

 直ぐに分かった。レオンの攻撃が顔面に当たったのだ。

(な、んで――?)

 直前の攻撃はギリギリで回避した筈だ。伸びきった腕の更に外へと、この身を引いていた。

 なのに、その拳は自分の顔面を捉えている。

 ぐらつく視界の中で、レオンの軸足が浮いているのが見えた。

 大地は理解する。躱されたタイミングで、地面を蹴り更に加速した。ただそれだけだ。

 第二波。下段から膝が突き上がる。

 大地はなんとか、両腕でそれを受け止めた。

「ぐっ――!」

 身体が一瞬浮遊し、後退する。いや、後退させられた。

 バランスが崩れ掛かったこの瞬間を、強者は見逃さない。

 大地の両足が地に着いたとほぼ同時。レオンは合わせて踏み込んでいた。

 大地の視界は、覆い被さる程のレオンの体躯で遮られた。

 ほぼ密着した状態。

 その殺意が、脳天に振り下ろされる。

(ここでっ!)

 イメージは、全てを弾く鉄の壁。意識を集中させるのは、自身の頭部。

 一度出来てしまえば、再度体現するのは容易だった。

 グールの能力を駆使した部分的な身体強化。いつも以上にグールの力を操れている今の大地なら、造作も無く発揮できる。

 密着状態での乱戦。やるなら申し分無い程のタイミング――。

 だが、

「馬鹿の一つ覚えが」

「――っ!?」

 ――攻撃が、来ない。

 レオンが繰り出した攻撃は、大地の頭上ギリギリで止まっていた。数センチの隙間も無い程に。このタイミングで、

 フェイントかよ――!

 命懸けの戦闘経験は、相手の方が遥かに上。

 この一点に意識を集中していたが故に、次の反応が遅れる。

「ぶぐ――ッ……!」

 腹部への乱打。その一発一発が、大きなハンマーを振り回されたかのような威力を持っている。更に。

「…………っ」

 レオンは眉一つ動かさず、またもその銃口を大地の腹に当てた。

 その乾いた音は、嫌な程耳に劈く。



 一瞬の膠着。

 大地はレオンの腕を掴んだ。両手で握ったまま、上へと持ち上げた。戦闘的な理由なんて無い。ただ無我夢中でそれを身体に近づけさせたくなかっただけだ。

 持ち上げたレオンの手の中。その銃口から硝煙が漂っている。

「はぁ、ハァ――」

「……よもや、身体一つ貫けないとはな」

 レオンは目線だけを足元に落とした。二人の足元に、数発の黒い弾が落ちている。

「……てめぇの鈍ら鉄砲で、……誰がやられるかよ――」

 まだ、倒れるわけにはいかない。

「こっちは、約束……してんだっ」

「…………」

 無言で見下ろしているレオンを、必死の形相で睨んだ。

 左半身を覆う黒い影は、持ち主の感情を燃料に、猛るように蠢く。

 二度も、この男に背を見せてはいけない。

 月島大地は今、少女と交わした約束を果たす為に立っているのだから。

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