再戦5
これなら、あいつと対等に戦える。
その黒い力を身に纏った大地は、そう確信する。
ズタボロにされて、一撃も入れられなかった三日前とは、明らかに違うと自分でも分かる。レオンに拳をぶつけた今、大地は実感した。
闇に染まった左手を中心に、力が溢れてくる。
身体の左半分が熱く感じる。おそらく、自分の顔の左側まで、左手と同じように黒い影が覆っているのだろう。
何故今になって、身に宿ったグールの存在が活気づいたのか。自分でもよく分からない。
彼女の、サラの助けを求めた声を聞いた途端、力が内内から湧き上がるのを感じた。
心がザワザワとして落ち着かない。いつも以上にグールの存在が身体に広がっているようだ。
「はぁ、はぁ――」
すぅ、と。呼吸を置く。
拳を振りぬいた後、レオンの様子が明らかに変わった。その身に纏う気配も、碧い眼から放たれる殺意も、おぞましいものへと。
それほど相手も、本気なのだろう。
だがそれでも、月島大地に負ける気は一切ない。
「その腕……」
大地は視線を上げた。鳥型グールに捉えられたサラが、こちらを見ている。
この姿をサラに見せたのは、これが初めてだった。ひどく驚いた表情を少女は浮かべている。
「……恐いか?」
淡々と静かな声で尋ねた。聞かれてサラはハッと、大地の視線に気付く。
「そんな……」少女は答える。「そんなわけ、ないじゃないっ」
乱暴な言い方。
「……だよな」
けれど、有難い。
しっかり、約束を果たさないとな。
「もうちょっと待ってろ。すぐにそこから降ろしてやるから」
「……うんっ」
「この馬鹿兄貴をブン殴ってやるから」
「うんっ」
「お前がいた、クソッタレな世界に戻らなくていいように、今ここで――」
握る拳に、気持ちが宿る。
「俺がその元凶を、ぶっとばしてやる!」
「あ……当たり前よ! 負けたらサンドバッグの刑にしてやるんだからっ」
「はは。そりゃあ、尚の事負けられんな」
小さく、挑戦的に大地は笑う。
途端。
「出来るものなら――」
迫る重圧。一瞬にして、今度はレオンが、大地の目の前に現れる。
「やってみろ、小僧!」
高い身長から繰り出される拳は、大地に向かってほぼ垂直に振り下ろされる。
淡々とした口調とは正反対に、その拳には明らかな殺意が乗っている。
両腕でその殺意を受ける。両腕もろとも弾き飛ばし、大地を後退させる。
――クソっ! 前もそうだったけど、なんつー力してんだ!
振り下ろされた拳は、大地が立っていた地面を大きく凹ませている。
戦闘体勢に入ったレオンの姿勢は既に、高身長であるにも拘わらず大地よりも更に低い。腰を落とした状態から、斜め下から突き上げるように右の拳が飛来する。
「!」
寸でのところで、レオンの右の拳を大地の目が捉える。左耳をかすめた拳は空を切った。
左耳の奥に、振りぬかれた拳の風切り音が残る。
今度はこちらの番だ。
今までの自分では今の拳ですら目で追えなかった筈だ。純粋な力だけでなく、動体視力までも恩恵を受けているようだ。
その恩恵を最大限に活かし、反射的に大地はカウンター気味に自身の左拳を突き出す。
「誰がテメーなんぞにやられるかよ!」
だが、こちらの拳もレオンには届かない。
レオンの長身から繰り出された鋭い蹴撃が、空間そのものを切り裂くように、ピンポイントで大地の拳を振りぬいた。
ってぇ!
経験値、戦闘能力の差が、この刹那に間に突きつけられる。
「驕るな! いくら力を得ようとも、それを使いこなす程の戦闘経験なぞ貴様には皆無だ!」
拳の軌道が明後日の方向へと逸れる。
拳を弾いたレオンの脚の動きが反転した。僅かな軌道の変更で、その踵が左の側頭部に衝撃を与える。
脳が揺れ、視界も揺れた。
「――ッ!」
だが耐えられないわけではない。攻撃を受けたが、大地の脚は二本とも、まだ地を踏みしめている。
この目は逸らさない。敵もたかが一撃でその視線が逸れない事は分かっているようだ。
故にレオンの反撃は止まらない。まだ空いている、正確には空けていたであろう左手に見えるのは、
(まず――!)
銀色の銃口。
その先端が、無防備となった左腕に添えられる。
この野郎――!
「ゼロ距離なら、掴む事も避ける事も出来まい!」
咄嗟の判断。
引き金が引かれる瀬戸際で、
「おおぁあぁあ!」
銃口に押し付けるように、拳を振り下ろす。
「っ!」
避けるでも引くでもなく、押し返す。少年の一瞬の切り返しにレオンは後手に回る。
レオンが左手を引いた。勢いがついた大地の拳はそのまま地面を抉る。地面はビスケットのように意図も簡単に砕ける。コンクリートの瓦礫が一気に飛散した。
舞い上がった砂煙が、一瞬にして二人の姿を覆った。
互いの姿は肉眼では見えない筈。だが視界の遮られた空間の中で、
「甘い!」
「!」
姿勢が下がった大地の頭を目掛け、またも鋭い蹴撃が見えない視界の下から迫る。
衝撃が、倉庫内に乱雑に置かれた積荷を震わせた。
「大地!」
サラの悲痛な呼び声が響いた。砂煙のせいで、上空にいるサラからは様子が伺えない。
緩やかに、砂煙が晴れて行く。
表情を変えたのは、
「小……僧ぉ!」
無防備だった相手にその脚を振りぬけなかった、レオンの方。
レオンの蹴りは確かに大地の顔面に直撃した。その威力は衝突した音でも容易に分かる。
だが、効いていない。
「俺が見せた力を――」
「悪いな。そう何度も、ボールみたく蹴られる趣味は持ってないんだよ」
顔面に受けても、ビクともしない。
大地は、振り抜く事が出来なかったレオンの脚を、両手で掴んだ。
「! きさ――」
行動を起こすにはわずかに遅い。
大地は既に動いていた。
「おぉぉおぉぉ!」
身体を反転させ、軸足を中心に回転する。脚ごとレオンの身体を引っ張りあげ、
「らぁぁ!」
そのまま掴んだ両手を離し、投げ抜く。
両者の距離が瞬く間に離れる。レオンは一度も地面に接触する事なく、積み上げられたコンテナの一角にその身が飛ばされた。
倉庫全体が揺れる程の衝撃音が、轟いだ。
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