再戦4
頭に昇った血を下げるように、レオンは呼吸を一つ置いた。
目の前に立つ少年に言われた通りだ。事がスムーズに進まない事に苛立っている。
冷静を欠いては事を仕損じる。少し前にレオン自身が一人の少女に言った言葉だ。
だが、何故だか怒りは収まる気配がない。
怒気を混じらせた眼光を、月島大地という敵に向ける。
「一度は私に倒された分際で……。貴様、今ここに立つという事は、覚悟はしているだろうな」
静かに、スーツの中から取り出す。愛用の武器を暗闇で静かに光らせる。
このシリンダーの中には既に、漆黒の弾が装填されていた。
「覚悟? そらなんの覚悟だよ?」
月島大地が挑発的な目を向ける。
以前対峙した時と同じだ。口だけは達者な未熟者。
前回の焼き増しのようなやりとりだ。
こんな小僧一人に、これまで振り回されたのか。小僧にも、自分にも腹が立つ。
「無論――」
レオンは拳銃を構え、銃口を月島大地に向ける。
「死ぬ覚悟だ」
躊躇なく、前触れすら見せず、その引き金を引いた。
一瞬の出来事。
避ける暇すらない。無防備にレオンの前に出ていた月島大地は、その身に銃弾を浴びる結果しか残らない。漆黒の弾丸によって、その四肢は弾け飛ぶ。
筈だった。
「誰が」
目の前の少年は言う。五体満足の満身創痍の身体で。
「そんなくだらねぇ覚悟なんかするかよ」
左の拳を突き出して、啖呵をきる。
力強く握っていた拳をゆっくりと開く。足元に、一発の銃弾が転がった。
「っ!」
腕に纏う黒の模様。
前にそれを見た時、その影は二の腕まですら達していなかった筈だ。
それが、左肩を越えて顔の半分まで侵食している。嵐の如く荒々しくうねる海のように、その影はうごめいている。
明らかに、三日前のそれとは違う。
――どういう事だ!
目の前に立つ敵の変わりように、レオンは驚きの表情を隠せない。
銃口から弾き飛ばしたのは黒の銃弾。つまり、グールの力を凝縮した特別製の弾だ。
先の戦闘では、触れた時点で奴を吹き飛ばす程の威力を持っていた。にも拘わらず、今は易々と、意図も簡単に押さえ込まれた。
簡単な結論だった。奴に秘められていた適合者の力そのものが、向上している。
(しかし、何故……っ!)
かくいうレオンも、その適合者の端くれだ。取りこんだグールの力は訓練次第で、能力を洗練させていく事は可能であると知っている。
直後、
「覚悟すんのはテメーの方だ」
「っ!」
レオンの一瞬の隙を突き、懐に攻め入れられる。
「一人さびしく家に帰る覚悟をな!」
迫る黒の拳。
咄嗟にレオンは自身に宿るグールの力を解放する。
レオンはグールの力を解放しても、月島大地のように見た目に変化は表れない。それは自身が持つ気力や精神力が、グールという負の力よりも大きく上回っているからだ。
要するに、身体に表れる黒い影が大きければ大きいほど、心身をグールに侵食されている証拠だ。
それが分かっているからこそ、身体の半分以上が影で覆われた少年が、自我を保って迫ってくる事に驚きを隠せない。
三日前は容易に受け切った拳だったが、
(これは!)
防衛本能が告げる。前回みたく無防備に受けられる攻撃ではないと。レオンは腕を交差し、敵の一撃に備える。
防御体勢をとった腕が接触した瞬間、
「ぐ――っ!」
敵の拳から放たれる、衝撃。
音も追いつかない程のインパクトが、レオンを襲う。
その衝撃は両足では支える事が出来ない。靴底を削り減らすように遥か後方へと下がる。
一瞬の攻防が、両者との距離が瞬く間に開いた。
拳を振りぬいた姿勢のまま、少年は構う事無く真っ直ぐにこちらを見据えている。
「……っ」
レオンは衝突した自分の腕に目を向けた。皺一つ無かった白いスーツの袖は破れ、その隙間から見える体表は青黒く滲んでいる。
グールの能力を開放して防いでも、この結果だ。
レオンは確信する。奴の力は前回とは明らかに、
(違う――!)
グールの能力そのものが、まるまる変化している。
その腕を中心に、月島大地から黒い湯気のような煙が漂う。それが肉眼でも分かる程、少年から漏れだしている。感情の起伏に呼応するように、その気配は波打つ。
三日前に対峙した時、少年は手加減なんてしている様子は微塵も伺えなかった。そんな器用な真似が出来るような奴では無いと簡単に見てとれた。むしろ実力以上に足掻き、醜く食い下がっていた。
では何故今、こいつは――……。
はっと、レオンはある事に気付いた。思わず、その視線を上空に向ける。
外付けの力の上乗せではなく、グールそのものと同化した存在。自身の能力をも容易に越えてしまう程の存在。
視線の先には、レオンが必死に連れ戻そうと画策した一人の少女が映る。
レオンは義妹から直ぐに、少年に視線を戻した。
……似ている――?。
義妹に秘められている力と、酷似している。
月島大地という男は、生まれながらではない。レオンと同様、後天的にグールの力を得た
そのアウターが想像を越えて更なる覚醒を見せた……?。何かをきっかけにして……。
――この短い間に、何があったというのか……?
(何か、条件が――?)
月島大地は尚も、こちらを睨みつけている。
……いや、と。レオンはここで敵の力についての考察をやめた。
考えるのはここまでだ。
そんな事は後でいくらでもできる。今すべき事は、義妹を連れ戻す為に邪魔なこの小僧を殺す事だ。でないと今後必ず、こいつは我々の計画に邪魔になる存在となる。
「やはり、貴様と言う存在は今ここで、消さなければならん……!」
怪しく光る碧い眼が、月島大地を捉える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます