再戦2

 大地の姿を捉えた後、すぐさまレオンは右腕を素早く後ろに引いた。

「きゃあ!」

 鳥型のグールがその腕に反応し、下げていた首を持ち上げる。その大きな羽を羽ばたかせた。二本の足が地面から離れると、その鋭い爪は少女を目掛けて襲い掛かる。文字通り、サラを鷲摑みにした。

「離して!」

 グールは倉庫の天井近くまで飛び上がると、ピタリと停滞する。

 サラは必死に足掻くが、グールの掴んだ足はビクともしない。更には警戒してか、黒い嘴が腕に巻かれた紫石を啄ばむと、そのまま飲み込んだ。

「サラ!」

「騒ぐな。不要な面倒事を増やされては困るのでな」

 サラは身動きが取れないでいるが、どうやら危害を与えているわけではないようだ。

「何故、貴様がここにいる?」

 無表情で大地に向けられた言葉は、あからさまな敵意の表れだった。相手にしてみれば、ここに少年がいることに対して理解が出来ないのであろう。

 しかし、こっちにはっきりとした理由を持って、今ここに立っている。わざわざこんなところに来た理由は一つしかない。

「……お前にゃ関係ないだろう。俺は夜遊びしているあのワガママ娘を、連れ戻しに来ただけだ」

 これは大地とサラの問題だ。この男には関係のない話だ。大地は本気でそう思っていた。

「馬鹿! なんで来たのよ!」

 怒声にも近い声がこだまする。

 少年の登場に一番驚いていたのは、どうやらサラであった。

 わざわざここまで追いかけてきたというのに、大地の姿を見た途端、一瞬嬉しそうな顔を浮かべていた。と思ったら、今度は急に不安げな表情を浮べている。自分の身体はグールに捕らわれているのにも拘わらず、だ。

「『なんで』はないだろう『なんで』は。言ってなかったけど、月島家では深夜の無断徘徊は禁止なんだよ。後でちゃんと反省してもらうからな」

「ふざけないでよ! ……アンタが来ちゃったら、せっかく決心した私の気持ちが無駄になるじゃない!」

「あ? 決心?」

「義妹の言うとおりだ。勢よくここに訪れたのはいいが、それは即ち、貴様が妹の苦渋の決断を踏み躙ったということなのだぞ」

 レオンの意味深な言葉に、大地は反応する。

「どういうことだ?」

 何も分かっていない少年を嘲笑するように、レオンは僅かに笑みを浮かべた。しかし、その眼は変わらず、冷淡な視線を向けている。

「私は義妹にこう提案した。『私の言うことに背くと言うのなら、迷わず貴様達の命を奪う。おとなしく私と共に戻るのならば、貴様達は見逃すと約束してやる』と」

 その取り交わしは、恐らく自分が眠っている間に起きたことなのだろう。

 ぎりぎりと、握る拳が硬くなる。

 ……自分の妹にそんな残酷な選択を迫るこいつには、反吐が出る。

「その結果、サラはここを訪れた。自分自身で選択し、私のもとに来たのだ。どういうことか分かるか? 義妹は、貴様達の犬以下にも劣るような命を守るために、私と戻ることを決意したのだ」

 ――なんであいつは、一人で抱え込んだのか。一人で悩んで、そんな下らない選択をしてしまったのか……。

 さっさと相談すればよかったのに。

「…………」

 サラは大地に自分の顔を見られたくないのか、俯き、視線を逸らす。大地はただ黙って、その様子を見ていた。

 僅かな笑みを浮かべていた表情が、レオンから消える。

「だが……それがどうだ? 貴様はそんな義妹の決意を足蹴にした上、その決断を汲んでやることも出来ず、暢気にノコノコと私の前に姿を現した。……貴様の今の状況が、愚かだと言わずしてなんと言う!」

 全く意にそぐわない、と言いたげに声を張り上げた。要するにこの男は、自分とサラ以外の人間が、この場にいること自体が間違っている。そう主張したいようだ。

 ――それがどうした。つーかお前に聞いてねーんだよ。

 本人の口から聞きたかった。「……今、こいつが言ったことは本当なのか?」

 静かにサラを見つめる。

「…………ええ」

 その真っ直ぐな視線に怯えているのか、こちらに目を合わせずに、短く、細々とした声でサラは答えた。

 それを聞いて、大地は何も言わなかった。

 というか呆れてしまった。言葉も出ないくらいに。

 こんな状況で思ってしまったことは、

 やっぱこいつはガキだな、と。

「そういうことだ。分かったら、そのまま振り返り、早々にこの場から立ち去れ! さもなくば、今ここで――」

「サラ、話があるんだが」

「! 貴様、人の話を」

「うるっせーよ。ちょっと黙れ。俺はアイツと話してるんだよ」

「なっ……!」

 レオンの言葉を無視し、大地はサラに呼びかける。

「……話?」

 終始こちらに顔を見せなかったサラが、ようやくその顔を上げた。大地はサラと視線が交わせたことを確認すると、あっけらかんとした表情で切り出した。

 間の抜けたようないつもの顔で。

「明日の晩飯なんだが、アジの開きでいいよな?」

 大地は普段の、いたって普通のトーンで、サラに尋ねた。

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