再戦

 空澄美町にある港、空澄美港は、主に商港としての役割を担っている。

 大小関わらず、貨物やコンテナを積んだ様々な船がこの港に停泊し、大量の荷物を下ろしていく。船から降ろした荷物は一度、リフト等で各貨物倉庫に保管され、後に輸送される方面毎に、細分化された荷物がトラックに積まれて、方々へと輸送される。

 昼の港は、海上には船、陸地には人がそれぞれ行き交い、賑やかな印象を持たせるが、夜になると人の気配は皆無となる。人がいない故、動いている船なんて一隻もない。

 静寂。それが今の空澄美港に当てはまる言葉だった。

 しかし、今夜は違った。人の存在が皆無の港、それもコンテナしか置かれていない貨物倉庫の中で、一人の少女を待つ男が一人。

「待っていたぞ、我が義妹よ」

 廃材に腰掛けていたレオンは立ち上がり、入り口からゆっくりと近づいてくる人影を見ると、歓迎の言葉を倉庫内に響かせた。

 手に持っていた懐中時計で、時間を確認する。

「零時前か。お前はよほどあの犬共が大事らしいな……」

 闇に溶け込むようにマントを羽織り、二つに束ねた金色の長い髪を揺らしながら、サラは一歩一歩、軽くもなく重くもない足取りで、レオンの前に姿を現した。

「まあ、お前にとっては、これが最善の選択なのだろう」

 二人は五メートル程の距離を開いて対峙する。

 反抗的な眼でレオンを見つめる。本当はこんなところに来たくなかったと、本人の前で言いたかったが、その気持ちをぐっと抑える。

 ここに来て、サラは初めて口を開いた。

「私は義兄さんについて行くわ。だから、約束どおり……」

「不本意だが約束は約束だ。あの犬共は見逃してやろう。他でもない、血の繋がった妹の頼みでもあるからな」

 その言葉を聞いて、サラは安心した。これで、大地達に迷惑が掛かることはないと。

 これ以上、大事な人を傷つけたくはなかった。だから、少女はこの男と一緒に戻ることを選んだ。なんてことはない。また前と同じように、楽しいことも、笑うこともない日々に戻るだけ……。

 これからは、また一人で食事をするんだろうな……

 サラはこんな時に、何故か食事のことを心配してしまった。屋敷にいた時は、一人で食べることに慣れていた筈なのに、今はこんなにも、一人で食べることに対して寂しく思ってしまう。

 今ならその理由が分かる。それは、誰かと食事をする楽しさを知ってしまったからだ。

「……フフ」

 サラは、大地と一緒に食事をした時の事を思い出し、レオンの前で含み笑いをしてしまった。

「……何を笑っている?」

「いえ……別に」

 サラは咄嗟に表情を戻す。なんでそんな下らないことを思い出したのだろう。自分でもよく分からない。もうあの家には戻れないのに……。

「では、屋敷に戻るぞ」

 レオンはスーツの中から銀色の拳銃を取り出すと、器用に片手で撃鉄を起こし、天井に向けて引き金を引いた。乾いた音が倉庫内に響いた後、レオンの真上から、大きな翼を羽ばたかせた鳥型のグールが、ゆっくりと降りてきた。

「乗れ」

 首だけを動かしてサラにそう言うと、タイミングよくグールが首を下げて背中に乗りやすい体制をとる。

「…………」

 乗り込む手前で、足が止まってしまう。

 これに乗ったら、後はもう屋敷に戻るだけだ。乗っしまったら、もう二度と、あの家に戻ることも、大地に会うこともないだろう。そう思うと、なかなか最後の一歩を踏み出せなかった。

「……何をしている? さっさと乗れ。まさか、ここに来て帰らないというのではあるまいな?」

 乗ることに躊躇していたサラを、レオンは急かすように睨みつける。

「そ、そんなこと……」

 そんなつもりはなかった。自分の中で決心してここまで来たというのに、何故か直前であの家の事を思い出してしまう。少年を思い出してしまう。

 決めたはずなのに、土壇場で心が迷ってしまう。

 やっぱり、私は――。

 その時。

「「!」」

 鉄製の扉が開かれる音は、注目を浴びるには十分過ぎた。サラとレオンは反射的にその方向へと振り向いていた。

 そこに見えたのは、ひとつの人影。

 その影は、こちらの姿を見つけると、堂々とした足取りで、向かってくる。

「……あれだけの差を見せつけてやったというのに……。貴様は学習能力が無いらしいな」

 レオンが冷酷な目を鋭くなる。

「なんで……」

 少女は信じられなかった。ついさっき、別れの言葉を言ってここまで来たのに、言われた相手がここまで追いかけてきたことに――――。

「なんで……!」

 少女はその姿を見たくなかった。やっと決心したのに、その姿を見て、また気持ちが揺らいでしまったから――――

「なんで来たのよ……!」

 少女は嬉しかった。理由はどうあれ、その姿をもう一度この眼で見ることが出来たから――――

「ばか大地……!」

 少年は顔に貼られたガーゼを剥がし、頭をボリボリと掻きながら、

「お前がこんな夜中に出歩いてるからだろ。この不良娘が」

 当たり前のように、言い放った。

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