月明3

 月明かりを頼りに、夜の空澄美町を駆け回る。

「あンの不良娘! 見つけたら拳骨だけじゃ済まさねーからな!」

 大地は黙って姿を消したサラに怒っていた。

 少女が自分であの家の住人だと認めながら、黙って家を出て行ったことが許せなかった。自分の中で勝手に何かを決めて、何の相談もしないで出て行ったのが許せなかった。

 それでも分かっている。少女はきっと自分たちの為を思って、行動したのだろうと。迷惑をかけないつもりで、苦渋の選択をしたのだろうと。大地は納得できなかった。自分よりも年下の娘が、そんな余計な事を考えていることに。

 けれど、一番腹が立つのは、少女の背負った荷物の中身に気付いてやれなかった、自分自身だった。

 どこかで彼女を過信していた。自分がどんなに泥を被ろうが、一度背負った荷物は決して放さないということを、言わなくても分かってくれると、心のどこかで思っていた。

 無理やりでもその荷物を引っぺがしてでも、自分が背負うべきだったのだ。今更になって、それを後悔してしまう。

「あのアホがっ。年下なら年下らしく、迷惑をかけることを気にするなよ! テメーがどんだけ俺に被害を与えようが、どんだけ俺が痛い目見ようが、笑って済ませて、次の日にゃあケロっと綺麗に忘れてやるよ! それが――」

 十字路に出た。大地は急ぐ足を止め、立ち止まる。

「くそ……一体どの道に……」

 右の道に進めば、空澄美高校の方面、こまま直進したら駅の方へ、左の道は港の方へと、道はそれぞれ繋がっているが、サラがどこに向かったか分からない以上、進むべき方向がまったく見当つかない。

 モタモタしている時間はない。こうしている間にも、サラはこの町を離れていくかもしれない。

 その場で迷いあぐねていると、不意に視界の上部が、何やらちらついていることに気付いた。光は月明かりしかないので判断しかねるが、なにか黒い影のようなものが、ひらひらと飛び廻っている。

 最初は街灯に群がる蛾か何かと思ったが、今立っている付近に街灯のようなものはない。それに昆虫にしては、目の前を飛ぶ影はやけに大きかった。

「……鳥……?」

 羽と思われるものを広げているその影は、確かに鳥のように見えた。しかし、その影には何か足りないような部分があるように感じられる。生きているように見えるが、ただそこにそれがあるだけというような、不可思議な存在。

 陽炎のように揺らめくような表面と、二つの紅い目が大地の目に入る。人の形をしてはないが、これは間違いなく、

「……グール、か?」

 人の形をしていないグールは初めて目にした。反射的に構える。

 だがグールは大地に対して襲うような動きは見せず、注目をされたいかのように、しばらく周りを旋回すると、スッと、一つの道に向かって飛行する。

 グールは大地が見えなくなる手前の位置まで飛ぶと、そこでまた停滞する。

 飛んでいったその道は左の道。港へと向かう道だ。

 その行動の意味が理解できなかったが、どうもこちらの様子を気にしてるように感じられた。

「……まさか、ついてこいって事なのか?」

 このタイミングだ。こじつけかもしれないが、そうとしか考えられない。

 グールはその無機質な眼をこちらに向けたまま、そこから動こうとはしない。

 謎の案内人が登場で戸惑いを見せるも、時間の猶予もない状況の中で、少年は決断をするしかなかった。

「行くしか、ねーよな……!」

 目の前のグールに一縷の望みをかけて、大地は港へ続く道へと駆け出した。

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