雨中2
すれ違う人々が傘をさして歩く中、牡丹は雨に濡れて動きにくくなった制服でなりふり構わずにサラの行方を捜していた。
既に駅周辺、商店街、ショッピングモール等、空澄美の町の中をひたすら探し回った。だが牡丹の必死な捜索も虚しく、まだ彼女の姿は見つかっていない。
サラはこの町を訪れてまだ数日しか経っていない。右も左もわからない土地で、一体何処に飛び出して行ったというのか。
「サラー! 何処ですかっ!」
弾く雨音が、その声を掻き消す。それでも、牡丹は必死にサラを呼んだ。
気絶した大地を見た直後、サラは家を飛び出していった。
(私だって、きっと同じように飛び出しました……!)
信頼する同級生が、大事な仲間が自分の知らないところで傷つけられていたら、じっとしてなんかいられない。今のサラと同じように、あては無くても飛び出して、傷つけた相手を血眼になって探し始めるだろう。
それほど。それほど大地という少年は、サラにとって大事な存在になっているのだ。
だからこそ、今はとにかく早く、少女を見つける必要がある。
事情を話していない為、サラは今この町にレオンが来ている事を知らない。
あの男はきっと、まだこの町でサラを探しているに違いない。
あの男がサラの居場所を知れば必ず、サラを無理やりにでも連れ帰る。
サラとレオンが邂逅する事は絶対にあってはならないのだ。
大地は倒れ、会長は看病にあたっている。
今動けるのは、自分しかいないのだ。
「いたら返事をしてください!」
返る声は、聞こえてこない。
雨音のみが騒がしい町の中、通りの向こうから一人、牡丹のいる方へ歩いてくるのが見えた。
その人物は、牡丹と同じように傘をさしておらず、際限無く振り落ちる雨をその小さな身体に受けていた。
重い足取りでゆっくりと、牡丹の方へ近づいてくる。
雨で濡れた小金色の髪は、この天気に似つかわしくない程、艶やかに映った。
「サラ!」
牡丹はサラのもとに駆け寄った。自分と同じようにサラも雨に晒されて、全身が水浸しだった。
見知った顔が近づいて来る事に気付き、サラはその重い足取りを止めた。だが、その目線は明らかに、牡丹の顔からそれている。
「サラ。あなたを捜す為に町中を走り回ったのですよ? 皆が心配していますから、一緒に戻りましょう」
立ちすくむサラの肩に触れよとした時、牡丹はあることに気付いた。一緒に選んであげた服がぐしゃぐしゃになっているのは、雨のせいだけではないということに。
ところどころ泥で汚れていた。下を向いていて顔は見えないが、横から覗く頬には擦り傷も見える。
「何か、あったのですか……?」
牡丹の脳裏に、最悪の状況が過ぎる。
両肩に手を伸ばし、サラと目を合わせようとする。だが当の本人は、
「雨で滑って転んじゃった。この服お気に入りだったのに」
以外にも、明るいトーンで。舌をぺろりと出しながら、恥ずかしさを織り交ぜた様な笑顔でそれを否定した。
「今さら追いかけたって、大地の喧嘩の相手なんて見つかりっこないのにね……頭がカッとなって飛び出してきたけど、この雨のおかげで冷静になっちゃった、何やってんだろうなぁ私。あはは」
心配しているようなことは起きていないと、自分自身を嘲笑する。
その笑顔をみて、とにかく無事でよかったと、牡丹はホッと胸を撫で下ろした。
「……では、早く帰りましょう。こんなところにいると風邪を引いてしまいます」
「うん」
サラはコクリと頷くと、ずぶ濡れの二人は一緒に、この通りを後にした。
牡丹は気付いていなかった。サラの見せた笑顔の裏にあった、本当の意味を。
その作り笑顔があまりにも、自然過ぎていたというこを。
笑顔で振舞う少女の、その小さな背中に背負い込んだ重荷に気付くことが出来ないまま、牡丹はサラと一緒に、大地の待つ家へと向かった。
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