再会2

 これまで一度も向けられなかった、血の繋がった妹からの敵意ある視線。

 少女が纏う空気が鋭く張りつめられる。その気配は無数の針の様にレオンの身体を刺し、牽制する。

 レオンが感じたのは、妹に秘められた確固たる戦意。

 二つに束ねられた髪が、ブワリと不自然に浮いた。

「っ!」

 レオンは変化に気付いた。

 少女の眼と髪の色が僅かに変わる。

 刹那。サラが体制を低くした状態で、レオンの目の前に現れる。少女の変化に気をとられて咄嗟の判断が遅れた。

 逃げる為ではない、闘う為の刃が、横一線に払われる。

「甘い!」

 瞬時に避けることが出来ないと判断したレオンは、スーツの内側に手を伸ばす。

 金属同士が衝突する。

 レオンの胸元で、咄嗟に取り出した拳銃の銃身に、僅かにナイフの刃がめり込んだ。

「これ以上、あなたに私の大切なものを奪わせない!」

 歯を食いしばり、更にナイフを持つ手に力が篭る。

「言うようになったな。その歳で反抗期か?」

 押しのけるように、拳銃を前に突き出した。

 拮抗した力は弾け、レオンとサラは同じタイミングで後方に飛んだ。

 サラは空中で回転して体制を整え、水溜りの中に着地する。直ぐにその碧い瞳に殺気を乗せて、レオンの姿を捉える。

 慣れない感情をむき出しにしたせいで大きく肩で呼吸をしているが、尚も少女はその刃を真っ直ぐに向ける。

 先程よりも、顕著に変化している。

 この国では酷く目立っていた金色の髪は、艶やかに黒く、碧かった瞳は、燃えるような紅色に染まっていた。

 紅い瞳から放たれる、今まで見せた事がなかった、少女から向けられる敵意と憎悪。そして揺ぎ無い闘志。

「貴様……」

 サラ本人に、自身に変化が生じている事に気付いた様子はない。

 だが変化はそこまでで、直ぐに元の金髪と碧眼に戻ってしまった。

「……あと少しと言うところか……」

 少女の突然の変化に、冷静に考察し、判断する。

 こうして前兆が現れたということは、何かしらの能力を秘めているという証拠。完全に覚醒する時は近い。ならば尚更、

 サラをこの地から、奴らから離す必要がある。

「少し見ない間に、随分と凛々しい顔つきになったではないか。それも全て、あの犬共の影響か?」

「……そうかもしれないわね」

「道理で口うるさくなっている筈だ。よほど心を許したのだろうな。だが……」

 レオンは肩を竦めた。その顔は薄ら笑みを浮かべている。

 冷徹な視線を向けて、容赦のない核心を突く。

 その一言は、サラの湧き上がる闘志を一気に削ぎ落としてしまうほど、有効で、最悪で、惨忍な言葉だった。



 だが、お前は正直に話したのか? 自身の正体を。



 少女の瞳が一瞬にして見開く。瞳孔が拡大する。

 見えない糸に縛られたように、サラは顔を引きつらせたまま、その場から動かなくなった。

 やはりなと、容易に予測できたレオンはフンと微笑を漏らす。先程までとはうって変わって、異常な反応を見せる己の義妹を、更に追い込んでゆく。

「やはり話してないのか? 確かに、あの小僧は何も知らない様子だった。何も知らないのにお前のような者を匿うなど、世界には奇特な者がいるものだ。この場合は知らないからこそ、と言うべきか」

 額から脂汗がにじみ出る。呼吸が乱れ、立つことすらままならなくなる。

「ちがう……大地は、そんなんじゃ……」

「ではどうして黙っている! あの小僧共が真実を受け入れてくれると言うのなら、なぜお前は自分のことを話さない!」

「それは……それは……!」

 サラは反論することが出来なかった。悔しいが、この男が言っていることは、何一つ間違っていない。

 少年には明かしていない、明かしたくない真実がある。


 自分が、人間と呼べるかも分からない存在であるということを。


「諦めろ。お前は決して、他人と交わることはできん」

「…………」

 その手から、ナイフが滑り落ちる。

 それは同時に、少女の戦意が無くなった合図でもあった。

 支えていた心が砕かれた少女は、その場に力なく座り込んでしまった。

「戻るぞ」

「!」

 聞きたくなかった言葉が放たれる。その言葉にサラはこれまでにないほど拒否反応を見せた。

「いや! いや!」

 左右に大きく首を振る。あんなところにはも帰りたくない。毎日グールを殺すことしかない、何もないあんな屋敷には、サラは帰りたくなかった。それが今まで以上に思うのは、あの古びた日本家屋で口うるさい少年と過ごしてしまったから……

 あんな冷たいところになんか、笑顔のない家になんか帰りたくない――――!

 レオンは気が動転して取り乱す自分の妹を煩わしく思った。

 さらに少女を精神的に追い詰める。

「……では、お前に選ばせてやろう。お前は珍しくこんな島国で、自分を受け入れてくれるものが現れたと、居場所を見つけたと勘違いしているようだが……」

 レオンはある選択を迫る。それは、少女にとっては選ぶことが酷く困難なものだった。

「屋敷に戻ることを拒否するならば、容赦なくあの犬共を殺す」

「! そんな……」

「あの者達がお前の居場所だと言うのならば、私はそれを壊すしかあるまい。いや! お前が求めたからこそ、壊さなければならない! ……それが嫌なら、おとなしく私に従え!」

 冷たく、はっきりと吐き捨てる。

「……少しだけ、考える時間をやろう。三日後の零時、この町の港にある倉庫で待つ。この時間にお前が現れ、私とともにこの地を離れると約束するなら、不本意だが、奴らの命は見逃してやる。だが来なかった場合、帰ることを拒否したとみなす。先程言ったように、奴らを確実に殺す。必ずだ! どちらにするかはお前が決めろ。私はお前の意志を尊重する」

 それだけをサラに伝えると、レオンは背を向け、歩き出した。

 その背中に何も言い返すことが出来ず、サラはただじっと、震えが止まらない手を見つめていた。冷たい雨に打たれて震えているのではない。抗うことが出来ない宿命であることを改めて思い知らされ、酷い焦燥感に見舞われていた。

 無常にも、雨は降り続ける。

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