捜索2

 レオンは再び、空澄美町の上空に停滞していた。

 一際大きな翼を広げた鳥型のグールの背に立ち、風に煽られる髪を後ろに流す仕草を見せながら、レオンは遥か下方に目を向ける。

「奴が言っていた場所は、この辺りだが」

 先程情報を得た妹の所在地を、空から探索する。しかし、日本という国は建物と道が迷路のように入り組んでいる。土地勘のないレオンが把握するのには少々手間だ。

 燃え盛る工場跡から脱出した際に、人目や元老院を気にせず、すぐさまあの小娘共を追跡をするべきだったと、少し後悔した顔を見せる。

「次に会う時は、生かしてはおかん……!」

 完璧主義者の自分がここまで躓いた原因は、元老院直属の部隊の存在。

 特にあの少年は、決して放ってはおけない存在だと知らされた。このままではいずれ、我々に立ちはだかる巨大な牙となろう事は、実際に対峙したレオンなら容易に想像がつく。

 理由は簡単だ。奴は自分と同じ適合者であるのだから。

(あの小僧。……未熟ながらも、確かに力を制御下に置いていた)

 少年はそれこそ左腕だけだったが、明らかにグールの力を取り込んでおり、不完全ながらも自身でコントロールしていた。

 自分「達」の他に、適合者を見たのはこれが初めてだった。これで少なくとも一人は、我々に脅威となりえる者が、この町に存在ということになる。

 あれがもし、完璧に力を制御できていたなら、更に激しい戦闘を余儀なくされていただろう。

 更に奴らに時間を与えるわけにはいけない。

 ……そんなことは認めない。だからこそ、レオンは急いていた。

「一刻も早く、回収せねば」

 肩に一滴、雫が落ちる。一度肩に滲んだ雫を一瞥した後、レオンは空を見上げた。

 程なくして無数の雫が、下の街々に降り注ぐ。唯でさえ居心地の悪い町だと思っていたのだが、この雨でさらに印象を悪くする。

 外を歩いていた人々は、こうなることが分かっていように、次々と傘を差してその身を隠していった。上空から見ていると、様々な色のドットが移動しているようだ。

 その中で、傘を差していない、金色の小さなドットが一つ。人気のない通りを移動していた。

 歩行者のスピードではない。全速で町を駆けている。

 レオンはそれを見逃さなかった。

 直ぐに、それが何者なのか理解する。

「……ようやく見つけたぞ!」

 

 

 タイミングを計ったかのように、分厚い雲から一粒、また一粒と、その雫を落としていく。ぽつりぽつりと間隔をあけて落ちていたが、それは時間が経つにつれて次第に数が増え、いつの間にか乾いていた地面を隙間なく湿らせてゆく。

 この空模様なら容易に雨が降ると予想できるものなのだが、少女は傘も差さず、土地勘もない町の中を走り回っていた。

 分かっている。こんな闇雲に走っても少年を傷つけた相手が見つからないことなんて。けれど、じっとしていることなんて出来なかった。

 傷つけた相手より何より、馬鹿みたいに何も知らなかった自分に腹が立つ。

 何が罰ゲームだ。何がサンドバックの刑だ。そんな下らないことを考えている暇があったら、あれだけ待ち遠しかったのなら、自分から迎えに行けばよかったのだ。

 少年が何かに巻き込まれていることも知らずに、ただ無駄に時間を過ごしていたことを、サラは自分で自分を責めた。

 気が狂いそうなくらいに血の昇った頭を、皮肉にも冷たい雨がその熱を奪っていく。

 掛けていた足はゆっくりと歩みに変わり、数歩先で立ち止まる。

 なぜ私は、こんなに焦っているのだろう?

 不意にサラは、そんなことを疑問に思った。

 別に自分が傷つけられた訳ではない。だいたいあいつは元々からして気に食わなかった。人をさんざん子供のように馬鹿にする、口の減らない馬鹿な男。

 けれど――。

「……ああ、なんだ」

 少女はこんなことになって、初めて気付いた。

 自分が自分でない誰かの為に、怒ることがあるのだ、と。

 そして気付かされた。自分の中で、あの少年がどれほど重要な存在になっていたかということを。どれだけ自分が支えられていたかということを。

 もう少し早く理解出来ていれば、大地が傷つかずに済んだかもしれない。自分がもっと素直になっていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 冷たい雨が無言で少女の身体を濡らしていく。

「馬鹿なのは、私のほうじゃない……」

 ただそれだけのことを、今さらになって知る。

『その言葉は、自分が愚かな行動をとっていたことに気付いた、という意味か?』

「!」

 上空から放たれた言葉は、気持ちが憔悴していたサラに酷く響いた。この雨を呼び寄せたのはこの人物ではないかと思ってしまうほど、恐ろしく冷たい声。

 恐ろしいとも恨めしいともとれる表情を浮かべ、サラは振り返る。

「にい……さん……」

 息が止まってしまうくらいに、意識せずとも身体が拒否反応を示す。

 そこには、大きな鳥型のグールの背に乗った、腹違いの義兄の姿。

 そして直感した。大地を傷つけたのは、間違いなく、この男だと――。

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