対決5

「がっ――……!」

嘔吐く暇すらない。

再び足が地を離れる。しかし、今度は自分の意思では無い。無理やりに離れさせられた。

宙では身体の制御がきかない。接近した筈なのに、男が遠くに見える。そして更に――、

「土産だ。受け取れ」

 男の前に硝煙が漂う。

 容赦の無い四発目と五発目。

 ブレる視界でも、その殺気は嫌でも見てとれる。咄嗟に左腕を弾の弾道上に構える。

耐えがたい程の重い二連弾。その衝撃が身体と、心を砕こうと大地を襲う。

使われなくなった鋼鉄のレーンがその勢いをかろうじて止める。大地が衝突した箇所は、大きくくの字に窪んでいた。

「はぁ……はぁ……」

 膝を立てる。なんとか立ち上がろうと身体を起こす。だが、

「ぐっ! ……」

膝が耐え切れない。その場で転倒してしまう。

 次元が違う。

そう思わずにはいられなかった。あの男が放つ弾丸だけではない。淡々と事を運ぶ冷徹さも、全てを達観するあの目も。大地が知っているものではない。

 この男にとってこの戦いは、自分を「格下」だという事を叩きつけているだけに過ぎない。

 倒れたままの大地は、自身の左腕を見た。まだ、黒い模様は消えておらず、表面を蠢いている。

――力はまだ、消えていない。

 はっきりとしなくなってきた意識の中、脳裏をよぎるのは、家で待つ少女の後ろ姿。

 目の前の男のと重なるように、少女の姿は消えてゆく。

 男は表情を変えないまま、こちらを見ていた。

 握る拳に、砂埃が混じる。

 わかってんだろ! 俺がここで立たなきゃ、誰がコイツを止めんだよっ! 誰がアイツを守んだよっ!

大地にとって、ここで立つ理由はそれだけなのだ。

悲鳴を上げたままの身体に更に鞭を打ち、ゆっくりと、大地は立ち上がった。

「少しはわかっただろう。身の程知らずの愚行だと」

 レオンが目の前に立つ。更に一歩近づいた瞬間、

「がぁぁあぁ!」

 躊躇のない突進。左腕に握られた拳を構え、一直線にレオンを狙う。

 だがレオンは、然程驚いた表情も見せず、大地の拳を冷静に見据えている。

「……単調だな」

 レオンは避ける動作をみせない。

大地はそのまま拳を伸ばし、レオンの顔面を捉えた。

だが、

「な――!」

 レオンの表情は全く変わらない。

 当てた筈の拳が、レオンの鼻先で止まっている。

「何も、グールの力をその身に宿しているのは貴様だけではない」

感情のない、ただ冷徹な一言。

拳が、振り抜けない。

「なん――」

言葉が途切れる。

何でだよ、ありえねぇ。満身創痍の中、大地はそう思うことしかできなかった。

無遠慮にもレオンは、目前にある大地の腕を掴んだ。

「っ!」

条件反射で伸ばした腕を引いた。右手で左腕を掴んで更に引っ張る。

しかし、レオンに掴まれた左腕はピクリとも動かない。それどころか、

「教えてやる。力を使うという事は」

「! 力が……っ!」

腕に蠢いていた黒い模様が、緩やかに消えてゆく。

体の中に感じていた黒い気力が、徐々に小さくなってゆくのを感じる。

なんで!

残る気力を絞り出して、左腕に意識を集中した。再び自分の中に宿るグールの力を呼び起こそうと必死にもがいた。

だが、そんな大地をあざ笑うかの如く、左腕はほんの少しも反応を示さない。

まるで、全く別のに何かに邪魔をされているかのように。

レオンの、猛禽類のような鋭い二つの眼が、大地を射抜く。

「力を使うという事は、こういう事だ!」

掴まれた腕に痛みが走る。ミシミシと骨が軋む音が耳に伝わる。

「!」

レオンは大地の腕を掴んだまま頭上に上げた。操り人形のように大地の身体は掴まれた腕に引かれ、無防備になる。

飛んできたのは、酷く重い左の拳。

容赦なく腹に叩き込まれた。

防ぎようのない敵意が、大地の身体、心をバキバキに折り砕いてゆく。

「――……ぐぁ……!」

「自分だけが特別だと思うな。小僧」

掴まれていた腕は不意に自由となる。大地は膝から崩れ落ちた。

レオンの淡々とした殺意の連鎖は止まらない。

これより先の攻撃がどのように飛んでくるかなど、考えられる筈も無かった。

 身体が崩れ落ちる直前、レオンの右足のつま先が、大地の顎をカチ上げる。

「――ぁ……」

 持ちうる意識の殆どが飛ばされた。

首が伸びた大地の頭部、身体に容赦なく、冷徹な拳と蹴りを無言で次々に入れていく。

 上下左右へ、荒々しい河流のようなコンビネーションが、サンドバッグと化した大地に叩き込まれた。

 一撃一撃が、鋭く、重い。立っているのがやっと……いや、倒れる前に拳で無理やり立たせられている状態だ。

 レオンが両手を頭の上で組んだ。地面に伏せる寸前の大地の背中に向かって躊躇いもなく振り下ろされた。

 ドサリ、と。鈍い音と共に、大地はまたも、地面に伏せられた。

「身の程を知れ。所詮、貴様はその程度なのだ」

 更に追い討ち。サッカーボールを蹴るかのように、腹を蹴り上げられた。

 燃ゆる工場の中、大地は立ちはだかる白い壁の前に、ボロ雑巾のように横たわった。

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