対決2
酷く乾いた音が工場内にこだました。同時に、放たれた弾丸は目にも止まらぬスピードで空を切り裂く。レオンが向けた銃口からは、ゆらゆらと硝煙が漂っていた。
「フン」
レオンは興味もなさそうに鼻を鳴らした。その視線の先には、少年の姿はない。
弾丸は一瞬にして、大地が立っていた場所の遥か後方の設備に直撃していた。
「なかなかの反応だな」
「あ、危なかった……」
大地は間一髪のところで、鉄くずの影に身を投げていた。直撃はしなかったものの、学ランの肩の辺りに掠り、生地が焼け焦げている。
肩を見つめ、改めてこの状況の悪さを実感する。
――あいつは、本気で俺を殺すつもりだ。
覚悟はしていたのに、今頃になってこの身が実感する。今までに経験したことのない危機的状況だった。
一切揺らぐことが無い殺意。他人の命を奪うことを何ら厭わない冷淡さ。あの男から、あの眼から、それがひしひしと伝わってくる。
「命の掛かった修羅場を経験するのは初めてか、小僧。やはり飼い犬は飼い犬と言ったところか。これではただの弱い者いじめだな」
口角を上げて高笑う。しかし笑っているのは口だけで、その眼は少しとも笑っていない。
「なんなんだアイツは! サラはあんな恐ろしい奴から今まで逃げていたのかよ……!」
大地は無理やり震える身体を押さえつけ、自分に言い聞かせる。
「けど、やるしかねーだろ……!」
ここであの男を放っておくと、サラの身に危険が迫るのは目に見えている。それが分かっていて、背中を向ける大地ではない。
少女を引き受けた責任として、男として、逃げるわけにはいかない。
左腕を睨みつけ、ぎゅっと、ありったけの力で拳を握り締める。
――いける。いや……いってやる!
腹を括る。大地は無防備にも、鉄くずの影から身を出し、レオンと再び対峙する。
「ほう、私に立ち向かう程度の肝は持ち合わせているようだな」
「……立ち向かうどころか、テメーの顔面に一発ぶち込んでやるよ」
学ランのボタンを二つほど開け、両腕の袖をまくる。
「やはり貴様は命知らずらしい。そんなことでは早々に命を落とすことになるぞ?」
「命を落とさない為に、覚悟を決めてここに立ってんだ。いつまでも上からのつもりでいると、足元救われるぜ、お兄サン」
今一度、大地は銃口と向き合う。
だが、こちらも負けじと、レオンに向けて拳を握った左腕を、真っ直ぐに伸ばす。その動作に、レオンは不可解な表情を見せた。
「何の真似だ?」
「今に分かるさ」
「……戯言を」
再度、親指で撃鉄を起こす。引き金に人差し指を掛け、
「終りだ」
短い台詞と同時に、引き金が引かれる。撃鉄が下ろされ、銃弾が激しく叩かれる。押し出される弾丸は真っ直ぐ銃身を通過し、少年が向けた左の拳に向かって発射された。
元老院の犬のくせに何ともあっけない。レオンは二発目の銃弾を打ち出したと同時に、既に目の前の少年に興味を無くした。
しかし、次の瞬間には、目の前の光景に驚愕することになる。
確実に直撃したと思っていた少年の左腕が、無傷のままで先程と変わらない姿勢でこちらに拳を向けているではないか。
「!」
気付いたと同時に、少年の後方から爆発音が響いた。直後に工場の機械の一部が炎を纏い、一気に火柱を上げた。徐々に炎は拡大していき、炎は付近の廃油に引火し、その激しさをさらに増してゆく。
突然の発火の原因は、少年の腕に弾かれた銃弾。
「……だから言ったろ、足元救われるって」
少年は武者震いにも似た笑みを浮かべる。
「……貴様! 一体何をした!」
「何もしてねーよ」
「っ!?」
「テメーもグールの存在を知っているなら、このことだって知ってるはずだろ」
大地は未だに何が起こったのか理解していないレオンに、大地は言った。
「グールは普通の武器じゃあ、倒すことは出来ないってことを」
「なんだと!」
そして気付く。少年の姿に、先程と変わっている箇所があるということに。
拳を向けた左腕に注目する。刺青のような無数の黒い曲線が浮かび上がっていた。
その曲線は表面でうごめき、輪郭は陽炎のように揺らいでいる。それは、人間の腕とは思えない程の禍々しさで覆われていた。
これが、大地の奥の手。
大地は挑発にも似た笑みを浮かべ、レオンを睨みつける。
「この腕に、その鉛玉は効かねーぞ。どこに狙いを定めて撃ってこようが、全てこいつで弾いてやるよ!」
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