対決1

「会長が言った場所は、ここで合ってるよな」

 大地は商店街から南に位置する、工場跡地に着いた。

 一体何が製造されていたのかは知らないが、この工場を持ち主だった会社が数年前に倒産して以降、未だ土地の買い手も見つからず、取り壊すにも結構な費用が掛かるとのことで、稼動していた時のままの姿で、今もここに存在している。

 大地自身も、周辺に住む子供達が、「幽霊の住処」と噂しているという位しか、この工場については把握しておらず、実際に内部に入るのはこれが初めてだ。

「よっ……と」

 鞄を適当な場所に投げ置くと、「立ち入り禁止」と書かれている立て看板の忠告を無視し、大地はフェンスをよじ登り、工場内部へ侵入する。

「……なんだか、スゲーとこに来たな」

 初めて目にする光景だった。道具や部品が当時のまま、至る所に放置され、入り組んだように天井や壁を這う太いパイプは、ところどころ錆ついている。製造した際に排出されるものなのか、工場の真ん中を真っ直ぐに伸びるベルトコンベアの傍には、一定の間隔で鉄くずの山が見える。

 人がいない工場というのは、ここまで不気味なのか。

 天気が良くない為、日は照っていないというものの、中は酷く暗かった。目視出来ないほどではないが、この様子だと日が上がっていても、明るさは今とそう変わらないだろう。子供達が幽霊がいると噂しても、なんら不思議ではないと改めて思う。

 踏み出す前に左手に注目するが、特に疼く様子はない。

 大地はとにかくと、工場内部の探索を開始した。時雨が言うには、グールの反応が消失したらしいので、何も出てこない可能性が高い。何もなければ、それはそれで問題はないのだが、相手はグール。油断は出来ない。

 工場は思ったよりも広くはなかった。工場を横に突っ切るように歩き、八〇メートルも進まないうちに、壁面にぶつかった。その間も、特に怪しい箇所はなく、グールの気配も感じられない。

「さっき、向こうにも通路が見えたな。あっちを見てみるか」

 来た道を少し引き返し、まだ確認していない通路へと足を向ける。

 しかしその時、通路の先何か気配を感じ、更に、

(足音?)

 大地は咄嗟に、傍に詰まれている鉄くずの山に身を潜めた。

(人がいる? この工場の関係者か……?)

 その姿を確認していないが、確かに人の気配を感じる。足音は、次第にはっきりと大きく聞こえてくる。徐々にこちらに近づいてきているのを感じる。

(やべーな。勝手に入っちゃ、やっぱり怒られるよな。どうしよ……)

 既に足音の正体がここの関係者と決めつけ、見つかった時どう言い訳をしようかと考えていたが、直ぐに、その考えはすっ飛んでしまった。

 足音の人物が一人で何か喋っているが、聞こえてきたのは、

「グール風情が私の血肉を喰らおうなどと……なんともおこがましいな」

 という男の声。

「!」

 その言葉に反応し、意識せずとも身体が勝手に通路に飛び出した。

 大地は足音の人物と対峙する。

「なんだ貴様は」

 目の前にいた男は、こんな場所には似つかわしくない、上下真っ白のスーツを身に纏っていた。金色の髪を全て後ろに流した、碧い眼の男……。

「テメーこそ、こんなところで何をしてんだ?」

 言いながら、大地は一瞬にして背筋が粟立つのを感じた。直感的に気付く。

 こいつは、この男は、なにかヤバイ。

「ん? 貴様、どこかでみことあるな……」

 そう言って、スーツの男はまじまじと大地の顔を見る。瞬間、

「――――!」

「そうか、貴様、あの時の小僧だな。グールの発生に伴い、ここに駆けつけたということろか」

 その眼はさらに鋭くなり、身体を抉られるような視線を大地に向けた。

 男から、何か得体の知れない恐怖を感じる。冷徹で無機質な視線を向けられた大地は、自分の存在そのものを否定されているような錯覚に陥った。

 自分を良く言うつもりじゃないが、ある程度の修羅場は潜り抜けているつもりだった。少し位の恐怖に対して、物怖じしない自信も持っていた。

 しかし、そんなものとは次元が違っていた。自分の今までに経験してきたことが、全て遊びの延長だと言わんばかりに、絶対的な恐ろしさが全身を襲い、身体を縛り付ける。

 場所のせいで不自然に感じたわけじゃない、大地の前にいるこの男自体が、不自然なのだと今さらながら気付く。

「見つけるのがこうも簡単だとは思わなんだ」

 ――なんなんだこいつは……!

 その視線から逃れたい衝動を無理やりに抑え、何とか形だけでもにらみ返す。

「アンタは俺を知っているみたいだけど、前に会ったことでもあるのか? 生憎、俺は覚えてないんだけどな」

「確かに、貴様と私は面と向かって会った事はない。しかし、見たことはある。といっても、貴様は直ぐにビルの屋上から姿を消したが」

「ビル……?」

 そこで気がついた。こいつがサラを助けた時に、牡丹が遭遇した男だと。

 サラと同じ金色の髪と、碧い瞳。

 ――間違いない。こいつが……

「……テメーが、サラの兄貴か」

「いかにも」

 男は短く答える。

「私の名はレオン=フローレンス。闇に紛れて人知れずグールの研究に最前線で携わってきた、フローレンス家の末裔だ」

「研究だと?」

「何もグールを存在を知っているのは、自分たちだけだとは思わないでもらいたい」

 レオンはつまらなそうに答えた。

 警戒を強めたまま、大地は一番の疑問ぶつける。

「わざわざこんなところに、一体何の用だ?」

「死んでいたと思っていた妹が、実は生きているという話をある者から聞いてな。今度は確実に連れて帰る為に再び出張ってきた」

「なんだと?」

 予想はしていたが、やはりサラを連れ帰るつもりらしい。しかし、本人は帰るのが嫌でここまで逃げてきている。はいそうですかと、無条件にサラを返す気なんてさらさら無い。

 ……それに、気になることを言った。サラの存在をある者から聞いたと。

 ――この町に、仲間がいるのか……?

「そういうわけだ。我が妹の居場所を言え。言えば元老院の犬であろうが、貴様の命は見逃してやろう」

 こいつは、何を言っている……?

 牡丹の言っていた通り、レオンは元老院の存在も知っている様子だ。大地の認識では、この町のごく限られた者しか、その存在は知らない筈だ。ましてやこの町の住人ですらないこの男が、元老院を知っているのはおかしい。

(どこかで、この町の情報が漏れている……?)

 大地の頭の中で様々な疑問が交錯する。

「なんでテメーが元老院のことまで知っている?」

「答える義務はない。さっさと妹の居場所を言え」

「妹の居場所? 知らねーよそんなもん。もし知っていたとしても、妹をビルの屋上から突き落とす野郎に、おいそれと教えるわけがねーだろうが」

「知らないのなら仕方がない。では……貴様は無用だ」

「?」

 レオンは静かにスーツの内側に手をのばした。そして、銀色に光るそれを大地に向けて、親指でカチリと引き起こすと、

(マジかよ!)

「死ね」

 乾いた音が、工場内にこだました。

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