暗雲4
『ありがとうございましたー』
業務的な挨拶を背中に受けながら、大地はその店を出た。
放課後、商店街で夕飯の買い物をする前に、忘れる前にあれを買っておこうと、この店に寄ったのだが、
「ある程度の覚悟はしていたが、まともなやつってこんなに高いのかよ」
予想以上の出費に軽く凹んでいた。今月はあまり無駄遣いをしないようにしなければと心掛ける。
しかし、あのワガママ娘が喜んでくれるのなら、安い買い物かも知れない。大地は出費の嘆きよりも、少女の笑顔が見られるかもしれないと思う気持ちのほうが大きかった。
「……まあ、買ったもんは今さら返品できねーし」
言い訳がましく独り言を呟く。
シンプルな包装紙で簡単に包まれたそれを鞄にしまいこむと、今度は今日の献立について考えた。あいつが練習するなら、焼き魚なんかいいなぁとぼんやり思いながら商店街へと向かう。
帰り道に商店街があるというのは非常に利便がいい。家事で時間に追われる身、特に、大地のような一人暮らしを経験している者ならば、その有難さは身にしみてわかる。考えが何とも主婦じみているが、少年はそんなもの気にはしない。
「なんか、パッとしない天気だな……」
空を見上げると、灰色の雲が空澄美町を覆っていた。
振り出す前にさっさと帰るかと、魚屋を目指して早足で歩こうとした時、学ランのポケットが勢いよく震えだした。携帯電話を取り出し、着信を確認する。画面には、「時雨会長」と表示されていた。
「会長……ってことは」
こういうときに限ってタイミングが悪い。電話に出るまでもなく、今日は帰りが遅くなることを覚悟してしまう。
時雨が電話を寄越すと言うことは大抵、生闘会が動くという合図でもある。
通話ボタンを押し、電話を耳に傾ける。
「もしもし」
『私だ。今どこにいる?』
「今商店街ですけど。グールが出現したんですね? どこに向かえばいいですか?」
『いや、確かにグールは出現したみたいだが……』
「?」
大地は電話の先で時雨が何かに戸惑っているのを感じた。
『私にもよくは分からないことが起きた。紫石が反応したので探索を行っていたんだが、グールの位置を特定した途端、反応が消失した』
「消失? 勝手に自滅したってことですか?」
『見てないからなんとも言えん。一応周囲の探索も行っているが、一向にグールの気配がない。その場所には大地、お前が一番近い。直ぐにグールが消失した場所に向かってくれ。念のため、牡丹と私もそちらに向かう。場所は商店街から南にある工場跡だ』
「分かりました」
電話を切ると、大地は一度嘆息をついた。
「やっぱり、こうなってしまったか……」
ここでゴチャゴチャ考えても仕方がないと大地は走り出す。目的の魚屋を通り過ぎ、そのまま商店街を突き抜ける。
生闘会の仕事だから仕方がないと思いつつも、家で待たせているサラに対して申し訳ないという気持ちで一杯になった。
「今回は甘んじて、サンドバックになろう」
走りながら、サラと交わした約束を守れそうにないことを後悔した。
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