食事

 その日の夜。

「ご相伴に預かりに来たぞ」

「……はい?」

 なんのこっちゃと大地はまぬけな返事をしてしまう。

 サラの買い物から帰ってきて、居間で一息つこうと腰を落とした矢先、呼び鈴が鳴り響いた。玄関に立っていたのは、遠慮の姿勢を微塵も見せない生徒会長、色条院時雨だった。「どうしたんですか」と尋ねる前に、開口一番そんな事を言われたものだから、大地としても返答に困る。

「む? もしかして、もう済ませた後だったのか?」

「いやいや、まだ準備もしていないですが。急にどうしたんですか」

 居間から離れて戻ってこない大地を心配したのか、一緒に居間にいた牡丹も玄関に顔を出した。その後ろにはサラもついてきており、ひょっこりと顔を覗かせている。

「牡丹も一緒だったのか」

「サラの買い物へ行きましたからね。……俺は会長命令でしたけど」

「会長。本日の用事は済んだのですか?」

 牡丹がサラをチラリと見つつ、尋ねた。「用事」と言葉を濁す辺り、サラに気を使っている様子が見てとれる。

「ああ。なんだか無性に大地の手料理が食べたくなってな。ついここまで来てしまった。たまには、皆で食卓を囲むのも悪く無かろう」

「無性に、ですか」

 大地と牡丹は互いに顔を見合わせた。

 大地も牡丹も、色条院時雨とはそれなりに付き合いは長い。こうして時雨が二人に対して「甘えて」くる事はたまにある。

 時雨の家、色条院は、古くから長きに渡りこの国を裏で支えている、「条院」一族の一つだ。時雨はその「色条院」の正統後継者に当たる。

 条院一族の一旦を担っている御仁だ。ごく一般的な家庭しか知らない大地が想像もできない重荷を負っている事は想像に難くない。

 時雨は年上だが、こういった下手糞な甘え方をされると、少し可愛く見えてしまう。

「……いいっすよ。晩飯の買い物もついでに済ませておいたところですし。豚肉が安かったから多めに買っておいてよかった」

「そうか。急な申し出なのにすまないな」

 時雨がローファーを脱ぎ、月島家の中へと踏み入れる。

「急な申し出は日常茶飯事じゃないですか。何を今更」

「……そうだったな」

 時雨とサラの目が合う。時雨はサラの顔をまじまじと見つめた為、耐えかねたサラは「な、なによ?」と口を開いた。

「……お前は結構、いや……かなり、だな」

「何の事よ」

「あの男に助けられたお前は、かなり運がいいな」

 言っている意味が分からないという表情をサラは浮かべた。

「そ、そりゃあ、あのタイミングで助けられたのは、かなりラッキーだったかもしれないけれど……」

「そういう事ではない」

 時雨はポンポンとサラの小さな頭を叩いた。

「そのうち分かるだろう。手を伸ばしてくれた男があいつでよかった、と」

「?」

 やはり、サラはよく分からないという顔を時雨に向けていた。

「何を二人でぶつぶつ喋ってるんですか?」

 後ろで見ていた大地が割って入る。時雨は「只の世間話さ」と答えると、玄関から居間に続く廊下を進んだ。



 揚げ衣の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 今日のメインである豚カツが、色鮮やかなキャベツの千切りと共に皿に盛り付けられている。今日は時雨と牡丹もいるから、その分の食器を並べると少々テーブルが手狭に感じてしまう。

「相変わらず、お前の作る料理は美味しそうだな」

 炊飯器からご飯をよそいながら、時雨は感想を述べる。よそわれた茶碗を受け取ってテーブルに並べる牡丹が「ええ。本当に」と半ば恨めしそうに漏らす。

「そうですか? 自分で作ってるとよく分かんないんですけどね」

 大地は言いながら、高温の油の中に浮いているキツネ色のカツを菜箸で掴み、油を切るためにトレイに移す。

「お前を嫁に貰う者はきっと幸せ者だな」

「会長、それギャグで言ってますよね? ギャグと捉えていいんですよね? っておい牡丹、なんでそこで茶碗をひっくり返してんだよっ」

 手に持っている菜箸をビッと牡丹に向ける大地。

「よもや大地が殿方でもイケるとは……。両刀ですか? 私は刀一本でも精一杯なのに、大地は両刀……」

「何を言ってるかあえて突っ込まないから、茶碗にご飯をよそい直せ。全く」

 はあ、と小さくため息をつきながら、出来たてのカツを皿に乗せる。

「……あんたたちは、三人揃うといつもこんななの?」

 一足先に席につき、三人の様子を少し離れた位置で眺めていたサラが聞いた。

「生闘会は気を張らざるを得ない任務をこなしているからな。反動的に賑やかにしたくなるのかもしれん」

 代表して時雨が答える。かくいう時雨本人も、三人でいる事を楽しんでいるようだった。

「それに、静かでしみったれた空気の中で摂る食事よりも、賑やかな方が遥かにご飯は美味しい」

 フフン、と時雨は何故か自身満々な表情を浮かべた。対して「っ……それは、そう、かも……しれないけど」とサラはモゴモゴと口の中で肯定する。


「さて、じゃあ食べるとしますか」

 全員が席につき、手を合わせる。

「「「いただきます」」」

「い、いただきます……」

 三人を真似するように、サラも手を合わせた。

 時雨は箸でカツの一切れを持ち上げ、そのまま口に運ぶ。噛み切る際、衣が弾く音か心地よく奏でられる。

「……見た目どおりの味だ。申し分無い」

「なぜでしょう……私が作る場合と何が違うのでしょうか……!」

 納得できないという顔を見せながら、牡丹は箸でつまんだカツをまじまじと眺めている。

「牡丹はまず、まともにご飯を炊けるところからだな。前にお前が炊いた時は忍者が使う五色米のような色になってたからな。なんで水で炊くだけで黒色になんだよ」

「そ、その通りです。あの時は五色米が必要だったんです」

「明らかな嘘はやめとけ。忍者の要素皆無じゃん」

 ご飯を頬張りながら口を挟む大地。

「……」

 サラは自分の皿に目を落とした。いや、正確には自分の手に持っているフォークにだ。

 フォークを見た後、再び三人に目を向ける。三人とも、細長い二本の棒を器用に使いこなしている。

 フォークは大地がサラのために準備したものだ。箸を使う文化がない国から来たのだ。これは大地なりの気の使い方だとサラ自身も分かっている。

 だが、三人の楽しそうな食事風景を見ていると、自分だけ違うものを使っていると言う事に、何故だか少し恥ずかしさを感じてしまった。

「どうだサラ。この料理を食べられるという事だけでも、この家に来た価値があるだろう」

「え? あ……、うん」

 違う事を考えていた為、曖昧な返事をしてしまう。

「どうした?」

 サラの様子を気にした時雨が改めて声をかける。サラは反射的に「な、なんでもない」と答える。

「? なんだ?」

 サラは羨ましそうな目を三人に向けつつ、乱暴に握ったフォークでご飯を勢いよく掻き込んだ。

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