買出し3
「あれ? 今去って行ったのって、東雲じゃなかったですか?」
買い物を終えた二人が戻ってきた。ここから走り去る仙石の背中を目で追いかけながら、牡丹は大地に尋ねた。
「ん? おお。なんか用事があるって言って、急にどっか行っちまった」
「? そうですか」
「はい大地。これも持って」
言いながら、サラは両手に抱え込んだ複数の紙袋を、なんの躊躇いもなく、袋の山にさらに袋を重ねる。その遠慮の無さがなんともかわいくない。
「……サラ、お前いくらなんでも買いすぎだ。見てみろこの量、既に物理的に持てないぐらいの量にまで達してるぞ」
「そうなの? 頑張って」
「そんな爽やかな笑顔で言われてもこっちは困るんだよ。お前も少しくらいでいいから持て」
サラはハア、と一つため息を吐くと、急に哀れむような目をこちらに向けてきた。そして、
「………………役立たず」
ボソリと一言。
「んな!」
プライドが一瞬にして崩れ去る台詞を、ここまで面と向かって言われたのは初めてだ。こいつは……鬼だ。ここに見かけは可愛らしいくせに、中身は恐ろしい程の鬼がいる。鬼の正体は海を渡ってきた外国人という説をどこかで聞いたことあるが、まさかこんなところで証明されるとは思わなかった。
心にとてつもなく大きな杭を打ち下ろされたが、砕かれないギリギリのところで大地は食い止める。胸を押さえながらも、震える足に鞭打ち、少年は目の前の鬼に何とか食い下がった。
「……お前、い、今のは相当きたぞ……人によっては、三日は立ち直れそうにないぐらいの、破壊力だ」
「あら、本当のことじゃない。男のくせに荷物の一つも運べないなんて……かわいそうに」
「だから、その悲しそうな眼で俺を見るな! 気力が削がれていく!」
「いいわよ無理しなくて。この荷物は大地には無理なんでしょ? 物理的に不可能な量にまで達しているんでしょ?」
「…………このやろ~」
分かっていた。何故こんな挑発をされているのか。こいつは、見かけによらず人の転がし方を熟知している。それがありありと見えて、尚のことかわいくない。
しかし、少年は退くわけにはいかなかった。男には、挑発だと分かっていても、売られた勝負を買わなければならない時がある。今がまさしくその時。
「上等だオラぁぁぁ! お前が買った荷物のこれっぽっち、俺一人で十分だチキショーが! その碧い目ン玉ひん剥いて、俺が本当に役立たずかどうかよぉく見とけ!」
頭のネジが一本飛んでしまった大地は、やけくそに両手で荷物をかき集める。サラはフフン、と何やら勝ち誇った顔をしていた。見かねた牡丹は、
「大地、私たちも手伝いますから」
と荷物を持つ姿勢を見せるのだが、
「こんなもの、俺一人で余裕で運べるわぁ! もともとはお前もそのつもりでここに連れてきたんだろうが! 望み通り、パシリの役目を全うしてやるよ!」
全ての荷物を抱え込み、ふんがぁ! と力を最大限引き出し、持ち上げる。
腰が抜けそうなほど重い。足腰が震えだし、今にもバランスを崩しそうだ。
「さ……さっさと……行くぞ」
血走った目で言うと、フラフラとおぼつかない足取りで歩き出した。
「やれば出来るじゃない」
満足げな表情を見せるサラは、軽い足取りで少年の隣を歩く。
「………」
牡丹はしばし呆れた表情で、少年の歩く姿を見つめていた。
両手に溢れんほどの荷物を抱え、必死に歩く少年と、その横で、二つに束ねた後ろ髪を揺らしながら歩く身軽な少女。
「本当の兄妹みたいですね……」
わがままな妹に振り回される不器用な兄。牡丹には、二人の歩く姿がそのように見えた。牡丹は一人っ子なので兄妹はいないが、このように見せられると、自分も兄妹が欲しかったなあと思っていしまう。少し、サラが羨ましく見えた。
なんだかんだ言いながら、全てを背負い込もうとする少年。だからこそ、周りにいる者がが支えてあげないといけないのに……
その少年が、抱えた荷物のせいで、前を見づらそうに歩いている。
優しい笑みを浮かべながら、誘導くらいは手伝ってあげましょうと、牡丹は急ぎ足で二人のもとへと向かった。
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