買出し2
せっかくの休日なのになんという仕打ちだ。大地は一人ベンチに腰を落とし、空を仰いでいた。
ちらりと自分の左右を確認する。少年の周りには、数え切れない程の箱やら紙袋やらが、大量に積まれていた。自分の座高ぐらいの山がそれぞれ二つ。よくもまあこれだけの量を買い込んだものだ。しかし、これでもまだまだ足りないという。
いつ終わるのかもわからない。いや、日が暮れるまで俺はきっとこき使われるのだろうな。ぼんやりと覚悟し、正面の店で楽しげに服を選んでいる二人の女の子を見る。
牡丹に急かされ出掛ける準備をして、朝食と言う名の昼食を急いでお腹に詰め込んだ大地とサラは、空済美町で一番大きなショッピングモールに来ていた。ここならば、様々な店が一箇所に集まっている為、必要なものは一通り買い揃えることが出来る。
当人のサラは既に、出掛けていた時の服装から変わっていた。白いブラウスにチェックのスカート姿で、牡丹と一緒に服選びに夢中になっている。
「今日はサラの為の買い物じゃねーのかよ、全く」
いつの間にか自分の買い物を楽しんでいる牡丹に呆れてしまう。
休日に若い女の子が二人でショッピング。こうして見ると、サラも牡丹もやっぱり女の子なんだなと、改めて思ってしまう。服を選んではしゃいでいる姿は、どこにでもいるような女子高生と変わらない。
そんな微笑ましい光景を目にしたせいか、尚更考えてしまったのかもしれない。
「知らない、ねぇ……」
本人の前ではああ言ったものの、全く気にならないというわけではない。ここに来るまで少女は一体何をしていたのか、そして一体何を隠しているのか……出来ることなら、その小さな背中に重くのしかかった荷物の正体を、教えて欲しかった。
だが、当の本人は頑なにそれを拒否する。自分達に知られたら何かマズイことでもあるのか……
どちらにせよ、一度少女を引き受けた以上、大地は放棄するなんて卑怯なことはしない。言いたくなければそれでいい。性格が悪かろうが、直ぐに拳が飛んでこようが、今は普通に過ごしてくれたら、それでいい。
無意識に、自身の左手に目を向ける。
――面倒ごとを背負い込むことには、とっくの昔に慣れてる。
そう、大地にとっては、ただそれだけの話。
『おーい、ツッキー。奇遇やな、こないなところで』
聞きなれないイントネーションと、妙なあだ名で呼ばれ、大地はつられて声のする方を見た。
「仙石。お前こそどうしたんだ?」
そこに立っていた細目の男は、同級生の東雲仙石だった。一年の時に同じクラスになったことがある。飄々とした掴みにくい性格で、何故か胡散臭い関西弁を使う奴だが、大地とは妙に気が合う為、今はクラスは違うが、こうして付き合いがある。
月島だからツッキーらしい。安直過ぎるネーミングだが、言っている本人が気に入っているので、そう深くは突っ込まない。
「休日や言うてもすることあらへんし、暇つぶしにブラブラとしとっただけや。ここでツッキーに会うとは思わへんかったわ。ところで何してる……ってなんや? その荷物の量。またえらく買い物したもんやなぁ」
袋の山を見つけた仙石は驚いた表情を見せた。
「おれ自身も驚いたことに、自分が買ったものはこの中に一つとしてねーんだ」
「そんなら、このぎょうさんの買い物は一体誰の……」
「ん」
大地は何も言わず、首だけを正面の店に向けた。仙石もその方向に目を向ける。視線の先にいた人物を確認すると、今度は敵対視するような視線を大地に向け、
「なーんでワイが一人寂しく休日を過ごしているっちゅーのに、この少年は学校のアイドル的存在である桜木牡丹と一緒に楽しいひと時を過ごしとるんやぁ! このスケコマシが」
「バカヤローが。俺の顔をよく見ろ。これのどこが楽しんでるように見えるんだ? こっちは荷物運びの為だけに借り出されてウンザリしてんだよ。人使い荒いんだよあいつ」
「そうやってアイドルに悪態をつくのは、学校中探してもツッキーだけやぞ? そない言うなら、このことを学校中に知られてもええんやな? 学校の男子共、特にファンクラブの奴らが知ったらツッキー、きっと骨の一本も残らんで?」
「え? お前言うの? 冗談だろ?」
言われて顔が青ざめる。
桜木牡丹は確かに端正な顔立ちをしている。清楚で美人で気立てもいい。剣道部で活躍して更には生徒会の副会長ということで人望も厚く、空澄美高校の男子生徒からは絶大な人気を誇っていた。個人的にはどれだけ忙しい高校生活を送ってんだと辟易しそうな印象だが。その凄さというのは、熱狂的な男共が多過ぎて、統制を図る為にファンクラブまで出来てしまう程。それはあまりに宗教じみており、学校の六割以上の男子が入会していると噂される。 そんな狂信的な奴らが、崇拝する女神がこんなボケッとした少年と、休日に一緒に買い物を楽しんでいるなんて事が知られた日には、何をされるか分かったものじゃない。きっと夜空に星が一つ増えることになるだろう。
ちなみにだが、負けじと時雨の人気も高い。あの鋭い眼と同時に放たれるクールな物言いが、女王様っぽくていいらしい。大地にはよく分からんが。
「……なーんて冗談や。ビックリした? いやぁツッキーをからかうのは楽しいなぁ」
その言葉に、大地はほっと胸を撫で下ろす。仙石にしてみれば挨拶代わりのジョークのようなものだったが、言われた本人にしてみればいささか心臓に悪い。
「笑えない冗談はよしてくれ。マジで肝が冷えたぞ」
「まあ、誰かに見られたとしても、『生徒会』の買出しとか適当なことを言えば、大丈夫やろ。実際、ツッキーも生徒会の役員やし」
「そ、そうだな……あながち間違ってもいないし」
「?」
大地達はそれぞれ生徒会の役員を勤めている。時雨が会長、牡丹が副会長、大地は書記と、それぞれ生徒会としての雑務をこなしている。
しかし、「生徒会」が実は「生闘会」という組織に属していて、グールという化け物を退治しているということは、本人達以外で、学校の中には誰も存在しないし、知られてはいけないと、元老院から釘を刺されている。
この町に対して、不信感や不安感を抱かせない為の処遇らしい。確かにそれは一理ある。自分が住んでる町は、実は怪物が蠢いてます。なんて知られれば、とんでもない事態になることは、大地でも容易に想像できる。
そういうわけで、例に漏れずこの仙石も、大地達が「生闘会」であることは知らない。たとえ友人でも、知られるわけにはいかなかった。
「ん? さっきから桜木の周りにいる金髪の娘は一体誰や? 外国の人かいな?」
服を何着も手にとって、店内をちょこまかと動いている存在に仙石は気付いた。やっと買う服を選び終えたようだ。牡丹と一緒にレジに並び、順番を待っている。
ここからだと後ろ姿しか確認できなかったので、「ツッキーの知り合いか?」と大地は仙石に尋ねられた。
「知り合いもなにも、あの金髪娘は昨日から俺の家に住むことになった奴だ」
「はぁ?」
それを聞いて、先程よりも不快感の表れた表情をみせる。
「ツッキー、学校のアイドルだけでは飽き足らず、あんな小さな子供にまで手ぇ出して恥ずかしくないんか? ストライクゾーン広いなこのロリコン。ほら、すぐそこに交番あるから、お兄さんと一緒に行こか」
「どストレートなボケをどうもありがとう仙石君。ってこら、腕を掴むな。つーか今の台詞、本人の前では絶対言うなよ。殺されるから」
これ以上のダメージは受けたくないと、仙石に口止めをお願いする。
「しっかし、なんでまたそんなことになったんや? ツッキーの親戚には外国の人でもおんのか?」
「まあ……そんなところだ」
「意外と国際派やな」
「俺も昨日知ったよ」
事情が事情で仙石に理由を話すことが出来ない為、適当な嘘でごまかす。納得したのか、仙石はこれ以上聞いてはこなかった。まあ怪しまれるよりはましだが。友人が飄々とした性格の持ち主でよかった。
「後ろ姿を見ると、背はちぃっとばかし小さいが、あの娘はきっと美人になるでぇ」
「お前、俺と会ってから女の話しかしてないんだけど。どんだけ飢えてんの?」
「そう硬いこと言わんといてや。あの娘の顔だけ拝ませて貰ったら、邪魔者は消え去るさかい」
「いや、むしろいてくれ。そして出来れば、この荷物を半分持ってくれ」
「いやや、そんなん大量の紙袋持ちたない……って……」
その時、丁度会計を済ませたサラが店から出てきた。満足げに両手に紙袋を下げている。それを見て、また荷物が増えると大地は肩をがっくりと落とすが、
「………………」
「仙石……?」
サラの方に目を向けたまま、仙石はピクリとも動かなくなっていた。顔はいつになく真剣な表情で、こちらに向かってくる少女から少しも目を逸らさない。
まさか? マジで? こいつが?
その尋常じゃない横顔を見て、あろうことか、こいつサラに一目ぼれしたんじゃないないだろうなと疑ってしまう。
だがしかし、少女の顔を見た途端、この男の細い目の奥が、鋭いものに変わったのは、どういう意味なのだろうか。
「ツッキー。あの娘っこの名前は……?」
「え、名前? サラ=フローレンスって言ってたな、確か。俺達はサラって呼んでるけど」
「……そうか」
それだけ言うと、仙石はそれ以上、サラについて何も聞かなくなった。そして突然「あっ」と、何かを思い出したように声を上げる。隣にいた大地は思わずビクっと身体を揺らしてしまった。
「なんだよいきなり声だして……」
「いやあすまん。そういや、この後用事があるのすっかり忘れとったわ」
「あ? お前さっきは暇って言ってたじゃねーか」
「せやから忘れとったって。ツッキー、それじゃワイはこの辺で失礼するさかい。桜木にもよろしゅう言うとってなー」
仙石は早口でそう言うと、急ぎ足で大地の元から去っていく。
「なんだぁ? あいつ……」
元々雲のように掴みどころの無い奴だが、今日は輪をかけておかしかった。仙石のあの真面目(?)な顔を見るのは初めてかもしれない。
(マジであいつ、サラに気があるんじゃねーだろうな……?)
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