生徒会室にて4

「サラは今日から毎日、大地の作るご飯を食べるのですね」

 大地とサラが生徒会室を後にした後、いまた帰らずに残っていた牡丹が、羨ましそうに呟いた。

「あいつは家事全般を妙に起用にこなすからな。確かにあいつの作るご飯は美味い。牡丹、お前もたまには練習も兼ねて、料理をしてみたらどうなんだ?」

 椅子に腰掛けお茶を啜っていた時雨が提案してみる。だが牡丹は顔を赤らめながら、その提案を速攻で否定した。

「わっ、私は料理に向いていないと自覚していますので……べ、別に料理が出来なくたっていいんです。今はレンジで暖めればすぐに美味しく頂ける時代ですし」

 ははん、と時雨はからかうように、

「まだ気にしているのか? お前が珍しく作った弁当を大地が『爆心地』と言ったことを」

 顔面に火がついた。耳まで真っ赤に染めて、

「ひひ人の恥ずかしい過去をほ、ほほ、ほじくり返さないで下さいっ。ああ、あれはたまたまああなっただけで、いつもはもう少し上手に出来るんです……それに大地も大地です。あんなに馬鹿にしなくてもよかったじゃありませんか」

 しどろもどろになりながらも、何とか言い訳をする。その姿にクククッと、時雨は堪えきれず、笑みを見せた。

「まあそう言ってやるな。あの後、米粒一つ残さず綺麗に食べていたではないか。一口食べる度に顔が青ざめていたが」

「それは……そうでしたけど……」

 恥ずかしい思い出話も一息ついたところで、牡丹の顔つきが神妙なものに変わる。彼女がまだここに残っているのは、こんな他愛もない話をする為ではない。

 時雨もそのことは分かっている様子だった。牡丹は話を切り出す。

「本当によかったのですか?」

 話というのは、もちろんサラの事についてだ。先程は場の空気に流されてうやむやになってしまったが、少女の素性は未だ謎のままだ。何故グールの存在を知っているのか、何故こんなところまで逃げる必要があるのか、一つも分かっていない。

 それだけではない。サラの兄を名乗る者についてもだ。グールを使役したり、この町の裏の事情を知っていたり、あの時交わした会話は、決して放っておける内容ではなかった。

 それなのに、本人のサラには一切詮索せず、自分達で保護するという形をとった。牡丹は今回のことについて、時雨がどう考えているのか知りたいが為、生徒会室に残っていた。

 時雨は自分の身体よりも大きな立派な椅子を、キイキイと左右に小さく揺らしている。

「よかったか、と聞かれたら、よかったのではないか? 本人は何も知らんと言っていたし。大地の言ったとおり、知らないなら、これ以上詮索しても意味はないだろう」

「大地はもしかしたら、本気でそう思ったのかも知れません。しかし会長は故意に詮索するのを辞めたように私は思いました」

「よく見ているな。さすが私の信頼する副会長だ」

「茶化さないで下さい。だったらどうして」

「確かに、サラは何かを知っている様子だった。あの、何か恐ろしいものを目にしたような表情を見せられて、そう思わない者はおるまい。大地もそれを見て、わざとああ言ったんだろうが。実際、仮にここで話を聞いたとして、直ぐに我々がどうこうと出来るわけではない。どうすることも出来ないのなら、それは聞いていないのと同じ事だ。だったらいっそのこと、最初から何も聞かなければいい」

 牡丹は呆れたようにため息をついた。

「……会長も大地も、超が付くほどのお人好しです」

「見知らぬ小娘を守る為に、できるだけ情報が欲しかったお前と差ほど変わらんさ」

「そ、それは……」

 図星を突かれて、顔を紅く染める。その顔を見て、時雨は小さく笑みを浮かべた。

「だが、そうは言っても。本人にも言った通り、グールと深く関わっている者をおいそれと放っておくことは出来ん。言い方は悪いが、彼女には監視の意味を込めて、大地の家に預けるようにした」

 要は、事情が窺えないなら守りやすいよう、目の届くところにいてもうらうということだった。納得のいく説明を受けて、牡丹は安心の表情を浮かべる事が出来た。けれど、一つだけ分からないことがある。

「あえて、大地の家に住まわせたのは、何か理由があるのですか?」

「その方が面白そうだろう?」

「……それだけですか?」

「? 他に何がある?」

 その顔を見れば分かる。本気で言っていた。ただ、それだけの理由だった。

「まあ、サラを取り巻く事象に関しても、『元老院』にちゃんと報告しておくさ。今回のような事は私も初めてだから、どうなるかはわからないが、何か指示があればそれに従う。ただ……」

 そこで、時雨は言葉に詰まった。

 一つ嘆息をつき、くるりと椅子を半回転させ窓の方に向きを変えた。窓の外は、もうすっかり暗くなっており、空には星がポツポツと輝き始めていた。

「どうも、雲行きが怪しいな」

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