生徒会室にて3
「これを渡しておきます」
全員が落ち着きを取り戻したところで、牡丹はサラにあるものを差し出した。あの時に見つけた、黒いマントと小さなナイフだ。
「わざわざ持ってきてくれたんだ」
「恐らくはあなたの物だと思い、撤退する際に回収しておきました」
「それなら有難く返してもらうわ。これがないと、あいつらを倒すことなんてできないもの」
遠慮なく、綺麗にたたまれたマントをとナイフを手元に寄せた。少女が持つとナイフの大きさは丁度いい。ナイフは片手で器用に弄ばれた後、スウッと光を帯びて手首に巻きつき、紫色の小さな石に姿を戻した。
「これからどうするつもりなのだ?」
時雨はサラに尋ねる。
「どうするって言っても……今までと変わらないわ。義兄さんに知られる前に、遠い場所に逃げるしか……」
急に現実的な話に戻され、再び表情は暗くなり肩をがっくりと落とす。こんなトコで馬鹿騒ぎをやっても、現状が良くなるわけではないと思い知らされたように感じ、さらに気が重くなる。しかし、
「そのことについてなんですけど、サラ……」
牡丹が何やら言いにくそうに、話に入ってきた。
「……どうしたの?」
「それが……本来の目的を失ったので、これ以上は無意味だと、あなたの兄はおっしゃっていました」
「目的を失った?」
「あなたの兄は、あなたがビルから落ちた時点で死んだと思い込んでいます」
「……そうなんだ」
緊張の糸がきれたかのように、さらは大きく息を吐くと、落とした肩を上げた。
サラにとっては喜ばしい情報だった。私が死んだと思っているのなら、きっとこれ以上私を追いかけないはず。
諦めないでよかった……やっと、やっと、自由になれるチャンスが訪れた。
「本人がそう言ったのなら、多分これ以上は追ってこないわ。あの人は自分にメリットがないことには一切興味のない人だから」
「では改めて聞くが、今後はどうするつもりだ?」
時雨がサラに問う。一番の心配事が無くなったとはいえ、現状は非常に厳しかった。行く当てなんか何処にもないし、頼みの綱であった屋敷から持ち出した資金も、残り僅かしか残っていない。
再びサラの顔が曇る。前途多難だった。これではどうするどころではない。
「…………ふむ」
そんなサラの姿を見かねてか、時雨は思いもしない提案をしてきた。
「サラ、お前がよければ、こちらで何とかできないこともないぞ」
「え?」
気の抜けたような返事で答えてしまった。
「会長。勝手にそんなこと決めてもよろしいのですか?」
サラだけでなく、隣の牡丹も時雨の言葉に驚いている。
「この区域の決定権は私にあるのだから、別に構わんだろう。正直なところ、グールに深く関わっている者を野放しにするのは、私としては出来れば避けたい。こっちはこっちで守秘義務など、色々と事情があるのでな。この町は、そういった事情であれば寛容な措置も取れる。どうだ? 了承するなら、こちらでお前の衣食住は保障しよう」
予想もしていなかった誘いに、思わず言葉に詰まる。
要は、身の振り先がない自分を、この者達は受け入れるということ。今まで一人で戦ってきた自分に、この者達は手を差し伸べてくれるということ。
行く当てのない少女が断る理由なんて、一つもなかった。
「……いいの? 本当にいいの?」
「その言葉は、了承したと受け取っていいんだな?」
サラはコクリ首を縦に振った。
よかった、と。今度こそ本当に胸を撫で下ろす。思わぬところであっさりと身の振る場所を見つけることが出来て、サラはようやく全ての荷が降りたように感じた。
「フン、よかったじゃねーか。暴力娘」
遠巻きに話を聞いていた大地はそう吐き捨てる。その言葉に心は篭ってない。それはそうだ。大地の頬はまだ真っ赤に腫れているのだから。
「なんか言った?」
キッと睨まれた。時雨に向けていた表情とはえらい違いだ。
「いーえ、何も」
大地は不機嫌そうに、牡丹が再び入れてくれたお茶をズズッと啜った。
「では決まりだな。さっそく『元老院』に報告して、もろもろの手配をしておくとしよう。恐らく、お前はこの区域の住民扱いになると思うが、詳細はその時に伝える。その他の私服や生活品などは、追々買い揃えてくれ。この町にはまだ不慣れであろうから、その際は牡丹を派遣させる」
今後の予定をポンポン決める姿に、「ちょっと待ってください」と牡丹が話の腰を折る。
「それは大いに結構なのですが……住む場所というのは何処か都合のつく場所がお有りなのですか? 事前に申し上げますが、私の住むマンションに人一人を増やせるようなスペースなんて……」
「それなら心配いらん。住む場所は既に決めている」
「そうなのですか? その場所とは一体」
「大地の家だ」
横で流し気味に聞いていたが、自身の名前が唐突もなく出され、盛大にお茶を吹きだした。鼻からも出てきた。
「ごっほっ、がっはゲホゲホ……」
異議アリ! と高らかに声を上げたいのに、熱湯が鼻の奥に入ってそれどころじゃない。金髪少女に至っては、
「……ふえ?」
言葉にならない言葉を出している。当たり前だ。今日一番の予想外発言だったのだから。
「ちょ、ちょっと会長!?」
その場で一番の驚きを見せたのは、以外にも牡丹であった。
「そそそれはどうなんでしょうか!?か、仮にも大地は男性ですよ? 一つ屋根の下で年頃の女の子と生活を送るのは如何なものかと……それに、もし、もしですよ!?大地がサラを襲うような事があればそれこそ大問題……」
「おいこら! これ以上印象の悪い発言はゆるさねぇぞ! 俺だって男だ。選ぶくらいの権利は有る! 誰が好き好んでこんなチビガキに欲情するかよ!」
「誰がチビガキだぁぁぁ! アンタいい加減にしないとこいつでその腹掻っ捌くわよ!」
ガルル、と手首の紫石を大地に向けて翳す。
「上等だコルァ! やれるものならやってみろ! ……ってちがう! そうじゃない! いつの間にか論点がズレてる!」
「それに、サラがいいのであれば、私だっていいはずです! 会長! 私も大地の家に住むというのはどうでしょう! わ、私は決してやましい意味で言っているんじゃありません。二人の監視的な意味です。決してやましい気持ちなんかでは」
「牡丹! 話がややこしくなるからテメーはもう喋るな! ってより会長! その提案を取り下げてくださいよ! 俺の都合は完全無視じゃないですか! いつもそうだっ。会長、この部屋で俺の人権は保障されないんですか!?」
「おいお前らやかましいぞ。子供じゃあるまいし静かに出来んのか」
「そういうことじゃなくてぇぇ!」
今日も今日とて、空澄美高校の生徒会室に不要な嘆きが響いた。
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