第49話 プライベートコンサート【前編】

 プライベートコンサート当日。

 わたしは控え室でメイクをして貰っていた。


 スタイリストさんは、何と贅沢なお姉ちゃん。

 更に助手はお姉ちゃんとモデル道に突き進んでいるマコちゃんだ。


 お母さんも「わたしも灯さんにメイクして貰いたいな」なんて、お姉ちゃんにお願いしていた。

でも、「お母様には専属のスタイリストさんがいるでしょう」なんてやり取りの末、お姉ちゃんはわたしの専属になってくれたのだった。

 ドレスもお姉ちゃんが選んでくれた、ピンクで斜めにドレープが入ったエレガントなドレス。

 胸元から縦に並んだバラの装飾が、大人っぽくもあり可愛くもあり。


 そして今はメイク中。



「アイメイクは、たれ目風にナチュラルな感じにしてみましょうか。湊ちゃんは少し釣り目だから優しい印象を乗せて。淡いブラウン系のアイシャドウが良いわね」



 お姉ちゃんがそう口にすると、マコちゃんがまるで手術室に入った看護師さんのように、メイク道具を手渡している。



「眉はそのままで十分ね。ああ、湊ちゃんの眉、綺麗だわ。何もしてないのにどうしてこんなに均整が取れた眉になるのかしら」



 一人の世界に入っているように、まるで芸術家がイメージを描くような様子で、わたしと鏡を交互に見ながら呟く。



「チークは少し入れましょうか。湊ちゃんの美しい顔が遠くからでも映えるようにね」



 わたしは次第に変わっていく自分の顔が、魔法にかけられている錯覚に陥る。

 お姉ちゃんにはメイク術として結構教わっていたはずなのに、わたしがするのと全然違う。

 まあ、もちろん学校には化粧なんてして行ってはいないよ。



「リップは少し大人っぽく、濃い目の赤のグラデーションでいきましょう。マコ、頂戴」


「はい、灯お姉様」



 リップクリーム、コンシーラー、口紅、リップグロスと完全な連携を見せながら、決して機械作業ではない阿吽の呼吸で手渡している。

 マコちゃん、いつの間にこんなに覚えたの?

 学校の授業、会活、家の事、日常生活でもやっていること沢山あるし、お姉ちゃんとモデルになると決めてからそう時間も経っていないというのに。

 感慨深くマコちゃんの様子を見ていると、「できたわ」とお姉ちゃんから、完成の言葉が発せられた。



「湊様、素敵でございます」


「そうね。湊ちゃん、綺麗よ。このまま連れ去ってしまいたいくらいだわ」



 改めて鏡を覗くと、シンデレラがお城に行く前に魔法にかけられた、そんな感じ。

 普段と違う自分、お姉ちゃんとマコちゃんに魔法をかけられ、変身した自分が目の前の鏡という額縁の中に納められている。

 そして、その自分は自信に満ち溢れた面持ちで、こちらを見据えていた。



「お姉ちゃんもマコちゃんもありがとう。ピアノの演奏もきっと上手くいく。こんなにして貰ったんだから必ず成功させなくちゃね」



 わたしはお姉ちゃんとマコちゃんの鏡に映った瞳に瞳を合わせながら、まずお礼を一声。そして仕上がりを前に、お互いの目で会話を楽しんだ。


『コンコン』と不意に響き渡るノックの音。

 そのノックが聞こえた方へお母さんが向かう。


 鏡越しで見るとお母さんは既に準備が完了していて、髪は上品に結上げられ、シンプルだけど優雅で落ち着いた、黒いワンピースのドレスを纏っていた。

 さすがお母さん。

 その風貌はもう普段とは違い、プロのピアニストさんだ。



「どうぞ、入って良いわよ」



 お母さんがドアを開けると、沙織とカオル君、そして尊がいた。



「し、失礼します。お招き頂きありがとう、ございます、渚さん」



 沙織が軽く会釈をした後、恐る恐る足を踏み入れる。

 そしてなぜか、沙織と腕を組んでカオル君が並行する。

 きっとわたしもマコちゃんもいないから、カオル君とずっと腕を組んできたんだ。

 それに追随した尊とは組むことはないしね。


 わたしは立ち上がると、沙織たちの側まで近寄った。



「うわぁ、湊ちゃん綺麗。すごい綺麗だよ」


「うん、ミナ、綺麗だ。もうその言葉しか出ないよ」


「ありがと。みんな、来てくれてありがとうね。わたしの出番はちょっとだけど、お母さんのピアノ演奏ほんと凄いから楽しんでいってね」



 わたしは沙織たちに対して、笑顔を持って感謝を表現した。

 お母さんも横に並んで。



「あなたたちついているわね。わたしの演奏なんてチケット買えば聴けるけど、湊の演奏は超プレミアよ。しっかり脳に刻んでいきなさい」


「何言っているのお母さん。わたしはあくまでおまけなんだから。余計なプレッシャーかけないでよ」


「あなたプレッシャーなんて無縁でしょ」



 まあ、そのとおりなんだけど。

 そして尊が何か言いたそうにこちらに向いていたのを、わたしが苦笑いして見せると、納得したような表情に変え、同じ苦笑いで応えていた。



「でも、なんかこの雰囲気、まるで結婚式の前みたいね」



 ぼそっと漏れたわたしの気持ち。

 何も考えずに発してしまった。

 そしてみんながそれを見過ごすわけもなく。

 考えてみればそうよね。



「そしたら僕が花婿だな」


「わたしが湊ちゃんのお嫁さんに決まっているでしょ」


「いや、ミナが嫁さんだろ」



 案の定こうなった。

 そしてマコちゃんとお姉ちゃんが参戦。



「わたくしを差し置いて、何故そのような議論をなさっているのですか?

 わたくしが湊様と将来を誓い合ったのは、公然の事実かと存じますが?」


「待ちなさい。誰が湊ちゃんをあげると言ったの?

 あなたたちが湊ちゃんと一緒になろうなんて十年早い。保護者として絶対に許すことはできないわ」



 これはお姉ちゃんが優勢だ。



「灯さん、湊の保護者はわたしなのだけど」「お母様は黙ってて」


「ですが灯お姉様、わたくしと湊様は」「おだまり、マコ」


「あ、灯さん、わたし、だって湊ちゃん、のこと」「沙織、何か言った?」


「灯さん、僕は」「香ちゃん、いい度胸してるわね」



 お姉ちゃんの圧勝だ。


 それをわたしと尊は、再度苦笑いで見守った。

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